過小評価の方が致命的
2010年5月16日 寺岡克哉
近ごろ、マスコミの論調が、
IPCCに対して、「懐疑的」になって来たように感じます。
たとえば・・・
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(5月4日付 読売新聞 社説より)
地球温暖化の科学的な信頼性が揺らぐ中、日本の科学者を代表
する日本学術会議が初めて、この問題を公開の場で議論する会合
を開いた。
取り上げられたのは、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)
が過去4回にわたってまとめてきた温暖化問題に関する科学報告書
だ。次々に、根拠の怪しい記述が見つかっている。
現在の報告書に対し出ている疑問の多くは、温暖化による影響の
評価に関する記述だ。
「ヒマラヤの氷河が2035年に消失する」「アフリカの穀物収穫が
2020年に半減する(※注1)」といった危機感を煽(あお)る内容
で、対策の緊急性を訴えるため、各所で引用され、紹介されてきた。
しかし、環境団体の文章を参考にするなど、IPCCが報告書作成
の際の基準としていた、科学的な審査を経た論文に基づくものでは
なかった(※注2)。
欧米では問題が表面化して温暖化の科学予測に不信が広がり、
対策を巡る議論も停滞している。
(5月10日付 毎日新聞より)
昨年、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第4次
報告書に気温データ捏造(ねつぞう)疑惑が発覚した。
その後もヒマラヤ氷河の消失を本来の見込みより300年以上も
早めたりと温暖化の影響を誇張する誤りが見つかった。
これを受け、日本学術会議は先月30日、公開討論会を開催し、
今後の温暖化研究のあり方について協議した。
今のところ、捏造は否定され、地球温暖化は人間活動が原因と
する結論は揺らいでいない。
しかし、温暖化対策を足踏みさせる遠因となっており、信頼をどう
回復するのかが問われている。
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と、いうような記事が、大手の新聞に載るようになりました。
上の記事・・・
とくに読売新聞の社説には、内容の不正確なところが多々あるの
ですが(※注1、注2)、
しかし私が読み取ったところ、上の2つの記事に共通する論調は、
太字で示した部分つまり、
「IPCCは、地球温暖化の影響を過大評価しているのではないか?」
と、いうことに対しての、疑惑や批判ではないでしょうか。
(※注1) 「アフリカの穀物収穫が2020年に半減する」
この記述は不正確で、「(アフリカの)いくつかの国において、降雨依存
型農業からの収穫量は、2020年までに50%程度減少し得る。」と、いう
のが、IPCC第4次報告書における正しい記述です。
つまり、アフリカのすべての国において、2020年までに農業生産が
半減するわけではありません。
(※注2)
「IPCCが報告書作成の際の基準としていた、科学的な審査を経た
論文に基づくものではなかった。」
この記述も不正確です。
IPCC報告書では、原則として「査読付き論文」(科学的な審査を経た
論文)を引用することになっていますが、地域的なデータなどどうしても
必要なものであれば、査読を受けていない報告書などを引用すること
ができます。
ただし、査読を経ていない文献を引用する場合は、IPCC報告書の
著者が、その文献の質や妥当性を確認することになっています。
* * * * *
じつは私も、
IPCCの見解を、盲目的に100%信じている訳ではありません。
しかし、
上に示した新聞記事とは、方向性がまったく逆で、
「IPCCは、地球温暖化の影響を過小評価しているのではないか?」
という疑問を、私は持っているのです。
しかも私は、過大評価よりも、
過小評価の方が、問題がさらに深刻であり致命的だ!
と考えています。
以下、そのことについて、お話しましょう。
* * * * *
まず、
IPCCの見解が「過小評価」になっているのは、次のような所に
現れています。
海面上昇
IPCC第4次報告書では、
「21世紀末までの海面上昇が、18〜59センチ」と、なっていま
すが、
しかし最新の科学的な知見では、
「21世紀末までの海面上昇が、およそ1〜2メートル」と、なって
います。(エッセイ370)
北極の海氷融解
IPCC第4次報告書では、
「北極海の晩夏における海氷は、21世紀後半までにほぼ完全に
消滅するとの予測もある」と、なっていますが、
しかし最新の科学的な知見では、
「北極海の夏の氷が10年以内にほぼ消滅するかもしれない」と、
なっています。(2009年10月16日付 ナショナルジオグラフィック
ニュース)
海洋酸性化
IPCC第4次報告書では、
「1750年以来の人為起源の炭素の吸収は、海洋をより酸性に
導き、pHが平均で0.1減少した。しかしながら、観測された海洋の
酸性化が海洋生物圏へ及ぼす影響については、まだ文書化されて
いない。」と、なっていますが、
しかし最新の科学的な知見では、
アラスカ沖の北極海で、貝の殻が溶けてしまうほど酸性化の
進んでいる海域が、すでに発見されています!(エッセイ406)
* * * * *
これら上で挙げた事例は、
IPCC第4次報告書よりも後から出てきた、「新しい科学的な知見」
なので、
もちろん、
IPCCの過小評価に、「過失」があった訳ではありません。
が、しかし私は、上で示したような
「過小評価」こそが、「致命的に深刻な大問題」であると
思うのです!
なぜなら、
たとえば59センチの海面上昇に対応するように、日本各地の堤防
を強化したとしても、
1メートルの海面上昇が起こったら、その対策が「すべて無意味」に
なってしまうからです。
そしてまた、
温室効果ガスの削減なども、「過小評価」に基づいて対策をして
しまったら、
気温上昇、海面上昇、豪雨、干ばつ、台風の巨大化、海洋酸性化
などが、どんどん悪化して手がつけられなくなり、
「ものすごく大きな被害」が、発生するようになるでしょう!
しかし一方、
「過大評価」は、そんなに致命的ではありません。
たとえば1メートルの海面上昇に対応して、堤防を強化していれば、
59センチの海面上昇が起こっても対応できるでしょう。
また、
「過大評価」に基づいて、温室効果ガスの削減対策を行ったとしても、
省エネや、再生可能エネルギーの普及など、どのみち人類にとって
必要になる、「後悔のしない対策」をどんどん進める分には、
(化石燃料に依存した一部の既得権益者を除いて)べつに何の問題も
起こらないでしょう。
なのでマスコミは、最初に示した新聞記事のような、
IPCCによる、いくつかの「過大評価」を、ことさらに取り上げて騒ぎ
立てるのではなく、
(そんなことを続ければ、温暖化対策を手遅れにさせる方向へ世論
を誘導してしまいますし、実際に欧米では、そのような現象も起こって
いるみたいです。)
致命的に深刻な「過小評価」をこそ、大々的に取りあげて批判
するべきです!
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