サンゴへの影響 3   2008年1月27日 寺岡克哉


 前回は、

 (1)海水温の上昇によるサンゴの白化。
 (2)海水の酸性化によるサンゴの成長悪化。

のうち、(1)までについてお話しました。今回は、その続きです。


               * * * * *


(2)海水の酸性化によるサンゴの成長悪化

 「海水の酸性化」については、エッセイ303でもお話していまが、ここでは
サンゴに的をしぼって考えてみましょう。


 一般にサンゴ礁で見ることのできる、岩やテーブルや草木のような形を
した、いわゆる「サンゴ」と呼ばれるもの。
 それは、「サンゴ虫」という1ミリぐらいの大きさの、イソギンチャクのような
生物がつくりだす「炭酸カルシウム」によって出来ています。
 つまり、ふつう「サンゴ」と呼ばれているものは、じつは「サンゴ虫の骨格」
なのです。


 一方、大気中の二酸化炭素が増え、それが海に溶けると、「海水が
酸性化」
します。
 そして海水の酸性化が進むと、サンゴ虫は「炭酸カルシウムの骨格」
を作ることが出来なくなります。


 その理由は、大ざっぱに説明すると次のようになります。

 つまり、もともと海水には多くの炭酸カルシウムが溶けていますが、
サンゴ虫はそれを海水から取りだし、骨格を作るのに利用します。

 ところが酸性化が進むと、
 炭酸カルシウムが海水に「溶けやすく」なると言うか、
 海水の「炭酸カルシウムを溶かす能力」が大きくなり、
 炭酸カルシウムが「海水に溶けている状態に留まりやすく」なります。

 つまり、海水から炭酸カルシウムを「取りだすこと」が、難しくなるわけ
です。

 そして酸性化が、ある限度を超えてしまうと、もはやサンゴ虫による
「生物的な力」では、海水から炭酸カルシウムを取り出すことが不可能に
なります。

 さらに、もっと極端に酸性化が進んだ場合は、サンゴ虫が海水から炭酸
カルシウムを取り出せなくなるどころか、その逆に、すでに存在している
サンゴの骨格が、海水に溶け出すようになるのです。


 つまり、大気中の二酸化炭素が増えて行き、海水の酸性化がだんだん
進んでいくと・・・

 1.サンゴ虫の新たな骨格が「作られ難く」なる。(海水から炭酸カルシ
ウムを取り出すのが難しくなる。)

 2.サンゴ虫が骨格を新たに「作ることが不可能」になる。(海水から
炭酸カルシウムを取り出すことが不可能になる。)

 3.すでに存在しているサンゴの骨格が「海水に溶けだす」ようになる。

 という順で、影響がひどくなって行くわけです。


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 それでは、どれだけ二酸化炭素が増加すれば、「海水の酸性化」によっ
て、一体どれぐらいの影響をサンゴに与えるのでしょう?

 この疑問は、大いに関心のあるところです。

 ところが・・・
 成長にすごく時間のかかるサンゴのような生き物を、環境を制御して
長期間にわたって飼育し、二酸化炭素による酸性化の影響だけを分離
して明らかにするのは、技術的にとても難しいそうです。
 だから、「まだ正確には良く分かっていない」と言うのが、正直なところの
ようです。

 しかしながら長期ではなく、「短期間の飼育実験」ならば、研究報告の
例があります。
 それによると、産業革命前にくらべて2倍の二酸化炭素(560ppm)
おいて、サンゴによる炭酸カルシウムの形成速度が21%低下したそう
です。

 しかしこれは、短期の飼育実験による結果なので、あるていどの「目安」
ぐらいのものと考えた方が良いかもしれません。
 やはり、本当に正確なところは、「長期間の飼育実験」による結果を待た
なければならないでしょう。


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 しかしながら以上から、海水の酸性化が進むと、サンゴの成長スピードが
遅くなることは、まず間違いないでしょう。

 そうすると、地球温暖化によって海水温が上昇し、「サンゴの白化による
死滅」が起こった場合、その回復がさらに遅れることになります。

 また、地球温暖化によって海面が上昇しますが、サンゴの成長スピード
が遅くなると、海面の上昇にサンゴの成長がついて行けずに、サンゴ礁が
水没する
恐れもあります。

 とくに、海面付近および水深3メートルまでの浅いところに棲んでいる
サンゴは、波の影響をつよく受けるため、ただでも成長が遅いそうです。
 そのような場所にあるサンゴ礁は、100年あたり40センチの海面上昇
でも「水没の危険がある」
と言われています。

 その上さらに、
 「海水温の上昇」によってサンゴの白化や死滅がおこり、サンゴの成長が
たびたび停止したり・・・
 「海水の酸性化」によって、サンゴの回復や、成長のスピードが遅くなっ
たり・・・

 そのような要因が重なれば、100年あたり40センチより小さな海面上昇
でも、サンゴ礁の水没してしまう恐れが大いにあるでしょう。

 このように、海水温の上昇、海水の酸性化、そして海面の上昇・・・ これ
らの「複合的な影響」が、サンゴ礁を襲うことになるのです。


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 ところで今年の1月5日に、クィーンズランド大学や、アメリカやイギリス
などの国際研究チームが、サンゴ礁に関する最新の予測結果を発表
しました。

 それによると、地球温暖化がこのままのペースで進めば、日本の周辺
を含めて、現在サンゴ礁が存在している海域の98%が、2050年
ごろには「サンゴが生育できない海」になる
としています。

 そして今世紀の末には、ほとんどのサンゴ礁が消失してしまう
可能性が高い
そうです。

 これは、「海水温の上昇」によるサンゴの白化や死滅に加えて、大気中
の二酸化炭素が溶け込んで「海水の酸性化」が起こるためです。
 この研究チームによると、地球温暖化がサンゴ礁にあたえる影響は、
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価よりも、大きなものに
なると言うことです。

 大気中の二酸化炭素が、今世紀の半ばまでに450ppm〜500ppm
に達すると、サンゴの生育が悪化して、サンゴ礁に棲む生物の種が減少
するそうです。

 そして二酸化炭素が500ppmを超えると、世界のほとんどの海域で
サンゴの骨格が作れなくなるほどの「酸性化」が進み、海面上昇の影響
もあって、大部分のサンゴ礁が消滅するそうです。


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 この予測結果は、上で話した「短期間におけるサンゴの飼育実験」から
予想されるよりも、さらに厳しい内容になっています。

 しかし飼育実験は、短期間で得られた結果であり、また「海水の酸性化」
だけの評価です。
 ところが実際の海では、「酸性化」に加えて、「水温の上昇」による白化や
死滅、そして「海面の上昇」による水没が起こります。

 そのことも合わせて考えると、「二酸化炭素が500ppmを超えると
サンゴ礁がやばい!」
というのは、けっこう信憑性の高い話だと私は思っ
ています。

 そしてエッセイ308の最初でお話したように、サンゴ礁には、地球に存在
する海水魚の種の、なんと3分の2が棲んでいます。

 そのような「多様な生態系」を作っているサンゴ礁が消滅してしまう
のは、やはり、とても大変なことであり、すごく深刻なことなのは間違い
ありません!




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