ヒマラヤの氷河について 
                               2010年4月18日 寺岡克哉


 とても残念なことに・・・ 今年の1月。

 IPCC第4次報告書における以下の記述に、「誤り」のあることが判明
しました。


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 ヒマラヤにある氷河は、世界のどこよりも急速に後退しており、もし地球が
現在の速度で温暖化し続け、現在の速度<での後退>が続けば、2035年
までに、あるいはそれよりも早くそれらが消滅する可能性は非常に高い。

 その総面積は2035年までに現在の500000から100000Kmに縮小
するであろう可能性が高い(WWF.2005)。


 (気候変動2007 影響、適応と脆弱性  日本語版  気候変動に関する
政府間パネルの第4次評価報告書に対する第2作業部会の報告 p447)
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 上の文章の、どこが「誤り」かと言うと・・・



 まず、1番目の文の趣旨である、

 「ヒマラヤの氷河が2035年までに消滅する」というのは、

 インドの著名な雪氷学者である、サイード・ハスナインさんが、「雑誌
の取材に答えた内容」を元にしたもので、

 「正式な科学論文として出版されたもの」が出典だったのでは、ありま
せんでした。

 (現在のところ、学術団体の報告書として、「2035年にヒマラヤ氷河
の消滅」を予測したものは、存在しないそうです。)




 そして2番目の文の

 「2035年までに現在の500000から100000Kmに縮小」という
記述で、

 2035年というのが、2350年の誤りで、

 「500000から100000Kmに縮小」というのは、ヒマラヤ氷河の
ことではなく、

 北極や南極の地域を除いた、「世界全体の氷河」の話でした。


             * * * * *


 ところで・・・ 

 ヒマラヤには、およそ1万5000もの氷河があり、

 インダス川やガンジス川など、パキスタンやインドの大河を支える、

 自然の白い「貯水ダム」となっています。



 なので、

 もしも、ヒマラヤの氷河が消滅してしまったら、

 それら大河の水量が、すごく少なくなってしまい、

 何億もの人々が、「水不足の危機」にさらされるでしょう。



 たとえば、

 軍事アナリストの、グウィン・ダイヤーさんは、

 「地球温暖化戦争 (新潮社 平賀秀明 訳)」という本のなかで、

 ヒマラヤの氷河が消滅すれば、パキスタンとインドの、水をめぐる
争いによって、

 「核戦争」さえ、起こりえるだろうと述べています。



 「ヒマラヤ氷河の消滅」とは、それほど深刻な問題なのです!



 しかし、2035年までにそれが起こるというのは、

 IPCCの「勇み足(つまり過大評価)」だったようで、

 私としては、ちょっとだけホッとしています。



 というのは、

 海氷の融解や、海面の上昇など、

 これまでのIPCCによる予測は、「過小評価」ばかりで、

 最新の研究報告が、出ればでるほど、

 当初の予想よりも、どんどん事態が深刻になっていたからです。



 ちなみに、

 ものすごく一般的な話として、「予測」とか「推定」というのは、

 「過大評価」もあれば、「過小評価」もあるというのが、

 ごくごく自然で、まともな状態です。



 なぜなら、

 たとえば温暖化の影響予測が、「過小評価」ばかりだったら、

 「最悪でも、これくらいなのだ!」という目安が、まったく分からず、

 「いったい本当のところは、どこまで酷(ひど)いことになるのか?」

 という、「底知れぬ恐ろしさ」があるからです。



 だから、

 「過大評価」も「過小評価」も、いろいろと在って、

 「その中間あたりが、実際に起こったことだった」というのが、

 まずまず「健全でまともな予測」なのだと、言えるでしょう。


             * * * * *


 とにかく、

 ヒマラヤの氷河が、2035年までに消滅するわけでなく、

 少しだけホッとしたのですが、

 しかし、けっして安心は出来ません!



 なぜなら上で話しましたが、

 ヒマラヤ氷河の消滅は、何億もの人々に悪影響を及ぼす、「もの
すごく深刻な問題」であり、

 そしてまた、

 ヒマラヤ氷河の融解が進んでいることは、「否定できない事実」
だからです。




 それは、エッセイ268で紹介しましたように、

 たくさんの研究者による、およそ40年間もの長い歳月をかけた、
観測と分析によって、

 すでに明らかにされています。



 また、IPCCが今年の1月20日に出した声明(IPCC statement on the
melting of Himalayan glaciers)では、

 第4次報告書(第2作業部会)のなかの、ヒマラヤ氷河の融解における
記述に関して、不備があったことを認める一方で、

 最近の数10年間に、(ヒマラヤを含めた)広範囲で起こっている、氷河
の消失や積雪の減少が、

 21世紀中に加速し、世界人口の6分の1以上が住んでいる地域に
たいして、水資源の減少などの影響を及ぼすという、

 「IPCC統合報告書」における結論は、妥当であると強調しています。



 さらには、今年の2月にも、

 北海道大学の研究チームが、人工衛星のデータを使った、最新の分析
結果を出しましたが、

 それによると、

 2003年〜2009年の間に、ヒマラヤ山脈やその周辺で、毎年470億
トンの氷が減少したと報告しています。

 これは、

 琵琶湖の水の1.7倍に相当し、過去40年間の現地調査で推定され
た年間平均減少率の、「2倍」にのぼります。



              * * * * *


 以上のように、

 現在、ヒマラヤの氷河が「加速的に消失している」という研究報告
が出て来ていますし、


 将来、このまま温暖化が進んで行けば、

 氷河の消失がさらに加速するのは、絶対に間違いないでしょう!




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