経済界の反応 2009年9月20日 寺岡克哉
9月7日に、民主党の鳩山代表(現総理)が、
「温室効果ガスの排出量を2020年までに、1990年比で25%削減
をめざす」という、日本の中期目標を表明しました。
ここでは、
上の鳩山発言に対する、「経済界の反応」について見て行き、
私の思ったことを、お話したいと思います。
* * * * *
まず最初に、
鳩山代表が中期目標を表明した日。つまり9月7日以降に出された、
各経済人のコメントを挙げてみましょう(敬称は省略させて頂きます)。
9月7日
渡文 明 (新日本石油 会長)
「にわかには信じがたい。真意を確かめたい」と述べ、懸念を表明。
宗岡正二 (日本鉄鋼連盟 会長、 新日本製鉄 社長)
「(アメリカや中国など)すべての主要国参加による意欲的な目標の合意
を前提とした点は、鉄鋼業界と共通している」
「国際交渉ではその姿勢を堅持し、公平かつ実効性のある枠組みづくり
に全力を尽くしてほしい」
三村明夫 (新日本製鉄 会長)
「国民生活、経済界にとって大事な案件。しっかり議論して結論を出して
もらいたい」
水越浩士 (神戸商工会議所 会頭、 神戸製鋼 相談役)
「荒唐無稽(こうとうむけい)もいいところだ」
「国益に反するのは間違いなく、(国内では)生産活動ができなくなる」
9月8日
宗岡正二 (日本鉄鋼連盟 会長、 新日本製鉄 社長)
「国際的な公平性、国民負担レベルの妥当性、実現可能性を精査し、
国民と産業界の理解を得た上で国際交渉に臨むことを切望する」
三村明夫 (新日本製鉄 会長)
「大企業だけじゃなくて、国民、家庭、1人ひとりに大きな影響を与える」
「そういうことなんで、どういう問題があるのかないのか、あるいはどういう
ことをやったら可能なのかと、そういうことも皆で理解した上で、最終的な
結論をだす」
豊田章男 (トヨタ自動車 社長)
「課題が多いが、期待している」
「トヨタにとって温室効果ガス削減は、重要な課題」
「削減目標については、慎重な対応をお願いしたい」
伊藤孝紳 (ホンダ 社長)
「かなり厳しい。正直言うと厳しいですので、実際にそれに対してどうやって
いくのか」
9月9日
御手洗富士夫 (日本経団連 会長)
「環境問題は非常に大事であり、国際的な協調の中で解決される問題だ」
「国際的な公平性や国民負担の妥当性、経済全体への影響などを科学的
に詳しく検討し、国民的な議論をしてほしい」
森 詳介 (電気事業連合会 会長、 関西電力 社長)
「実現の道筋や国民負担などを議論したうえで国民の理解が必要」
25%削減が実行されると、電力需要が1割減少するという試算がある
ことから、「核燃料サイクルの実現や太陽光発電を受け入れる対策のほか、
電気をもっと使ってもらえるよう(オール電化住宅など)電化シフトを進める」
再生可能エネルギーの全量買い取り制度にたいして「卸売り販売目的の
太陽光発電事業者の利益を国民が負担することになり、国民の理解を得ら
れるか疑問だ」
南雲弘之 (電力総連 会長)
「実現可能性には疑問を抱かざるをえない」
「あたかも錦の御旗のようにもてはやされ、わかりやすさや数字上の
見せやすさだけが先行している」
「先進国が野心的な削減目標を揚げても、中国やインドなどの同調は
簡単には得られない。国際協調に異論はないが、自国の国益を後回しに
することは全く別物」
高木 剛 (連合 会長)
「世界各国が公平公正に負担を背負わないと、うまく行かない」
「具体的に何をすれば25%減るのか明確でない」
9月14日
御手洗富士夫 (日本経団連 会長)
「国際的に公平かつ実行ある枠組みを作ることが重要だが、国民負担の
妥当性もある」
「具体的な削減方法や政策を科学的な検討に基づき説明してほしい」
「国民ベース、生活ベースに基づいた経済界としての主張は、政権政党が
代わっても変わらない」
「責任政党として、国民の負託にこたえてほしい」
勝俣恒久 (東京電力 会長)
「(民主党は25%削減を)具体策の議論なしに出しており、国民へ説明する
義務がある」
「原発は地球温暖化対策に絶対に必要」
「災害に強い原発の開発などで、日米が官民問わず緊密に連携して世界
をけん引するべきだ」
9月17日
米倉弘昌 (日本化学工業会 会長、 住友化学 会長)
「(国際的な)リーダーシップを発揮するために高い目標を揚げなければなら
ないというのは間違った考え方だ」
青木 哲 (日本自動車工業会 会長)
「25%削減するためには、新車販売のおよそ90%をハイブリッド車や
電気自動車など環境に配慮した車にする必要があり、目標の達成は
たいへん難しい」
「政府には、具体的な施策や負担がどうなるのかを示してもらい、十分議論
してほしい」
「経済への影響や国民負担が重くなる点など十分な議論を尽くして進めて
いただきたい」
「(民主党政権には)私どもの考え方を理解していただくことが重要」
* * * * *
以上が、経済界を代表する人たちのコメントです。
これに対して、私が思ったことや、以前から常々思っていたことを、
つぎに、お話したいと思います。
まず第一に、
鉄鋼、電力、石油、自動車などの、二酸化炭素を大量に出している企業
を代表する人たちのコメントばかりで、
太陽電池や、風力発電機など、二酸化炭素の削減に寄与している企業
のコメントがありません。(私が見たところでは皆無でした。)
これでは、温室効果ガス25%削減にたいする、「懸念」ばかりが表明
されるのも当然でしょう。
* * * * *
ところで9月9日の、
森 詳介 (電気事業連合会 会長、 関西電力 社長)のコメントが、
ものすごく興味深いです。
>25%削減が実行されると、電力需要が1割減少するという試算がある
>ことから、
>「核燃料サイクルの実現や太陽光発電を受け入れる対策のほか、
>電気をもっと使ってもらえるよう(オール電化住宅など)電化シフトを
>進める」
この発言で、「核燃料サイクルの実現」を、「太陽光発電の受け入れ」より
も先に持ってきている所に、電力業界の「微妙な意思の表れ」が見えてい
ます。
(9月14日には、勝俣恒久(東京電力 会長)が、「原発は地球温暖化対策
に絶対に必要」と言っています。この発言からも、電力会社は原発を推進
したがっていることが分かります。)
そして、やはり電力会社は、「電気をたくさん使ってもらいたい」というの
が本音のようです。
>再生可能エネルギーの全量買い取り制度にたいして
>「卸売り販売目的の太陽光発電事業者の利益を国民が負担すること
>になり、国民の理解を得られるか疑問だ」
この発言は、「国民の負担」をダシに使っていますが、
「新規参入企業による、太陽光発電の売電ビジネス」を牽制(けんせい)
しています。
新たな企業の参入による、「大規模太陽光発電」の足を引っ張って
いるのは、おそらく既存の電力業界なのでしょう。
どうりで自民党政権下では、太陽光発電による電気の買い取りが、
「家庭用太陽光発電の余剰分のみ」に、限定されていた訳です。
これでは、「大規模太陽光発電」が普及する訳がありません!
ちなみに民主党は、風力やバイオマスなども含めた、「再生可能エネル
ギー全般」にたいして、全量を買い取り制度にすると言っています。
しかしながら森詳介氏の発言は、「卸売り販売目的の太陽光発電事業者」
を、とくにターゲットにしているようです。
太陽エネルギーは莫大であり、日本で使う電力のすべてを、太陽光発電
で賄(まかな)うことさえ可能です(エッセイ361参照)。
大規模太陽光発電が爆発的に広がれば、火力発電も、原子力発電も、
必要が無くなってしまうでしょう。
電力業界は、それをすごく警戒しているのではないでしょうか。
>卸売り販売目的の太陽光発電事業者の利益を「国民が負担」すること
>になり
たしかに最初のうちは、電気料金がすこし高くなるかも知れません。その
意味では「国民的な負担」が、どうしても生じるでしょう。
しかし長い目で見れば、太陽光発電は燃料代が「タダ」なので、後々は
電気料金が、今よりも安くなって行くのは確実です。
ここはひとつ「将来への投資」と考えて、国民全体で広く浅く負担を分け
あい、大規模太陽光発電の普及に協力するべきではないでしょうか。
とにかく、電力業界の代表者による以上の発言から、
温室効果ガス25%削減にたいして、難色を示していること。
原子力発電を推進させようとしていること。
電気をたくさん使ってほしいというのが、本音であること。
大規模太陽光発電の足を引っ張っていること。
などの「電力業界の思惑」が、透けて見えてきます。
* * * * *
そしてまた、すこし意外に思ったのは、
企業の経営者側ばかりでなく、労働者側からも「懸念」が表明されて
いることです。
それは9月9日の、
南雲弘之 (電力総連 会長)の、
「実現可能性には疑問を抱かざるをえない」
「先進国が野心的な削減目標を揚げても、中国やインドなどの同調は
簡単には得られない」
「国際協調に異論はないが、自国の国益を後回しにすることは全く別物」
という発言とか、
高木 剛 (連合 会長)の
「世界各国が公平公正に負担を背負わないと、うまく行かない」
「具体的に何をすれば25%減るのか明確でない」
などの発言に表れています。
やはり労働者の側としても、「いまの仕事が失われるかもしれない」と
いう不安が、どうしてもあるのでしょう。
しかしながら、民主党の目指すような「低炭素社会」になれば、新エネ
ルギーや環境技術などの分野で、「新たな仕事」が生まれます。
だから決して、仕事が無くなる訳ではありません。
その逆に、低炭素社会に向けた産業構造の改革をしなければ、国際
競争力が落ち、
アメリカの巨大自動車メーカーのように、ものすごく悲惨なことになるで
しょう。
ところで、上に挙げたような「労働団体」は、民主党の支持基盤になって
います。
なので民主党は、彼らを何とか説得するために、いろいろと腐心しなけれ
ばならないでしょう。
* * * * *
さらには、経済界から全体的に伝わってくる雰囲気として、
「国民の負担」や「経済的な影響」などを、「国民的な議論」によって
ひろく明らかにすれば、
温室効果ガス25%削減にたいして国民が反対するだろうという、
「思惑」があるように感じます。
しかしながら、
そのような「経済界の思惑」とは、まったく正反対なのですが、
「国民的な議論をひろく行うこと」は、私もすごく望んでいます。
たとえば、
エコカーや省エネ機器の購入など、なぜ「新たな消費をすること」でしか、
二酸化炭素の削減ができないのか?
(二酸化炭素削減の基本は、大量生産と大量消費を、抑制することのはず
です。)
太陽電池の導入コストは、最終的には電気代として元が取れるので、
「タダになる」はずです。
それなのに、なぜ、
まるまる太陽電池代の全部が、二酸化炭素削減の「コスト負担」として
計上されるのか?
光熱費の上昇や、省エネ機器の購入など、
なぜ国民ばかりに、「負担がしわ寄せ」されるのか?
日本の産業界における「省エネ技術」は、トップクラスだと言われて
います。
しかしなぜ、「さらなる省エネの困難さ」だけが強く主張され、
新エネルギーの導入や、二酸化炭素の分離回収・地中貯留などの、
「省エネ以外による二酸化炭素の削減」について、積極的な議論が
なされないのか?
どうして経済界は、「まともなキャップ&トレード」の導入に反対して
いるのか?
(個々の企業に課せられるキャップを、その企業が決めるという、つまり
自分にたいするキャップを、自分が勝手に決めるという、
「なんとも訳の分からないキャップ&トレード」が、いま試行的になされ
ています。)
温室効果ガスの大幅な削減を行わなかったときの、
「地球温暖化による被害」は、一体どれくらいになるのか?
現在すでに、
地球温暖化によって、どれくらいの被害が出ているのか?
などなど、
今までの自民党政権下における、中期目標にたいする議論で、
あえて触れられなかった部分も含めて、
ぜひとも、「国民的な議論」を広くやってもらいたいと思います。
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