日本の中期目標 2
2009年4月12日 寺岡克哉
2020年までの、温室効果ガスの削減目標。
いわゆる「中期目標」というのは、
今後10年ていどの、日本のあり方を決めてしまう、
とても大切なものです。
3月27日に、政府の検討委員会によって発表された、
この中期目標にたいする「案」をみると、
温暖化対策を「行うこと」による、経済的な損失ばかりが強調され
ています。
しかし、その一方で、
温暖化対策を「行わないこと」による(つまり温暖化の被害が
増加することによる)、経済的な損失については、
引きつづき分析中とのことで、今回の案では、いっさい触れて
いません!
こんな所に、
政府(環境省ではなく経済産業省)や、産業界などの、
「25%削減案は絶対に回避したい!」というか、
「できるだけ小さな削減目標にしたい!」
という思惑が、見え隠れしているように思えてならないのです。
* * * * *
さて、
首相官邸のHPに掲載されている、中期目標案についての資料を
みると、次のようになっていました。
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温室効果ガス排出量の中期目標の選択肢
2020年の温室効果ガス GDPの目減り 失業率の増加
排出量 (1990年比) (年率) (2010〜20年の平均)
@ +4% 0%(基準) 0%(基準)
A ±0〜−3% ・・・・・・ ・・・・・・
B −7% 0.05〜0.06% 0.2〜0.3%
C 検討中の案 ・・・・・・ ・・・・・・
D −15〜−16% 0.08〜0.21% 0.5〜0.8%
E −25% 0.32〜0.6% 1.3〜1.9%
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(※注)
2020年の温室効果ガス排出量には、森林の吸収や、CDM(クリーン
開発メカニズム)等による削減分は含まれていません。
なので、それぞれ上の目標値を達成する場合、実際の削減量は、
この表よりも、おそらく数%ていど小さくなる可能性があります。
つまり、GDPの目減りや、失業率の増加など、経済的損失の見積もり
が、この表よりも小さくなる可能性があります。
* * * * *
上の表を見て、まず第一に私が感じたことは、
なぜ、@の4%増加などという案が、
「中期目標の選択肢の1つ」として、わざわざ公表されたのか?
という疑問でした。
おそらく、
「あわよくば、この案に決まってほしい!」というような、
思惑があるのだと思います。
今回の案では、@の4%増加を「基準」として、
強力な温暖化対策を取ればとるほど、
GDPが目減りし、失業率が増加することが、強調されています。
このように、「経済的な損失を強調するため」にも、
その基準として@の案が、たしかに必要だったのでしょう。
しかしながら、
もしも@の4%増加案を、「基準」として考えているだけ
なら、
何もわざわざ、「選択肢の一つ」として公表する必要は
ありません!
ちょっと注意書きで断っておけば、それで済むことです。
それをしない所に、
「中期目標を、あわよくば、この案に決定したい!」
という思惑が、潜んでいるように思えてならないのです。
ちなみに、政府による公的な機関から、
こんな案が、「中期目標の選択肢の一つ」として公表されたことで、
もうすでに、世界からの顰蹙(ひんしゅく)を買っています。
そして、さらに悪いことには、@の4%増加案が、
EUの中期目標である20%削減と、同程度のものだとしています。
そんなことを、世界に向かって主張すれば、
さらに反感を買ってしまうのは間違いないでしょう。
一体、どういう屁理屈をこねたら、
EUの20%削減と、日本の4%増加が、同等だという話になるのか?
それについては、後の機会にでも、お話したいと思います。
* * * * *
ところで・・・ 今回発表された中期目標案では、
温暖化対策を「行うこと」による経済損失については、ずいぶん
強調されているのに、
温暖化対策を「行わないこと」による経済損失については、
いっさい触れていません!
こんな所にも、
「中期目標を、できるだけ小さな削減案に決定したい!」
という思惑が、表れているように感じます。
たとえば、最新の科学的な知見によると、
2100年までの海面上昇が、最低でも1メートル程度になると
しています。
つまり、もっとも強力な温暖化対策によって、温室効果ガスが
劇的に削減できたとしても、それくらいの海面上昇になるわけです。
そのような海面上昇への対策費用は、日本全体で、一体いくらに
なるでしょう?
正確には分かりませんが、エッセイ370でお話した、とても大ざっぱ
な考察によると、
おそらく数千兆円くらいに、なるかも知れません。
さらには海面上昇のほかに、干ばつや、豪雨による洪水などの
被害も考えれば、対策費用はもっと膨らむでしょう。
「そんなのは100年後のことだ!」と、思う人がいるかも知れま
せんね。
しかし100年後に、いきなり数千兆円ものお金が、準備できるわけ
がありません。
そして地球温暖化の影響も、100年後まで、まったく無いわけでは
ありません。
たとえば海面上昇は、連続的にジワジワと襲ってきますし、
干ばつや洪水は、年が経つごとに、ますます頻繁に起こるように
なるでしょう。
つまり100年後に、数千兆円のお金が、かかるのではなく、
これから100年にわたって、
10年間で、数百兆円。
1年にすると、数十兆円。
というお金が、必要になって行くという具合になるのです。
ちなみに日本のGDPは、年間およそ500兆円です。
だから、1年間に数十兆円の出費は、GDPの数%にあたります。
たとえば仮に、1年間に30兆円の出費とするならば、GDPの6%
です。
この、6%という数字と、
上の表の、E25%削減案における、GDPの目減り(年率0.32〜
0.6%)を、くらべて見てください。
ざっと、10倍の値になっています。
そして、
温室効果ガスの削減が、弱いものであればあるほど、
「温暖化の影響」による経済損失は、さらにもっと大きくなる
でしょう。
つまり、とても大ざっぱな考察ではありますが、
温暖化対策を「行わないこと」による経済損失は、
温暖化対策を「行うこと」による経済損失の、
およそ10倍ていどの、大きさになる可能性があるのです。
* * * * *
このように、ちょっと考えただけでも分かる、「ものすごく大きな要素」
に対して、
まったく触れていないのは、やはり、「ものすごく不公正」だと言わ
ざるを得ません!
もしも、これほどの不公正を、逆にやったら、
つまり、
温暖化対策を「行うこと」による経済損失については、いっさい
触れることなく、
温暖化対策を「行わないこと」による経済損失だけを、取り上げて
強調したら、
上の表の、@〜Eの案における経済損失の評価は、まったく逆の
順序になってしまうでしょう。
私は、このことに関して、
「ものすごく強い不信感」を持っています!
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