シミュレーションは本当か? 2
                             2008年9月7日 寺岡克哉


 ここでは、シミュレーションの信頼性を調べること。

 つまり、「シミュレーションの検証」について、大ざっぱに見て行きたいと
思います。



 ところで・・・

 シミュレーションによって、100年後の気候が予測できたしても、

 それが実際、ほんとうに当たっているかどうかは、100年後になってみな
ければ分かりません。

 つまり、100年後になって初めて、シミュレーション予測の「完全な検証」が
できるわけです。

 もしも、「純粋に科学的な立場のみ」から見るならば、それはそれで良いの
かも知れません。

 ただ単に、科学的な興味を満たすだけならば、100年でも1000年でも
時間をかけて、確実な研究をやれば良いのです。



 しかしそれでは、温暖化対策を考えたり、人類の行動計画を立てるため
には、何の役にも立ちません。

 地球温暖化シミュレーションの、いちばんの目的は、いま現在において、
これから人類の取るべき行動や指針を判断することにあります。

 だからこそ、たくさんの資金と人員をかけてまでも、シミュレーションを行う
価値があるのです。



 「温暖化対策を、間に合わせること!」

 シミュレーションの真の目的は、このことに尽きると思います。

 だから何とかして、いま現在において、シミュレーションの予測がどれぐらい
信頼できるのかを、知っておかなければならないのです。


                 * * * * *


 ところで「過去に行われたシミュレーション」なら、10〜15年ぐらいの時間
しか経過していませんが、予測が本当に当たっているかどうか、実際に
確かめることが出来ます。

 たとえば1990年の、IPCC第1次報告書で発表されたシミュレーション
予測によると、1990〜2005年までの世界平均気温の上昇は、0.4℃と
なっています。

 また1995年の、IPCC第2次報告書で発表されたシミュレーション予測に
よると、1990〜2005年の間に、0.2℃の気温上昇となっていました。

 そして「実際の観測」では、1990〜2005年の間に、世界の平均気温が
0.3℃上昇していました。

 以上を表にすると、次のようになります。

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                       世界平均気温の上昇
                       (1990〜2005年)

  第1次報告での予測(1990年)      0.4℃
  実際の観測                 0.3℃
  第2次報告での予測(1995年)      0.2℃
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 これらは、以前に行ったシミュレーションなので、現在よりも予測の精度が
粗いのだと思います。
 しかしそれでも、「予測がまったく外れている訳ではない」ことが、じつに
良く分かります。



 また、1991年に、フィリピンのピナツボ火山が大噴火しましたが、
 大きな噴火が起こると、火山性のエアロゾル(大気中を漂う微粒子)が
太陽光を遮(さえぎ)ってしまうために、気温の低下することが考えられます。

 そのような噴火後の気温低下を、シミュレーションによって、噴火の直後に
予測できたという実例があるのです!

 これなども、限定的ではありますが、シミュレーションの予測能力を証明
した一つの事例といえるでしょう。


                 * * * * *


 さて・・・

 いま現在において、シミュレーションがどれぐらい妥当なのかを調べること。

 すなわち「シミュレーションの検証」は、「現在の気候が再現できるか
どうか」によって行われます。


 つまり、過去の気候データを入力して、その後の気候変化をシミュレーション
し、現在の気候を予測してみるのです。

 そうすれば、現在における「実際の気候」と比べられるので、シミュレーション
の精度が評価できるわけです。



 たとえば地球シミュレータの場合、1860年の気候データを初期値として
入力し、2000年までの気候をシミュレーションで再現した結果が発表されて
います。

 それによると、地上における世界の平均気温は、1870〜2000年に
わたって、よく再現されています。
つまりシミュレーションの結果は、実際に
測定した気温のデータと、よく一致しているのです。

 ところで、このシミュレーションには、
 太陽活動の変化。
 火山活動による、成層圏へのエアロゾル(大気中を漂う微粒子)の放出。
 経済発展にともなう、温室効果ガスの増加。
 オゾンホールによる、成層圏オゾンの減少。
 大気汚染による、対流圏オゾンの増加。
 化石燃料の燃焼による、二酸化硫黄の放出。
 化石燃料、薪、農業廃棄物の燃焼、森林火災などによる「すす」の放出。
 土地利用の変化。
などが考慮され、データとして入力されています。

 このように、できる限りのデータを集めてシミュレーションを行ったので、実際
の気候をよく再現するようになったのです。



 また、シミュレーションの検証は、「海水温の分布が再現できるかどうか」
によっても、なされています。

 なぜなら海は、地球表面の7割も占めているため、地球の気候を決定する
大きな要因になっているからです。
 また海水は、大気との間で「熱のやりとり」をしながら、海流によって循環し、
地球全体に熱を運びます。(つまり、熱帯地域で温められた海水は、海流に
よって高緯度に運ばれ、ヨーロッパなどの寒い地方を温めます。)
 なので、海水温の分布が再現するかどうかを見れば、地球の気候全般に
対する再現性も、間接的に調べられるのです。

 地球シミュレータによって再現された、海水温の分布を見ると、
 「ずいぶん良く再現できるものだなあ!」というのが、私の率直な実感で
した。

 私のような素人目でみると、全体的な海水温の分布は、じつに良く再現
されているように見えます。
 しかし専門家の厳しい目でみると、ペルー沖の冷水域がよく再現されて
いないとか、エルニーニョの再現が悪いとか、まだ不十分なところもあるよう
です。



 さらには、「降水量の分布が再現できるかどうか」によっても、シミュレー
ションの精度が検証されています。

 たとえば、水の蒸発、気流の方向、雲のできかた、低気圧や高気圧の発生、
梅雨前線や台風など、それらの影響は結局、「どこに、どれぐらいの雨が降っ
たか?」という結果として最終的に現れます。
 なので、「降雨分布の再現性」をみれば、大気中における気候プロセスの
ほとんどが、うまく再現されているかどうかをチェックすることが出来るのです。

 地球シミュレーターによって再現された、降水量の分布をみると、「海水温の
分布よりも再現性が悪い」というのが私の印象でした。
 とくに、オーストラリア東方の降雨帯が再現されておらず、また、実際には
北太平洋に降雨帯がないのに、シミュレーションでは降雨帯が現れています。

 しかしながら、日本の梅雨前線は、結構よく再現されているみたいです。



 またさらには、地球シュミレータによる「台風発生の再現実験」によると、
ブラジル沖にも、「熱帯性低気圧」の発生することが示されていました。

 しかし、ブラジル沖に熱帯性低気圧が発生したことは、それまで全くなかった
のです。

 だから研究者たちは当初、「シミュレーションが間違っているのではないか?」
と、頭を悩ませていました。

 ところが、その1年後の2004年、ブラジル沖に「観測史上初」の熱帯性
低気圧が発生したのです!

 このことは、観測史上初の異常気象を、地球シミュレータが予知した可能性
を示しています。



 以上お話したように、シミュレーションには、まだ完全でない所があります。

 しかしながら、時代と共にシミュレーションの精度がどんどん向上し、実際
の気候をよく再現するようになって来たことも、絶対に否定できない事実なの
です。


                 * * * * *


 ところで・・・

 いくらシミュレーションが、実際の気候をよく再現するようになってきたと
言っても、

 「実際の気候に合うように、シミュレーションを人為的に操作していれば、
合うのは当然だ!」

という、指摘がなされるかも知れません。



 しかし、このことに関しては、

 「人工衛星による観測データの間違いを、シミュレーションによって指摘する
ことができた」という事実があります。

 それはつまり、どんなことかと言えば、西暦2000年ごろに得られていた
人工衛星の観測データでは、「対流圏下層の気温上昇」が見られませんで
した。

 ところが、シミュレーションによる気候再現では、対流圏下層の気温が上昇
していました。

 そのことが、「実際の観測と、シミュレーションとの食い違い」として、論争に
なっていたのです。



 しかしながら、

 人工衛星のデータをちゃんと調べなおしたら、対流圏下層の気温も上昇
していたことが明らかになったのです!(ここら辺の話は、エッセイ322
詳しくあります。)

 つまりシミュレーションは、何でもかんでも無節操に、ただ実際の観測に合わ
せている訳ではないのです。

 非常識なほど、人為的にシミュレーションを操作し、すべてを観測データに
合わせていたら、衛星データの間違いを指摘することは絶対に出来なかった
でしょう。
 なぜなら、人工衛星の観測データに合うように、シミュレーションを操作して
しまうからです。

 だからこの話は、シミュレーションに対して、非常識なほどの人為的操作が
行われていないことを証明しているのです。


                 * * * * *


 以上、「シミュレーションの検証」について、ざっと大まかに見てきました。


 たしかに、シミュレーションは、まだ「完全」ではありません。

 というか、「シミュレーションの本質」から言って、「完全になること」は永遠
にあり得ないのでしょう。

 しかし、その精度がどんどん向上していることは、否定できない事実です。

 そしてまた、地球温暖化による気候変動に関しては、「実際の実験」が
できません!


 そうである以上、シミュレーションによって温暖化の影響や被害を予測し、
私たちの取るべき行動を判断するしか、ほかに方法がないのです。



 次回では、

 「1週間後の天気も当たらないのに、100年後の気候が分かるわけが
ない!」

 という批判について、考えてみたいと思います。



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