ある物理学者を偲んで 2008年7月27日 寺岡克哉
去る7月10日に、戸塚洋二さんという物理学者が、ガンのために亡くなられ
ました。享年66歳でした。
私がむかし大学院生だったとき、この方と、お会いしたことがあります。
そして、ちょっとだけですが、個人的に会話もさせて頂きました。
なので今回は、故人を偲び、戸塚さんについて私の思うところを、お話する
ことにします。
* * * * *
戸塚さんは、小柴昌俊さん(2002年にノーベル物理学賞受賞)の愛弟子
で、「スーパーカミオカンデ」という実験プロジェクトを指揮した人です。
この実験によって、「ニュートリノ」という素粒子に、質量(重さ)があることを
証明しました。その功績により、戸塚さんは、ノーベル賞の最有力候補とまで
言われていたのです。
実はこれまで、ニュートリノの質量はゼロだと考えられており、それが素粒子
の世界の常識でした。
だから「スーパーカミオカンデ実験」による結果は、素粒子の世界の常識を
くつがえす(素粒子の標準理論に修正を迫る)ほどの、歴史的な成果となった
のです。
戸塚さんは、ノーベル賞こそ受賞されていませんでしたが、仁科記念賞、
紫綬褒章、文化勲章などなど、とてもたくさんの賞を受けられています。
また2005年には、東京大学の特別栄誉教授になられました。
そして2007年には、アメリカ版のノーベル賞ともいわれる、ベンジャミン・
フランクリン・メダルを授与されました。
* * * * *
むかし私が所属していた研究室でも、メインの研究プロジェクトは、ニュート
リノの質量を観測することでした。そして現在も、当時より実験の規模をさらに
大きくして、研究が続けられています。(ちなみに、こちらの実験名は「オペラ」
と言います。)
つまり、戸塚さんが指揮していたスーパーカミオカンデとは、実験の方法が
違うものの、研究の目的はまったく同じわけです。
そのような関係から、以前に私が所属していた研究室では、戸塚さんを講師
として招き、集中講義をしてもらったことがあったのです。
そのとき私は、下っぱの大学院生に過ぎませんでしたが、講義の休憩時間に
お茶を差し上げたついでに、ちょっとだけ戸塚さんと会話をすることが出来ま
した。
私が戸塚さんに、いちばん聞きたかったのは、じつは小柴さんのことでした。
その当時、研究室のボスと言えば、だいたい戸塚さんと同じぐらいの世代で、
小柴さんはボスのボスに当たる世代なのです。
なので私たちの世代にとっては、研究室のボスから小柴さんの武勇伝をよく
聞かされるものの、実際には顔を見たことがない「伝説的な人物」となっていま
した。
それで私は、まだノーベル賞を受賞されていませんでしたが、小柴さんのこと
にすごく興味があったわけです。
「小柴先生って、どんな方ですか?」
と、私は戸塚さんに質問しました。
「そうだね。非常に柔軟な思考の持ち主というか、まるで少年のような頭脳を
持っている方です。」
というのが、戸塚さんから頂いた回答でした。
「本当に、少年のような心と頭を持っている方なのですよ。」
と、戸塚さんはくり返して言いました。もう10年以上も前のことですが、それが
今でも私の印象に残っています。
それからしばらくして、私は研究室を去ることになり、さらにそれから4年後、
小柴さんがノーベル賞を受賞されました。
戸塚さんも色々な賞を受け、もう私なんか、おいそれとは近づけないような、
とても偉い先生になられたのです。
* * * * *
戸塚さんが亡くなる直前、おそらく先月ごろに、評論家の立花隆さんと対談
をなさったようです。
その記事が、文芸春秋の2008年8月号に載っていたので、買って読んで
みました。
その感想ですが・・・
「まあ私などは、とてもついて行けないような、戸塚さんは”根っからの科学
者”なのだなあ」と言うのが、率直に感じたことです。
なぜなら、自分の体がガンに侵(おか)されていく様子を、克明に分析なさっ
ていたからです。
CT画像のデータを自分で分析して、腫瘍が大きくなっていく時間変化を測定
したり・・・
腫瘍マーカー(血液中に含まれるガンに特有の物質)の値を、グラフにした
り・・・
対談記事のなかで、立花さんが、
「ご自分の腫瘍マーカーや腫瘍のサイズを数値化されて、いま、自分は
どうゆう状態にあると、判断されていますか?」と、質問したのに対し、
戸塚さんは、
「もう最終段階に入りました。今年になって、全身に転移が見つかって
います。腫瘍マーカーも、正常値が5のところが、先日計ったら、残念なが
ら3000でした。ガンが暴走しているんです。」と、冷静に答えていたのには
すごく驚きました。
私は、エッセイ2で考察したように、「死は苦しみでない」という確信をもって
います。
しかし、現実に「自分の死」を目の前にして、戸塚さんのように自分自身を
客観視することなど、とうてい私には出来ないと思いました。
* * * * *
しかしながら、やはり戸塚さんでも、自分の死がだんだん迫ってくることに
「恐怖」を感じていたようです。人間ならば、それが自然であり、当たり前です
よね。少しも恥ずかしい事ではありません。
戸塚さんは、なぜ死が恐いのか、その理由について幾(いく)つかの考察を
挙げていました。
その中の一つに、
「自分が存在したことは、この時間とともに進む世界で何の痕跡も残さずに
消えていく」と、いうのがありました。
この問題について、じつは私も考えたことがあります。
そして、私なりに得た結論を、エッセイ11に書いています。
そこでの結論は、「”生命の意義”は死によって消滅しない」というものです。
(これについて詳しく知りたい方は、エッセイ11を見て頂けたらと思います。)
もう、今となっては、戸塚さんにお伝えする術(すべ)はないのですが・・・
戸塚さんの「生命の意義」は、多くの人々の中で、今でも確実に「生きて」
います。
もちろん私の中にも、戸塚さんの「生命の意義」は生きています。
そして、この文章を読んで頂いた方々にも、「戸塚さんの生命の意義」が、
少なからず波及して行くことでしょう。
だから、「戸塚さんの生命の意義」は、決して消滅しません。
しかもそれは、たとえ人類が滅んだとしても、絶対に消滅することがない
のです。
これは、べつに戸塚さんだけの話ではありません。一般に「生命の意義」
というのは永遠に存続し、時間が経てば経つほど、無限に波及し拡大して
行きます。
(皆さんの中には、荒唐無稽な話に聞こえる人がいるかも知れませんが、
エッセイ11を見てもらえば、納得して頂けるかと思います。)
* * * * *
また、立花隆さんとの対談では、最近の宇宙論と、仏教思想との関係に
ついても言及していました。
戸塚さんは、
「仏陀が一生懸命考えたことが、我々、自然科学者が一生懸命勉強して
いるマルチバース論と似ているということに、すごく安心感を覚えるんです。
あれだけの宗教家というか、思想家が考えたことも、結局、我々が思いついた
ことと似ていた。」と、述べています。
(ちなみに「マルチバース」というのは、宇宙がたった一つではなく、それぞれ
異なる時空間として、無数に存在するという考え方です。これに対して、「宇宙
は一つしかない」という従来の考え方を、「ユニバース」といいます。)
私は、この記事が目に入ったとき、「やはり、そうなんだ!」という確信を、
新たに強くしました。
というのは、エッセイ67で書いていますが、
「一流の科学者は、宗教思想に通じるものを持っている!」
と、私はつねづね思っていたからです。
自然科学も、(本当の)宗教思想も、
「大自然の摂理」というか、「この世の成りたち」というか、つまり「世界観」
を探求するのが究極の目的です。
だから科学と宗教は、方法論が多少ちがうかも知れないけれど、目ざすもの
が同じわけです。
ゆえに科学と宗教は、決して相反するものではないと、私は考えています。
その証拠にエッセイ67で述べていますが、ケプラーも、ニュートンも、アイン
シュタインも、決して、宗教的な思想と無縁ではありませんでした。
「戸塚さんも、やはりそうだったのだ!」
私はそのことを知って、とても感動しましたし、確信をさらに強くしたのです。
* * * * *
対談の最後は、
「まだまだ修行が足りないんですよ」という、戸塚さんの言葉で締めくくられ
ていました。
とても、「確実な死」に直面している人間の言葉とは思えません。
最後の最後まで、つねに向上することを求める「超人的な意志の強さ」を、
身震いがするほど感じました。
もっともっと長生きして下さったら、すごく重要な仕事をたくさん成し遂げられ
たことは、絶対に間違いないでしょう。
とても惜しい人が亡くなりました。
心からご冥福をお祈りします。
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