海の魚への影響 2 2008年3月2日 寺岡克哉
前回では、
(1)一般に海の魚たちが受ける地球温暖化の影響 のうち
(a)海水温の上昇
(b)海水の酸性化
(c)海面の上昇
について、見てきました。今回は、その続きです。
* * * * *
(d) 海氷の縮小
「海氷」とは、北極や南極にちかい高緯度の冷たい海域にある、「海の
上に浮いている氷」のことです。だから海氷の下には、海が広がって
います。
海氷には、1年のすべてが氷に覆われている「周年氷帯」と、冬は氷に
覆われるけれど、夏にはそれが消えてしまう「季節氷帯」があります。
たとえば、冬に流氷がくる北海道の「オホーツク海」は、季節氷帯の代表
的な例であり、その南限にもなっています。
ところで、そのような季節氷帯では、海氷の裏側(水中の面)に「アイス
アルジー」と呼ばれる植物プランクトンが大量に繁殖します。
太陽の光が、強くなりはじめる早春・・・
氷の裏側にアイスアルジーがびっしりと付着して、黄色や茶色でヌルヌル
になるほどです。
餌がとても不足するこの時期、アイスアルジーは魚たちにとって貴重な
栄養源となっているのです。
この、「アイスアルジー」による栄養供給の効果は、ほんとうに大きな
ものです。その証拠に、もうすこし低緯度(つまり暖かい場所)における
氷の張らない海域よりも、氷の張る季節氷帯の方が、豊かな海となって
いるほどです。
北海道のオホーツク海が「豊かな漁場」となっているのも、ひとえに流氷
のお陰なのです。
ところで一方、南極の海氷域ではアイスアルジーの他に、「オキアミ」と
いう小エビのような動物プランクトンが繁殖します。
この「オキアミ」も、海の生態系を根底から支えている、とても大切な生物
です。なのでオキアミが減少すれば、そこに棲む魚たちも大打撃を受けて
しまいます。
しかしながら2004年に出された研究報告によると、地球温暖化によっ
て南極のオキアミが80%も減少した(つまり、たったの20%しか残って
いない)そうです。
その原因は、オキアミが捕食者となるクジラなどから身を隠すための海氷
が、海水温の上昇によって縮小したためと言われています。
こんなにオキアミが激減しては、南氷洋の生態系に影響していない訳が
ありません。この先どうなってしまうのか、とても心配です。
そしてまた・・・
昨年(2007年)の9月に北極の海氷が、観測史上で「最小」になりま
した!
その面積が419.4万平方キロメートルにまで縮小し、1978年から人工
衛星による観測をはじめて以来、最も小さくなったのです。
そして同年の12月には、ポーランド科学アカデミーと、米航空宇宙局
(NASA)の研究グループが、「北極海の氷の融解がこのままのペース
で進んだ場合、2013年には夏に氷が完全に消える」との予測を公表
しました。
それまでの予測では、消滅の時期がいちばん早いもの(つまり、いちばん
過激な主張のもの)でも、米国立大気研究センターが予測した「2040年
ごろ」というのでした。
つまり、北極の海氷融解は、予想以上に速く進んでいるのです!
なので、ちかい将来(もしかしたら、もう既に)、北極海やその周辺の魚たち
に対して、大きな影響を与えてしまうのは間違いないでしょう。
* * * * *
(e) 海洋の大循環
これは、エッセイ281に良くまとまっていますので、詳しく知りたい方は、
そちらを見て頂ければと思います。ここでは、大ざっぱに説明するだけに
しましょう。すると、以下のようになります。
まず第一に、地球が温暖化すると、「海洋の大循環」の流れ方が弱くなり
ます。
そうすると、栄養の豊かな「深層水」が表層に湧き上がってくる流れ、つま
り「湧昇流(ゆうしょうりゅう)」が弱くなります。
さらにそうすると、一般に「貧栄養状態」である海洋表層への、栄養の補給
が減少してしまいます。
その結果、プランクトンの増殖が抑えられて数が減り、それをエサにして
いる魚たちも減ってしまうわけです。
この話について、
海洋の大循環とは、どのような流れ方をしているのか?
なぜ地球が温暖化すると、「海洋の大循環」が弱くなるのか?
なぜ、海洋の表層は「貧栄養状態」なのか?
なぜ深層水には、栄養が豊富に含まれているのか?
等々の疑問については、エッセイ281でお話しております。興味のある方
は、そちらをご覧になってください。
ここでは、とても大ざっぱにしか説明しませんでしたが、しかし海洋の大循
環が弱まることは、海の魚たちにとって、さらには海の生物全体にとって、
たいへん深刻な問題となるでしょう。
なぜなら、海洋の大循環が弱まった分だけストレートに、海洋全体への
栄養補給が減少してしまうからです。それだけ、地球の海全体の生物量も
減ってしまうわけです。これは、ものすごく大きな問題だと私は思います。
* * * * *
(2) 何種類かの具体的な魚における地球温暖化の影響
ここからは、いくつかの「具体的な種」の魚について、地球温暖化の影響を
見て行きたいと思います。
(a)北大西洋のタラ
北大西洋には、「タイセイヨウダラ」というタラが棲んでいます。
このタラは、日本で獲れる「マダラ」よりも大型の種で、大きなものでは
全長2メートルにもなります。
古来よりタラは、西洋人にとって貴重な漁業資源となっていました。とくに
イギリス人は、世界のタラ漁獲量の30%を消費していると言われています。
このようにタラは、世界的にとても重要な魚です。
しかし、ここ数十年の間に、タイセイヨウダラは絶滅が心配されるほど、
数が激減してしまいました。
とくにカナダの東側の海、つまりニューファンドランド沖とラブラドル地方の
周辺海域では、タラの群れの数が、過去30年間で97%も減少したと言わ
れています。つまり、たった3%のタラしか、居なくなってしまったのです。
その主な原因は、漁業による「乱獲」だと言われています。
しかしながら、その一方で、
カナダ東岸から米国東岸にかけてのタラの資源枯渇は、過剰漁獲が原因
というよりも、
北極の氷が解けることによって、海水の塩分濃度が下がり、
その塩分の低い水が南下して、海の生態系を変化させ、
それがタラの生息にとって、不利な状況を引き起こした結果である。
という研究報告が、2007年のサイエンス誌で発表されています。
これが事実なら、上でお話した、北極の海氷融解による魚への影響が、
すでに現れていることになります。
さらにまた、一部の科学者は、地球温暖化による海水温の上昇が、幼魚
の生存率の低下を招いているとも指摘しています。
ところで、タラのように「漁業資源」になっている魚の場合は、乱獲による
影響と、地球温暖化の影響を分けて評価することが難しいみたいです。
しかし、これだけは確実に言えると思います。
つまり、漁業資源になっている魚たちは乱獲の影響に加えて、さらにその
上に、地球温暖化の影響が襲いかかっていると言うことです。
だから、タイセイヨウダラに限らず漁業資源になっている魚は、将来に
おける地球温暖化の影響も考えて、早め早めの保護対策をとって行く必要
があるでしょう。
* * * * *
次回は、私たちの身近な、日本近海の魚たちについて見て行きたいと
思います。
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