海洋の大循環 2007年7月8日 寺岡克哉
ここでは、「海洋の大循環」にたいする、地球温暖化の影響について考え
てみたいと思います。
海洋の大循環とは、「熱塩循環」とか「コンベアベルト」と言われるもので、
大西洋から太平洋にまたがる、まさしく地球規模の大循環です。
そしてそれは、だいたい次のように流れています。
まず、北大西洋のグリーンランドのあたりで、海水が沈み込むことから、
「海洋の大循環」が始まります。
そこで沈み込んだ海水は、大西洋の海底をどんどん南下し、赤道を越えて
アフリカ大陸の南を通り抜けます。
そこから東に向かい、オーストラリアの南を通り抜けると、今度は太平洋を
北上します。
太平洋の海底を北上した海水は、北緯45度ぐらいのところで、上に湧き
あがります(湧昇流)。
その表層に湧き上がった海水は、今度は太平洋を南下し、赤道のあたりで
西に向かいます。
そしてインドネシアを通り抜け、ふたたびアフリカ大陸の南をまわり、今度は
大西洋を北上します。
大西洋の表層を北上する海水は、最後に「メキシコ湾流」となり、北大西洋
にもどってきます。
そして再び、グリーンランドのあたりで沈み込むのです。
実際には、インド洋にも枝分かれをしていて、もっと複雑な流れ方をしてい
ます。しかし、いちばん大きな循環は、だいたい以上のようです。
そして、この大循環が一周するのには、およそ2000年ぐらいの時間が
かかると言われています。
* * * * *
ところで・・・
地球が温暖化すると、この「海洋の大循環」の流れが、弱まると考えられて
います。
なぜでしょう?
そして海洋の大循環が弱まると、ひどい場合には北米やヨーロッパで寒冷
化がおこり、「氷河期になる!」とか言われています。
それは本当でしょうか?
さらには、海洋の大循環が弱まると、海の生態系に悪影響を及ぼし、
海産資源の減少することが考えられます。
一体どうしてでしょう?
つぎに、それらについて見て行きたいと思います。
* * * * *
なぜ、地球が温暖化すると、「海洋の大循環」が弱まるのでしょう?
それは、北大西洋での「海水の沈み込み」が弱くなるからです。
というのは、大循環の原動力は、「海水が沈み込むこと」により発生し
ているからです。
つまり、北大西洋での「沈み込み」が、大循環を動かす「エンジン」の役割
をしているのです。
だから、そのエンジンの力が弱くなれば、とうぜん海洋の大循環も弱まる
わけです。
しかしなぜ、温暖化によって「海水の沈み込み」が弱くなるのでしょう?
それには、2つの理由があります。
1つは、海水が冷えなくなること。
そしてもう1つは、「海氷」(海水が凍った氷)が作られなくなることです。
海水が沈み込むためには、その海水が「重く」ならなければなりません。そ
して海水が重くなるには、
1つは冷やされて温度が低くなること。
もう1つは、海水の塩分が濃くなることです。
なぜなら、「冷たい海水」は「温かい海水」よりも重く、「塩分の濃い海水」は
「塩分の薄い海水」よりも重いからです。
温暖化によって気温が上がれば、とうぜん海水が冷やされなくなります。
そしてまた、温暖化によって「海氷」が作られなくなると、塩分が濃くならなく
なります。
なぜなら海氷が作られるとき、海水のうち「真水」の部分だけが凍り、残り
の塩分が海中に追い出され、それにより海水の塩分が濃くなるからです。
海水が冷たくなること(つまり熱が奪われること)と、海水の塩分が濃くな
ること。
それら二つが原動力となっているので、海洋の大循環は「熱塩循環」と
呼ばれているのです。
地球が温暖化すると、その2つの原動力が弱くなり、海洋の大循環が
弱まってしまうわけです。
* * * * *
ところで、「海洋の大循環」が弱まると、南から温かい海水を運んでくる
「メキシコ湾流」も弱くなります。
そうすると、北米やヨーロッパでは寒冷化がおこり、ひどい場合には「氷河
期」がやってくるという説まであります。
たとえばヨーロッパの、パリ、ロンドン、アムステルダムなどは、北海道の
稚内よりも北にあり、ちょうどサハリン(樺太)と同じぐらいの緯度です。
それでもヨーロッパの気候が温暖なのは、ひとえにメキシコ湾流が温かい
海水を運んでくるからです。
だからもし、メキシコ湾流が停止でもしてしまったら、相当な寒冷化が起こ
るのは間違いありません。
しかし本当に、「氷河期」がやってくるのでしょうか?
これに関して、IPCCの第4次報告では、次のように言っています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
現在のモデル予測では、大西洋の深層循環(ここで言う海洋の大循環)は、
21世紀中に弱まる可能性がかなり高い(90パーセント以上の可能性)。
複数のモデル予測の平均で、(海洋の大循環によって流れる海水の量は)
2100年までに25パーセント減少。
このような変化にもかかわらず、予測される温室効果ガスの増加にともな
う昇温の方がはるかに大きいため、大西洋地域の気温は上昇すると予測さ
れる。
( )内の文は、私の付け足した補足。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
と、なっています。
どうやら現時点の予測では、「氷河期」はやって来ないようです。
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ところでまた、「海洋の大循環」が弱まると、海の生態系に悪影響を及ぼ
し、海産資源の減少することが考えられます。
というのは、大循環が弱まると、栄養のたくさんある「深層水」が表層に
湧き上がってくる流れ、つまり「湧昇流(ゆうしょうりゅう)」も弱くなるから
です。
たとえば、つぎの表を見てください。
これは、外洋における表層水、深層水、そして海洋プランクトンの、リンと
窒素の比です。(あくまでも比であり、絶対量でないことに注意して下さい。)
−−−−−−−−−−−−−−−−−
リン : 窒素
表層水 0 : 0
深層水 1 : 15
海洋プランクトン 1 : 15
−−−−−−−−−−−−−−−−−
表層水には、ほんとうに栄養がほとんどありません。つまり、極度の
「貧栄養状態」になっているのです。
これは、ちょっとでも栄養があれば、すぐ植物プランクトンに使われてしま
うからです。外洋が「海の砂漠」と言われるゆえんです。
しかし「深層水」には、栄養がたくさん含まれています。しかも、リンと窒素
の比が、「海洋プランクトン」とまったく同じですね。
これは、太陽の光がとどく表層で繁殖したプランクトンの屍骸が、マリンス
ノーとなって海底に降り積もり、その有機物の分解したリンや窒素が、深層水
にたくさん含まれているからです。
だから、深層水が表層に湧き上がってくる「湧昇流」が弱まれば、それだけ
「海の栄養補給」も少なくなる訳です。
この「湧昇流」は、北太平洋のほかにインド洋にも存在していますが、実際
それらの海域は「豊富な漁場」となっています。
だからもし、海洋の大循環が弱くなり、その結果として湧昇流も弱くなれ
ば、海産資源の減少することが予測されるのです。
そしてもちろん、これは海産資源の問題だけでなく、「海の生態系」にも
多大な悪影響を及ぼすことでしょう。
* * * * *
以上ここまで、地球温暖化による「海洋の大循環」への影響について、
見てきました。
その中でも私はとくに、「海産資源の減少」および「海の生態系への悪
影響」が、とても気になって仕方がありません。
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