自我意識の不思議 1     2006年2月5日 寺岡克哉


 近ごろ私は、「自我意識」というものの不思議さを再び感じるようになり、それに
ついて色々と思いを巡らしています。
 今回は、この「自我意識の不思議さ」について、考えつくままにお話してみたいと
思いました。すこし取りとめのない話になるかも知れませんが、ご容赦ねがえれば
幸いです。

 ところで「自我意識」とは、まさに今ここで、「自分が生きて存在している!」と実感
している意識のことです。
 デカルトという偉い学者は、「我思うゆえに我在り」という有名な言葉をのこしました
が、そのように自分がいろいろと思ったり、考えたり、見たり、聞いたり、触ったり、
感じたりして、「我在り」と認識している意識のことが「自我意識」なのです。

 「自我意識」は、つねに自分と供に存在し、一時も自分から離れることがなく、
人生のほとんどを占有しています。
 考えてみれば、天に舞い上がるほどの「喜び」を感じたり、死にたくなるほどの
「苦悩」を感じたりするのも、「自我意識」というものが存在するからです。
 また、「死ぬのは恐ろしくて嫌だ!」と感じて、何とかして生き続けようとするのも、
「自我意識」が存在するからでしょう。

 この「自我意識」というのは、すごく当たり前のものに感じます。ふつうの日常で
は、「自我意識」について考えたり、疑問を持ったりすることがありません。
 しかし、この当たり前中の当たり前のものが、いざそれについて少し考えてみる
と、いろいろ不思議に思えてくるのです。

 (自我意識については、エッセイ42でも考察していますので、そちらもぜひ読んで
みてください。)

                * * * * *

 以前にもお話しましたが、何といっても「自我意識」でいちばん不思議なのは、
「なぜ、今ここで生きている自分に、私の自我意識が存在するのか?」ということ
です。

 たとえば世界には、60億以上もの人間がいるのです。しかしその中で、なぜか
私の自我意識が存在するのは、「この私」だったのです。そして私以外の人間に、
私の自我意識は絶対に存在しません。
 たとえそれが、同じ親から生まれた兄弟であっても、私の自我意識は存在しな
いのです。さらにそれどころか、まったく同じDNAをもつ一卵性双生児の兄弟が
私にいたとしても、その人に私の自我意識は存在しません。

 なぜ、この時代のこの日本に生まれた「人間」という、ある一つの生命個体に
「私の自我意識」が宿ったのか?
 たとえば人間以外のほかの動物に、私の自我意識が宿っていた可能性
だって十分に考えられたのです!

 私にとって、この謎は未だに分かりません。たぶんそれは、解決することのでき
ない「永遠の謎」のように思えます。

 もし、どうしてもこの謎をスッキリさせたければ、
 「私の自我意識は、大いなるもの(大自然の摂理)によって、今ここに人間
として存在している私に与えられたのだ!」

とでも、自分を納得させるしかないように思っています。

                 * * * * *

 ところで、「熟睡」をしているときは「自我意識」が存在しません。
 それは、「一瞬にして時間が経つこと」から分かります。たとえば、ハッと気がつい
て時計を見ると、その針が1時間ぐらい飛んでいることが良くあります。熟睡をして
いるときは、1時間を1秒にも感じられないのです。

 しかしながら、「夢を見ているとき」は自我意識が存在します。なぜなら、夢の
映像が見えることはもちろん、その色彩も分かり、音が聞こえ、触覚や、味や匂いを
感じることさえあるからです。だから、夢を見ているときに自我意識が存在している
のは確かです。

 しかし、なぜ同じ「眠っているとき」でも、自我意識の存在するときと、存在しない
ときがあるのでしょう?
 言葉を変えていえば、なぜ「レム睡眠」のときは自我意識が存在し、「ノンレム
睡眠」のときは自我意識が存在しないのでしょう?
 しかも「レム睡眠」とは、最も深い睡眠の状態だそうです。それなのに反って、脳波
は覚醒時に似ており、夢を見たりして「自我意識」が存在しているのです。(私は
今まで、夢を見ない「ノンレム睡眠」の方が深い眠りだと思っていました。)

 これも、私が「自我意識」について不思議に思っていることの一つです。

 ところで皆さんは、目を開けたまま眠ったことがあるでしょうか?
 私は、時々そのようなことがあります。そして面白いことに、眠っていても目が見え
るのです。体を動かすことはできませんが、「目が見えている!」という自覚はたしか
にあります。
 そんなときは半分夢を見ているのでしょうが、たとえば部屋の隅においてある衣服
や帽子などが目に入ると、それが人の姿や顔に見えたりします。

 このように、
 「体を動かせない!」
 「目が見えている!」
 「人の姿や顔が見える!」
 という自覚があるので、目を開けて眠っているときに「自我意識」が存在する
のは確か
なのです。

 しかしながら、目を開けて眠っていても「自我意識が存在しない状態」というのが
あるのかも知れません。しかし残念ながら、私にはそれを知る由もありません。
(つまり、自我意識が存在しないので自覚することは不可能です。)

                * * * * *

 まだ他にもいろいろと、自我意識について不思議に思っていることがあります。
しかしそれについては、申し訳ありませんが次回にお話したいと思います。



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