銀河鉄道999
2021年5月2日 寺岡克哉
今回で、999回目のエッセイとなりました。
じつは、本サイトで第1回目のエッセイを書いた19年前から、
もしもエッセイが999回目まで続いたら、そのときは銀河鉄道999
のことについて書きたいと、つねづね思い続けていました。
「銀河鉄道999」は、漫画家である松本零士さんの代表作で、
たしか「少年キング」という漫画雑誌に、連載されていたと思い
ます。
その当時、まだ私は中学生でしたが、
少年キングの中の、銀河鉄道999しか読みたくなかったので、
雑誌を買うことはせず、じっと単行本が出るのを待ってから、読ん
でいたのを記憶しています。
新しい単行本が出るのが、待ち遠しくて、待ち遠しくて、
毎日のように書店に通っていたことは、今でも「楽しい思い出」と
なっています。
* * * * *
ところで、
この「銀河鉄道999」という漫画作品のメインテーマは、
「機械の体をタダでくれる星に行って、永遠の命を得る」
と、いうものです。
そのために主人公の少年は、
銀河超特急999号で、いろいろな星を旅して、
さまざまな人と出会い、あるいは戦いを生きぬいて行きます。
が、しかし、
主人公の少年は、けっきょく終着駅で最後の最後に、
機械の体にはならず、限りある命しかない「生身(なまみ)の体」
であり続けることになったのです。
私は、銀河鉄道999を読むことによって、
「永遠に生き続けることが、幸福であるとは限らない!」という
人生観に、
生まれて初めて触れることになりました。
そして、ものすごく大きな衝撃を受け、
その後の私の生命観に、とても大きな影響を与えたのです。
その証拠に、たとえば、
私の拙書「生命の肯定」の210ページ(本サイトでは「エッセイ
743」に掲載)に、
「もしも個の生命が永遠に生き続けるならば、それはたぶん
死ぬこと以上の苦しみとなるであろう。」
「しかもそれは永遠に続く無限の苦しみになる。」
という件(くだり)があるのですが、この私の生命観は、まちがい
なく「銀河鉄道999」の影響を受けています。
* * * * *
このように、「銀河鉄道999」という漫画作品は、
私の人生にたいして、とてつもなく大きな影響を与えました。
なので、やっと999回目となった今回のエッセイで、
銀河鉄道999についての一文を、短いながらも書き残して置かず
には、いられなかった次第です。
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