イスラム国 10 2014年10月26日 寺岡克哉
前回の最後で触れましたが、
休学中だった北海道大学の男子学生(26歳)が、外国にたいして
私的に戦闘行為をする目的で準備や陰謀をすることを禁じた、刑法の
「私戦予備及び陰謀」の疑いで、10月6日に警視庁の取り調べを受け
ました。
この日本社会の中に、「イスラム国」の戦闘員になるためのルート
が存在していたなんて、ものすごい驚きです!
なので今回は、
この事件について、その後の調べで分かったことを、すこし詳しく見て
いきたいと思います。
* * * * *
まず、警視庁公安部によると、
この大学生は、10月7日にシリアへ向けて日本を出国する計画でした。
つまり、出国の前日ギリギリのところで、(任意の)取り調べとなったわけ
です。
じつは公安部は、シリア領内の「イスラム国」に出入りしている、少なく
ても10人前後の日本人を確認していました。その大半が、フリーの報道
関係者や、イスラム法の専門家たちなのですが、
公安部は「彼らを通じて現地に渡航する ”周辺者” が戦闘員になる
懸念もある」として注視していました。そんな中で浮上したのが、この26歳
の大学生だったわけです。
大学生は、2ヵ月ほど前の8月11日にも、シリアに向けて出国する計画
をしていました。
ところが、渡航に反対する知人にパスポートを盗まれたため、その時は
出国を断念したのでした。
大学生は警察に被害届を提出し、パスポートを持ち去った知人がシリア
行きの話を警察に伝えたといいます。
そのような情報を得た公安部が、2度目の渡航予定前日の10月6日に、
「私戦予備及び陰謀」の容疑で強制捜査に乗り出し、出国を阻止したの
です。
その後の調べで、大学生は東京・秋葉原の古書店にあったシリアでの
勤務を募集する貼り紙を見て応募したことが分かりました。この古書店は、
JR秋葉原駅から徒歩わずか1分の雑居ビルの1階にあります。
捜査関係者によると、大学生は今年の4月に、「求人」、「勤務地:シリア」、
「詳細:店番まで」と書かれた貼り紙を目にして、
古書店関係者の男性(31歳)と接触し、イスラム法学が専門の元同志社
大学教授の中田考氏(54歳)を紹介されました。
貼り紙を貼った古書店関係者の男性(31歳)は、「どのていど反響がある
のか純粋に興味があったほか、話題になれば店の宣伝にもなると思った。
危険を承知で現地に行きたいという人に、行けそうなルートを紹介しただけ
だ」と、話しています。
ちなみに大学生(26歳)は、今年の7月から、古書店関係者の男性(31
歳)が住む東京都杉並区の民家で、男性3人と共同生活を始めていました。
それと同時期に、イスラム教に入信して、アラビア語の勉強を始めるなど、
渡航の準備も開始しています。
古書店関係者の男性(31歳)は、同居人の中でリーダー的な存在となっ
ており、周囲から「大司教」と呼ばれ、渡航のための航空券代を大学生(26
歳)に貸していたといいます。
一方、警視庁公安部が渡航計画の中心的役割を担ったとみているのが、
中田元教授(54歳)です。
イスラム法学が専門の中田元教授は、東京大学文学部イスラム学科を
卒業し、エジプトのカイロ大学に留学しました。その後、同志社大学の神学
部教授を務め、3年前に退職しています。
中田元教授はイスラム世界に幅広い人脈があり、「イスラム国」側の要請
を受けるなどして支配地域を複数回訪れており、「イスラム国」の幹部とも
交流があります。
「イスラム国」に共鳴し、支配地域の様子をインターネットで紹介したり、
していました。
大学生(26歳)は取り調べにたいし、「中田元教授に ”イスラム国”
との連絡の取り方を相談した。中田元教授から、”イスラム国” は、あなた
が入ってくることを歓迎していると言われた」などと話しています。
警視庁公安部は、中田元教授の自宅を捜査しましたが、元教授は報道
機関にたいし、
「大学生はもともとツイッター上の知り合いだったが、”イスラム国” に
行きたがっているというのは古書店からの紹介だった。」
「”イスラム国” と連絡が取れるので ”イスラム国” に入るルートを教え
る約束をしていたが、学生が渡航しなかったので教えることはなかった」と
話しています。
また中田元教授は、インターネット上で自身の見解を公表しており、
「戦闘員である前に移民として日本人が1人行くということを ”イスラム国”
の幹部に伝えた。渡航を希望している学生のあっせんをすることは何ら
不自然なことではない」などと説明しています。
また、「(自分は)”イスラム国” のメンバーではなく、リクルートを行う立場
にもない」という主張もしています。
ところで中田元教授は、大学生(26歳)に、フリージャーナリストの常岡
浩介(こうすけ)さん(45歳)を紹介していました。
その常岡さんの取材にたいして、大学生(26歳)は、
「日本での社会的な地位などに価値を見いだせなくなってシリアに行きた
いと思い、大学も、家族も、携帯も、すべての生活を投げ捨ててきた」
「日本社会のフィクション(虚構)が嫌になった。日本では人を殺すことは
悪だが、”イスラム国” では正義になる。戦闘に参加して人を殺してみたい」
「イスラム教については、宗教を勉強している中で少し学んだ程度で、シリ
アなど中東情勢についてもあまり知らないが、戦場など特異なものに興味
があり、感じてみたいと思った」
「”イスラム国” が発信する教えに共鳴したわけではなく、そうした宗教の
考えのもとの国があったら、おもしろいなと思った」
「戦場で自分が死ぬことは大した問題ではないと思う。生活基盤ができた
ら、現地で生きていこうと思うが、日本に戻ってくることもあるかもしれない」
などと、語っています。
常岡さんは、「北大生(26歳の大学生)は、自分の内面の問題を解決する
ために日本を離れたいと思ったようだが、本気で ”イスラム国” の戦闘に
加わるつもりだったかどうかは疑問を感じた」と話しています。
また大学生(26歳)は、「就職活動に失敗した」という話をしており、周囲
には「シリアに行かなくても今年か来年には自殺している。シリアで殺され
ても同じことだ」と漏らしていました。
警視庁公安部は、就職活動の失敗などで疎外感を深めたことが、シリア
行きを決めた背景にあるとみています。
大学生(26歳)は、公安部の任意の聴取にたいし、「(シリアで)戦いに
なれば、人を殺すつもりだった」などと話したといいます。
* * * * *
ところで、上とは全く別の話ですが、
日本人の男性(26歳)が、戦闘行為に加わろうとしてシリアに渡り、イス
ラム過激派組織(「イスラム国」とは異なる組織)に戦闘員として参加して
いたことが分かりました。
2013年の4月にトルコの国境からシリアに入国したということで、シリア
のイスラム過激派組織に、日本人が戦闘員として参加していたことが明ら
かになったのは、これが初めてです。
昨年の4月。この男性(26歳)は1人で、リュックサックを背負った旅行者
の格好をして、トルコの国境からシリアに入国したと言います。
男性が、現地で会ったシリア人に「戦闘グループを紹介してほしい」と
依頼すると、
「イスラム教への改宗が必要だ」と言われ、モスクで言われた通りにアラ
ビア語を唱えると、イスラム過激派のメンバーに引き合わされたということ
です。
この男性は、最初はライフルなどの武器を持って活動拠点の建物の警備
を行ってましたが、
2013年の5月には、シリアの政府軍がいた刑務所を襲撃する戦闘に
参加しました。
このとき男性は、政府軍の攻撃を受けて足や腕などに大けがをしました
が、現地の病院で手当を受けたあと、日本に帰国したといいます。
なお、シリアでの戦闘において、「殺害行為」には関わっていないとして
います。
この男性は、戦闘員になった理由として、
「イスラム思想的な宗教観は全くない」
「イスラム法にのっとった国を作りたいとか、政府を転覆させたいとか、
そういう政治的な思想はなく、あくまで戦闘員として戦いたかった」
「戦場で自分の命や能力、知性、すべてをかけて全力で戦う。そういった
状況を体験したかった」と、話しています。
また、この男性の周囲には、世界各国からさまざまな若者たちが参加
していたということで、
「多様な国から、10~20ぐらいの国籍の人たちが来ていた」
「民主主義に幸せを見いだせないとか、経済至上原理主義がつくる国
に未来があるのかと、疑問を持って参加したと(彼らは)話していた」
と、いいます。
ちなみに、この男性は、再びシリアに行く予定はないとしています。
* * * * *
以上を見てきますと、
まず警視庁公安部は、シリア領内の「イスラム国」に出入りしている、
少なくても10人前後の日本人を確認していました。
その大半が、フリーの報道関係者や、イスラム法の専門家たちだと
言いますが、
しかしながら、これだけの数の日本人が、けっこう頻繁に「イスラム国」
に出入りしていたという事実には、とても驚きました。
また、日本の大学で教授をやっていたような人が、「イスラム国」の幹部
と交流があったという事実にも、非常に驚きます。
「イスラム国」と日本との間に、元大学教授が関与しているような、その
ような「太いパイプ」が存在していたのです。
さらには26歳の男性が、たった1人でトルコの国境からシリアに入国
するような、まったく別のルートも存在しました。
これらの事実により、
日本からシリアや「イスラム国」へ入るための、複数のルートが存在して
おり、日本人でも本気になって行こうと思えば、けっこう容易に行ける状況
だったことが分かります。
安倍政権は10月21日に、「イスラム国」に関して、「日本国籍を有する
者がこれまで外国人戦闘員として参加したとの事実は承知していない」
とする答弁書を閣議決定しましたが、
しかし、シリアで実際の戦闘に参加した26歳の男性がいたり、武器を
持った日本人が「イスラム国」に拉致されたりしており、
実際には本当にそうなのか、ものすごく疑問を感じます。
ところで、
日本を含めた欧米の若者たちが、シリアでの戦闘に興味を示すのは、
イスラム教の思想や、「イスラム国」の理念に、とくに共感したわけでは
なく、
むしろ、現代社会にたいして「何らかの不満がある」というのが、理由に
なっているみたいです。
勢力を拡大する「イスラム国」には、世界中から若者を中心とした外国人
の戦闘員が集まっており、
アメリカ政府は、すでに80ヶ国から1万5000人が加わっていると見てい
ます。
わが国の日本でも、非正規雇用やワーキングプア、ブラック企業、パワ
ハラ、使い捨てのリストラなど、あまりにも若者たちを蔑(ないがしろ)にして、
虐(しいた)げれば、
自分の将来に絶望して自暴自棄になり、「テロ行為」に走ろうとする若者
が出てしまうのも、ある意味で当然のような気もします。
しかしながら今までは、日本の若者たちが「テロ」を起こそうとしても、
世界中の大勢の人々と共有できる、いわゆる「大義名分」というのを
持っていなかったし、
具体的で効果的な「テロのやり方」というのも、おそらく知らなかった
でしょう。
それで、「誰でもよかった、人を殺してみたかった」などという、「訳の
分からない通り魔殺人」に走っていたのだと思います。
(近年しばしば起こっている、このような「訳の分からない通り魔殺人」
というのは、世の中を憎むことによる「無差別テロ」の一種ではないかと、
私には思えてなりません。)
誤解を恐れずに言えば、今までの日本は、まだこの程度で済んでおり、
あるていど平和が保たれていたわけです。
が、しかし今後は、
「イスラム過激思想」という、世界に拡大しつつある「大義名分」が与え
られ(植えつけられ)、
しかも戦場における「実戦」で、破壊活動や戦闘を実際に経験した、
そのような若者が、日本に戻ってテロを起こしたら、甚大な被害が出る
ような気がしてなりません。
さらには理系の知識がある者ならば、テロの対象として「原発」を狙う恐れ
もあり、その可能性は決して否定できないでしょう。
警視庁公安部の当局者も、「可能性は低いが日本の若者がイスラム戦士
になり、帰国後にテロなどの過激行動に走ることが最大の懸念だ」という
指摘をしています。
このように「可能性が低い」とはいえ、地震や津波や火山噴火などで原発
が破壊される可能性に比べれば、
「テロ攻撃」を受ける可能性の方が、ずっとずっと高いでしょう。
さらには「集団的自衛権」の行使が容認されて、イラクやシリアに自衛隊
が派遣されるようになれば、
日本が「テロ攻撃」を受ける可能性は、さらにもっと高まるでしょう。
以上のように、
「イスラム国」の脅威は、この日本においても、けっして「他人事」では
なくなっているのです。
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