イスラム国 8 2014年10月12日 寺岡克哉
イラク領内の「イスラム国」だけでなく、シリア領内の「イスラム国」にたい
しても、空爆が行われるようになりました。
しかしながら、依然として「イスラム国」の勢力は、衰えを見せていません。
さて、
前回に引きつづき今回も、「イスラム国」をめぐる世界の動向について
見ていきましょう。
* * * * *
9月26日。
イギリス議会(下院)は、イラク領内の「イスラム国」への空爆にイギリスも
参加することを、圧倒的な賛成多数(賛成524、反対43)で可決しました。
裁決の前に、イギリスのキャメロン首相は「このまま放置すれば、われわれ
は地中海を挟んでテロリストの国と向き合うことになる」と述べて、危機感を
示しました。
その上で、「”イスラム国” は、すでにイギリス人1人を殺害し、さらに2人
の命を奪うと脅している。国内でもすでにイスラム過激思想の脅威は存在し、
国を離れて現地で戦闘に参加する若者がいる」と指摘して、空爆への理解
を求めています。
議会の承認を受けてイギリスは、イラク政府から要請のある、イラク領内の
「イスラム国」に限って空爆を行う見通しです。
一方、シリア領内の「イスラム国」に空爆を行う場合は、改めて議会の承認
が必要だとしています。
同日。
ベルギー議会は、イラクでの空爆にF16戦闘機6機を派遣することを、賛成
多数で承認しました。
裁決の前に、ベルギーのレインデルス外相は、「イラクやシリアで ”イスラ
ム国” が行っている残虐行為は、ベルギーでも起きる可能性があり、われ
われは何もしないでいるわけにはいかない」と述べて、軍事作戦に参加する
必要性を訴えました。
同日。
デンマークのトーニングシュミット首相が記者会見し、
「アメリカ政府から軍事作戦に参加するよう要請を受け、F16戦闘機7機を
イラクに派遣することを決めた」と述べて、
来週にも、議会による承認を得て、空爆に参加することを明らかにしました。
同日。
アメリカのホワイトハウスのアーネスト報道官は、イギリス、ベルギー、デン
マークが、イラクでの空爆に参加することを歓迎しました。
イギリスについては、「イギリス議会の承認を歓迎する。オバマ大統領が示し
た ”イスラム国” の脅威への対処に対する強い支持だ」と述べました。
また、ベルギーとデンマークについては、「ヨーロッパの同盟国や友好国の
間に、確実に支持が広がっている。それはアメリカがすでに中東のイスラム
諸国との間に構築した、連携のうえに築かれている」と述べて、「イスラム国」
に対処する国際的な包囲網の構築に自信を示しました。
同日。
アメリカのヘーゲル国防長官は、アメリカ軍などがシリアで行った空爆が、
これまでに43回に上ったことを説明しました。
その上で、「これは終わりではなく、”イスラム国” の壊滅を目指した取り
組みの始まりだ」と述べて、軍事作戦が長期的なものになるという見通しを
示しました。
同日。
「イスラム国」と対立する、シリアの反政府勢力系の団体によると、
この日もアメリカ軍などは、シリア東部のデリゾール県やハサカ県などの、
「イスラム国」の拠点や、支配下にある石油関連施設への、空爆を行った
模様で、
これまでに「イスラム国」や「アルカイダ系組織」の戦闘員、およそ140人
が死亡したということです。
同日。
国連総会に出席している、ロシアのラブロフ外相は記者会見で、
「テロの脅威に対して軍事力を行使する場合は、国際法に従い、軍事
作戦を行う国の同意を得て行うべきだ」と述べて、シリアのアサド政権の
同意が必要だという考えを改めて示しました。
その上で、「シリアの政権との共同行動が行われるべきだ」として、
アサド政権と何らかの形で連携して、「イスラム国」への対応にあたる
よう呼びかけました。
また、ロシアの役割については、イラク、シリア、レバノンに武器や軍事
技術を提供し、対テロの専門家の養成で協力していると強調しています。
さらには、「特務機関のルートでも相互に有益な接触を集中的に行って
いる」として、
シリアなどの治安機関との間で、情報交換を頻繁に行っていることを
明らかにしました。
同日。
フランスのパリで、イスラム教徒が「宗教の名をかたったテロリストと、
われわれを区別すべきだ」などとして、「イスラム国」に対する抗議集会
を開きました。
これは、フランスにあるイスラム教徒10団体が呼びかけたもので、パリ
のモスク前で行われた集会には、金曜礼拝に訪れたイスラム教徒など
数百人が参加し、
イスラム国系の過激派組織「カリフの兵士」が、アルジェリアで行った
「フランス人男性の殺害」に抗議をしました。
フランス国内の、およそ450万人のイスラム教徒を代表する組織である、
仏イスラム評議会のダリル・ブバクール会長は、
「われわれフランスのイスラム教徒は、野蛮な行為、テロ行為をやめる
よう訴える」と述べて、
「イスラム教は平和の宗教だ。生命の尊重を命じている」と強調してい
ます。
抗議集会を呼びかけた宗教団体は、イスラム教徒に対する不当な差別
を避ける狙いがあるものとみられ、
集会に参加した人からも、「過激派組織とイスラム教が同一視されない
か心配です」という声が聞かれました。
同日。
スペイン内務省は、北アフリカのモロッコにある、スペインの飛び地メリリャ
などで、
モロッコとの合同捜査当局が、スペイン人の男とモロッコ人8人の合わせ
て9人を、テロに関わった疑いで逮捕したと発表しました。
スペインの警察によると、この9人はインターネットを通じてヨーロッパ各地
や北アフリカの若者たちを勧誘し、「イスラム国」の戦闘員としてシリアなど
に送り込んだ疑いがあるといいます。
容疑者9人のうち、リーダー格とされるモロッコ系スペイン人の男について、
警察は、アルカイダ系のイスラム過激派組織に加わっている兄弟の影響で
武器や爆発物を扱い、集めた若者たちを訓練していたとみて調べています。
* * * * *
9月27日。
アルカイダ系の、シリア反体制武装組織「ヌスラ戦線」の報道官は、ビデオ
による声明をインターネット上に公開し、
アメリカ主導のシリア空爆は「イスラムに対する戦争」であり、参加国に
報復すると警告しました。
アメリカは、この週、イラクで行っていた「イスラム国」への空爆を、シリア
へ拡大するとともに、アルカイダ系グループの「ホラサン」にも攻撃を加えて
いました。
ちなみに「シリア空爆」には、アメリカの他、サウジアラビア、アラブ首長国
連邦、ヨルダン、カタール、バーレーンの、中東5ヶ国も参加しています。
同日。
ロシアのラブロフ外相は、国連総会の一般討論演説で、
「シリア領内でのテロリストとの戦いは、シリア政府との協力の下で計画
されるべきだ」と述べて、アメリカなどがシリア政府と連携せずに行っている
「イスラム国」への空爆を批判しました。
また、ラブロフ外相は、「アメリカは自国の利益を守るためには、どこででも
一方的に武力を行使する権利があると宣言した」と指摘し、アメリカの政策
についても批判しています。
同日。
中国の王穀外相は、国連総会の一般討論演説で、
「国連安全保障理事会が主導的役割を十分に果たすべきだ」と述べて、
シリアでの軍事作戦には、安保理決議による「法的な裏付け」が必要で
あるという認識を示しました。
* * * * *
9月28日。
シリア領内の「イスラム国」が砲撃した流れ弾が、トルコ領内に着弾し、
2人の兵士を含む5人の負傷者が出ました。
トルコ側は、シリアとの国境沿いに戦車を配備していますが、国営のアナ
ドル通信によると、トルコ軍が反撃し、同国領内から爆発音や銃声が聞こ
えるということです。
この日、トルコのエルドアン大統領は、「ほかの誰にも他国の国境を守る
責任はない。自ら守る」と表明し、
シリア側に越境して部隊を派遣できるように、近く国会の承認を得る意向
を示しました。
同日。
シリア反体制派の関係者によると、
外国人が「イスラム国」に加わるために、トルコ南部からシリアに越境
する動きは、アメリカ軍などによる空爆が始まった後も、続いているという
ことです。
トルコ当局は、南部のキリスやアクチャカレにある、シリアとの国境の
検問所で、外国人の通過を厳しく制限していますが、
しかし、検問所がない場所を不法越境するケースが、空爆開始後も
続いているといいます。
シリア反体制派の関係者は、「国境にはトルコ部隊が展開しているが、
黙認している」と証言しました。
同日。
アメリカのオバマ大統領は、テレビ番組のインタビューで、
「アメリカの情報機関は、シリアでの過去数年間の政治的混乱が、”イス
ラム国” の勢力拡大をもたらすことを過小評価していた」と述べました。
オバマ大統領は、「”イスラム国” が、世界のジハーディスト(聖戦主義者)
にとってのグラウンド・ゼロ(中心地)になった」と語り、
また、「イスラム国」がイラクのフセイン政権時代の元軍人を引きつけて
おり、「”イスラム国” はテロ能力にとどまらない軍事能力を手に入れた」
として、軍事戦略の策定能力が高まっていることを指摘しました。
その一方でアメリカは、イラク政府が「イスラム国」に反撃する能力と意志
を過大評価していたのは「間違いのない事実だ」と語っています。
その上でオバマ大統領は、「われわれは ”イスラム国” を後退させ、支配
地域を縮小させ、指揮・統制システムを破壊し、外国人戦闘員の流入を阻止
することに努めなければならない」と述べました。
同日。
アメリカのベイナー下院議長(共和党)は、テレビ番組に出演し、
有志連合が「イスラム国」を壊滅させなければ、「ある時点で地上軍が必要
になるだろう」と述べました。
現在、アメリカと有志連合は、「イスラム国」への空爆を行うのとともに、
親欧米のシリア反体制派勢力に、軍事訓練を施(ほどこ)す準備を進めて
います。
これに対してベイナー議長は、「おそらくシリアの親欧米の反体制派を訓練
し、戦場に送り込むことはできるだろう」としながらも、
有志連合が一致結束しなければ、「選択肢はなくなる。”イスラム国” は、
われわれを殺害するつもりであり、われわれが先制して彼らを壊滅させなけ
れば、われわれが代償を支払うことになる」として、アメリカの地上軍派遣の
可能性について言及しました。
* * * * *
9月29日。
イギリスの非政府組織(NGO)「シリア人権監視団」によると、
「イスラム国」は、シリア北部の町アイン・アラブから、5キロ以内にまで
接近しており、
「イスラム国」が、およそ2週間前にアイン・アラブを目指して進軍を初め
てから、最も近くまで迫っているとしています。
これを受けて、主にクルド人からなる数万人規模の住民が、国境を越え
てトルコ領内に避難しています。
同日。
アメリカ軍は、前日と合わせて2日間に、アラブ首長国連邦とヨルダンの
軍との共同で、
シリア領内の「イスラム国」にたいして、8回の空爆を行ったと発表しま
した。
イギリスにある「シリア人権監視団」は、このうちシリア北部マンビジ近郊
での空爆について、民間人の少なくとも2人が巻き添えで死亡したと指摘
しています。
これについて国防総省のウォレン報道部長は、記者団にたいし、
「裏付ける証拠は今のところ見られない。引きつづき注視していく」と述べ
て、現時点では市民の犠牲は確認できないと強調しました。
同日。
シリアのムアレム外相は、ニューヨークで開かれている国連総会で演説
し、「国際的なテロ組織との戦いには軍事的な手段が必要だ」と述べて、
アメリカ軍の空爆を事実上容認しました。
しかし、その一方で、「テロ組織への攻撃は、シリアの主権と国際法を
尊重したうえで行われなければならない」と述べ、
空爆などの軍事行動は、シリア政府の承認の下で行われるべきだと強調
して、アメリカ側をけん制しました。
同日。
イスラエルのネタニヤフ首相は、国連総会で演説し、「国際社会が ”イス
ラム国” と戦うことは、もはや世界共通の課題だ」と強調しました。
また、パレスチナのガザ地区に拠点を置く「ハマス」について、「”イスラム
国” と同じ悪に根ざし、過激な思想を掲げて地域を支配している」と述べ、
イスラエル軍が今年の7月からガザ地区にたいして行った攻撃を、各国
が進めるテロとの戦いの一環だと主張しました。
その上で、ハマスがガザ地区の住宅地にロケット弾の発射台を据(す)え
ていたとする写真を掲げ、
「イスラエル市民を無差別に攻撃しただけでなく、パレスチナの市民も人間
の盾にし、二重の戦争犯罪を犯した」と述べて、ガザ地区で多くの犠牲者が
出たのはハマスの責任だと非難しています。
さらにネタニヤフ首相は、あらゆるイスラム過激派組織を後押ししている
のはイランだとして、「”イスラム国” と戦いながらイランを放置するのは、
局地的な戦闘には勝利しても戦争には負けるようなものだ」と述べて、過激
派対策でイランの協力を求める欧米各国をけん制しました。
その上で、「イランは(6ヶ国協議で欧米などを)欺きながら、自らが核武装
大国となることを確実にし得る合意に持ち込もうとしている」として、
「そうした野望の実現を許せば、われわれ全てにとって最大の脅威となる」
と警告しています。
同日。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の本部(フランスのパリ)で開かれた
専門家会合の報告によると、
「イスラム国」は、イラクのモスルやティクリートなどの支配地域で、神殿
や教会、貴重な写本などを破壊し、遺跡を盗掘しては出土品を国外に売り
さばいていると言うことです。
このような「イスラム国」による破壊行為を、ユネスコのボコバ事務局長は、
「カルチュラル・クレンジング(文化浄化)」だとしています。
たとえば「イスラム国」は、今年の7月にモスルで、イスラム教徒とキリス
ト教徒の双方が崇拝する、預言者ヨナの墓がある聖廟(びょう)を破壊しま
したが、
これは、イスラム教の教義を極端に解釈した「イスラム国」が、墓所への
参拝を「偶像崇拝」だと見なしているからです。
また、イラク国立博物館のラシド館長によると、「イスラム国」は宗教施設
や聖地から1500点を超える写本を寄せ集め、モスル市の中心にある広場
で燃やしているといいます。
さらにラシド館長は、「(古代)アッシリア時代の銘板が盗まれ、ヨーロッパ
の都市で突然に見つかったりしている。国際的な犯罪組織がいて、何が
売れるのかを ”イスラム国” に教えている」と述べて、
そのような遺物の密売が、「テロリズムの資金源になっている」と警鐘を
鳴らしました。
* * * * *
以上、9月26日~29日の動向について見てきましたが、
「イスラム国」への空爆にたいして、イギリス、ベルギー、デンマークが、
新たに加わることとなりました。
しかしながら、イラク政府から要請のある、イラク領内の「イスラム国」に
限って空爆を行うということでした。
やはり、ロシアのラブロフ外相や、シリアのムアレム外相が主張している
ように、
現時点では、シリア政府の承認が得られていないため、シリア領内の
「イスラム国」に対する空爆は、「国際法」に抵触する恐れがあるのでしょう。
ちなみに、シリア情勢をめぐっては、
ロシアやイランが、アサド政権を支援しているのに対し、
アメリカ側は、アサド政権と敵対しています。
このような「不協和音」が、「イスラム国」に付け入る隙を与えているよう
に思えてなりません。
というか、そもそも、
このような「不協和音」を利用することによって、
「イスラム国」は、シリア内戦の中で台頭することが出来たのでしょう。
なので、この「不協和音」が解消されないかぎり、
「イスラム国」を弱体化させて、壊滅させることは、なかなか難しいのでは
ないかと思います。
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