科学的事実の無視
2014年5月25日 寺岡克哉
4月16日に起こった、あの痛ましい「韓国船の沈没事故」から、1ヶ月
以上が経ちました。
死者・行方不明者304人のうち、5月16日までに284人の遺体が収容
されましたが、まだ20人の捜索が続いています。
沈没した旅客船の「セウォル号」には、修学旅行中の高校生が325人も
乗船していたため、
私よりも、3分の1ぐらいしか人生を歩んでいなかった若い人々が、たくさ
ん亡くなってしまいました。
ほんとうに痛ましい事故です!
このように、たくさんの人が亡くなったのは、
艦長ら船の乗組員たちが、乗客の救助を尽くさずに、我先にと船から脱出
したからでした。
船が転覆しつつある正(まさ)にそのとき、「救命胴衣を着て、船室で
待機せよ」という船内放送が行なわれ、
その指示に従った多くの乗客は、海に飛び込む準備ができていたにも
かかわらず、船内から出られなくなって死亡したのです。
韓国の検察は5月15日。
乗客に「待機の指示」を出したまま、先に船から逃げたイ・ジュンソク船長
(68歳)を含む乗組員4人を、
「犠牲者全員に対する殺人罪」で起訴しています。
* * * * *
「セウォル号」の沈没事故で、たくさんの死者を出した「直接の原因」は、
以上のようなことです。
が、しかし・・・
以前に「科学の研究」に携(たずさ)わったことのある私は、
この事故の背景となった、「科学的事実の無視」ということについて、
ものすごく注目してしまいました。
つまり、
船体を改造して、船のバランスを悪くしたり、
荷物をたくさん積みすぎたり(過積載)、
船のバランスを保つための水(バラスト水)を抜いて少なくしたりと、
いかにも「力学的に不安定な状態」にして、船を転覆しやすくしていた
ことです。
以下、そのことについて、もうすこし詳しくお話しましょう。
* * * * *
1.船体の改造
「セウォル号」は、もともと日本で「フェリーなみのうえ」として運航されていた
船を、韓国に売却したものですが、
その際に、客室2階分を船の上部に増設しており、船体の「重心」が51セン
チ高くなりました。
このため、
船が傾いたとき元に戻ろうとする力、つまり「復原力」が、大幅に低下した
とされています。
また、
セウォル号は、船首の右側にあった、重さ50トンの「ランプウエイ(注1)」
等を取り外したため、
船の「左右のバランスが不均衡」になっていました。
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注1: ランプウエイ
フェリーのような船には、「ランプウエイ」と呼ばれる一種の「橋」が取り
付けられています。
その「ランプウエイ」を船から岸にのばし、直接トラックやフォークリフト
が船内に入ることで、
クレーンを使わなくても、貨物の積み下ろしができるようになっています。
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2.過積載
船体の改造によって復元力が低下した「セウォル号」における、貨物量
の上限は987トンとされていました。
それなのに、
沈没事故の当時には、その3.7倍にもなる3608トンの貨物(注2)
が積まれていたのです。
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注2:
大型トレーラー3台を含む車両が180台で2451トン。大型鉄製タンク
3基を含む貨物が1157トン。それらの合計で3608トン。
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しかも、
貨物用のコンテナは、専用の固定装置を使わず、ロープで縛っただけ
だとされています。
そのため、「急旋回(注3)」によって船が傾くと、「荷崩れ」が起こりやすい
状況になっていました。
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注3: 急旋回
船舶自動識別装置(AIS)の記録により、「セウォル号」は4月16日の
午前8時49分37秒から大きく右旋回を始め、39秒間で67度も回った
ことが判明しています。
この「急旋回」によって船体が傾き、「荷崩れ」を起こしたことが、沈没
の原因になったと考えられています。
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3.バラスト水
船舶等級格付け会社は、2013年の1月に「セウォル号」の検査を行い、
船の「復原力」を保つためには、およそ2000トンの「バラスト水」が必要
だと指摘していました。
ところが!
事故当時には、その「バラスト水」が、およそ580トンしかなかったことが
判明したのです。
セウォル号の1等航海士は、捜査本部の調べにたいして、「積荷を多く
載せるため、バラスト水を抜いた」と供述しています。
このように、
「バラスト水」を最初から抜いていたので、船が傾いたときの「復原力」」は、
さらに低下していたでしょう。
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船の改造による、復原力の低下・・・
過積載のうえに、貨物の固定が不十分・・・
バラスト水を抜いたために、さらに復原力が低下・・・
このように、
船を「力学的に不安定な状態」にすれば、転覆しやすくなるというのは、
「科学的な事実」です。
その「科学的な事実」を無視すれば、かならず何時かは、「重大な事故」
が起こってしまうでしょう。
これは、自然法則に従った、まったく必然的な結末なのです。
それでは、なぜ、「科学的な事実」を無視したのでしょう?
その理由は、安全を犠牲にして「目先の金儲け」を優先させたからです。
まず第一に、
復原力が低下するにもかかわらず、船を改造して客室を増やしたのは、
もちろん客をたくさん乗せて、より多くの金を儲けるためでしょう。
そして過積載をしたのは、「貨物輸送収入」を増やすためです。
ちなみに、セウォル号がこれまでに行なった158回の運航のなかで、積載
量の基準を守ったのは最初の1回のみで、残りの157回はすべて「過積載」
だった疑いがあります。
そのうち107回は、基準の2倍以上にあたる2000トン以上の貨物を積載
しており、さらには3000トン以上の積載も12回あったとされています。
(これらの「過積載」によって得られた不当な利益は、29億5000万ウォン、
日本円でおよそ2億9000万円に上ると言われています。)
そしてさらには、
上のような「過積載」を隠すために、バラスト水を抜いて、船の総重量を減ら
したわけです。
* * * * *
「科学的事実」を無視して、安全よりも、目先の金儲けを優先させる・・・
この「病的な社会構造」は、韓国の沈没事故だけでなく、
「原発」における事故やトラブル、さらには「地球温暖化問題」についても、
まったく同様だといえます。
人類は、この「病的な社会構造」から抜け出せなければ、そのうち自ら
破滅を招いてしまうでしょう。
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