汚染水のベータ線量を過小評価
2014年4月27日 寺岡克哉
実は、福島第1原発における「放射能汚染水」の測定で、
ストロンチウム90などベータ線をだす放射性物質の濃度を、今まで
「過小評価」していたという問題があったのですが、
これについて東京電力は、4月11日に「修正した値」を発表しました。
その発表によると、
昨年の8月に、「フランジ型」のタンクから300トンの「高レベル汚染水」
が漏れて、
INES(原子力事故の国際評価尺度)の「レベル3(重大な異常事象)」に
認定された事故について、
これまで、ストロンチウム90などベータ線をだす放射性物質の濃度は、
1リットルあたり8000万ベクレルだとしていましたが、
しかし「修正した値」では、
1リットルあたり2億8000万ベクレルと、3.5倍も大きな値になった
のです!
一体なぜ、このような「過小評価」が生じてしまったのでしょう?
以下、それについて説明したいと思います。
* * * * *
まず「ベータ線」というのは、
ストロンチウム90などの放射性物質から飛び出す「電子」のことですが、
ベータ線をだす放射性物質の、「放射能を測定する」というのは、
試料(サンプル)から、1秒間あたり何個のベータ線(つまり電子)が出た
のかを、数える(カウントする)ことです。
東京電力では、
汚染水のベータ線をカウントするのに、「低バックグラウンド・ガスフロー
計数装置」というのを使っています。
しかしながら、この計数装置は、その性質上、
1個のベータ線をカウントしたら、その後250マイクロ秒(0.00025秒)
の間は、他のベータ線をカウントすることができません。
つまり0.00025秒以内に、他のベータ線が計数装置に入ったとしても、
計数装置はそれを認識することができない(感じることができない)のです。
この認識不能になっている時間を、「不感時間」といいます。
そのような「不感時間」があるために、
試料(サンプル)から、あまりにもたくさんのベータ線が出ると、全部を数え
きれなくなって、「数え落とし」が生じるようになります。
この「数え落とし」が生じていたために、汚染水の放射性物質の濃度を、
実際よりも「過小評価」してしまったわけです。
これまで東京電力は、
福島第1原発内のさまざまな場所の汚染水、つまり、さまざまな試料(サン
プル)のベータ線をカウントしてきました。
それらの中で、カウント数が多すぎるために、数え落としの影響が大きい
試料のうち、
試料が保管されているものについては、試料を薄める(希釈する)など
して「再測定」を行ないました。
しかしながら、試料が保管されていないものについては、「理論式(注1)」
による補正を行っています。
昨年の8月に、
「フランジ型」のタンクから300トン漏れた「高レベル汚染水」の場合は、
試料(サンプル)が保管されていなかったため、「理論式による補正」が
行なわれました。
その結果、放射性物質の濃度が、3.5倍に修正されたわけです(注2)。
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注1: 理論式の求め方 (もう少し詳しく知りたい方へ)
計数装置の不感時間を、τ(秒)
計数装置でカウントした値(数え落としのある値)を、M(カウント/秒)
数え落としを「補正した」値を、N(カウント/秒)
とします。そうすると、
本来、ベータ線は1秒間にN個出ているのに、数え落としたためにM個
に減ったわけですから、「数え落とした個数」は(N−M)になります。
一方、
計数装置は、1個のベータ線をカウントするたびに、τ秒の不感時間が
発生します。
なので、1秒間にM個カウントしたときの不感時間の総量は、M×τ(秒)
になります。
つまり計数装置は、1秒間にM×τ(秒)の不感時間が発生しているわけ
です。
ここで、
本来、ベータ線は1秒間にN個出ているので、平均すると(1/N)秒に
1個の割合で、ベータ線が出ていることになります。
だから、
M×τ(秒)の不感時間内にベータ線が出ていた個数、つまり「数え
落とした個数」は、(M×τ)÷(1/N)=M×τ×Nになります。
これが、最初に求めた「数え落とした個数」の(N−M)に等しいはず
なので、
M×τ×N = N−M が成り立ちます。 この式を整理すると、
(M×τ×N)−N = −M
N−(M×τ×N) = M
N{1−(M×τ)} = M
N = M/{1−(M×τ)}
となり、これが「数え落とし」を補正するための「理論式」です。
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注2: 昨年の8月に発生した「漏えい水」の場合
特定原子力施設監視・評価検討会 汚染水対策検討ワーキンググルー
プ (第13回) 資料4
福島第一原子力発電所におけるベータ線測定の数え落とし補正等に
ついて 平成26年4月11日 東京電力株式会社
という資料の10ページ目によると、
昨年の8月に「フランジ型」のタンクから漏れ出した汚染水(H4タンク
エリアH4タンク漏洩水 2013年8月19日採取)のベータ線を、計数装置
でカウントした値は、172000(カウント/分)となっています。
これから、
1秒間のカウント数Mを求めると、2867(カウント/秒)になります。
また、前で述べたように、東京電力が使っている計数装置の不感時間
τは、0.00025秒です。
これらの値を、上の(注1)で求めた理論式に入れると、補正した値Nは、
N = 2867/{1−(2867×0.00025)}
= 2867/(1−0.717)
= 2867/0.283
= 10131 (カウント/秒)となります。
補正前のカウント値である、2867(カウント/秒)と比べると、
10131/2867 = 3.53 ≒ 3.5倍となり、
汚染水の濃度が、8000万ベクレル/リットルから、2億8000万ベク
レル/リットルへと、3.5倍の訂正になったのと一致します。
なお、
ベータ線のカウント値(カウント/秒)から、放射性物質の濃度(ベクレ
ル/リットル)への換算については、
実験ノートを見たわけではないので、本当のところは私には分かりませ
んが、
おそらく、計数装置の「総合的な検出効率」と、計数装置に入れた試料
(サンプル)の量から、求めるのだと思います。
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以上、ここまで見てきて、私は思ったのですが・・・
計数装置の不感時間や、数え落としの補正などは、放射能測定の分野
では、基礎中の基礎の話です。
毎日のように放射能を測定している専門家が、こんな基礎的なミスをして
いたなんて、とても信じられません。
しかし、それが「現実」であり、東京電力の「実態」なのでしょう。
300トンにも達した「漏えい水」の、放射性物質の濃度が、
1リットルあたり2億8000万ベクレルもあったのに、8000万ベクレルに
過小評価していたとは・・・
これは本当に大変なミスで、東京電力のやることには、少しも油断がなり
ません。
なので、
これからも東京電力には、「国民の監視の目」を、つねに向けていく
必要があります!
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