女性科学者による快挙 2
                            2014年2月16日 寺岡克哉


 前回に引きつづき、

 小保方(おぼかた)さんを中心とする研究グループが発見した、

 「STAP細胞」についてレポートしたいと思います。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 前回で説明した生物学の用語、たとえば分化、多能性、体細胞、
初期化などについて、ここでは再度の説明を省略します。

 なので、まだ読んでいない方は、前回の「エッセイ625」から、ご覧
になってください。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


              * * * * *


 さて、前回の最後で書きましたように、

 なぜ小保方さんの研究チームは、「動物の体細胞における自発的な
初期化」という、

 細胞生物学の常識では「とうてい起こりえない」とされていたことに、
挑戦したのでしょう?



 それは、

 (動物ではなく)植物の細胞では、「自発的な初期化」が起こるから
です。

 たとえば、

 茎や根などに分化したニンジンの細胞を、いったんバラバラにしてから、
植物ホルモンなどの成長因子を加えて培養すると、

 「カルス」と呼ばれる、初期化された細胞の塊を自然につくり、やがて茎
や葉、根など、ニンジンをつくる全ての種類の細胞に分化していきます。



 小保方さんの研究チームは、

 「特別な環境下では、動物の細胞でも”自発的な初期化”が起こりえる」

 という仮設を立てて、その検証に挑んだのでした。


               * * * * *


 それでは次に、

 小保方さんは、一体どのようにして「研究の手がかり」を見つけ出し、

 周囲の批判や、実験の失敗がつづいても、

 自分の研究方針に、自信や確信をもち続けることができたのでしょう?



 まず背景として、哺乳類の成体組織、つまり「分化が完了した組織」の
中に存在している、
 多能性細胞(万能細胞)を見つけ出そうと、これまで様々なグループが
研究に取り組んできました。

 小保方さんが大学院時代に留学していた、米国ハーバード大学のバカ
ンティ教授らの研究グループも、その1つです。

 彼らは、成体にも極めて少数ながら「小さな細胞」が存在しており、これ
が成体組織で「眠っている」多能性細胞ではないかという仮説を、提唱
していました。

 小保方さんは、その可能性を検討するため、バラバラにした細胞を細い
菅に通し、小さな細胞を選び取るという作業を行ないました。

 この作業の過程で小保方さんは、そのような操作をくり返すことで
「小さな細胞」が出現することに気がついた
のです。



 しかし、どうしてそうなるのかは、ずっと不明のままでした。

 小保方さんは考えつづけ、

 細い菅に無理やり通す「操作」を加えつづけると、「小さな細胞」は増加
する・・・ 

 この操作は細胞を選別しているのではなく、実は、その操作による物理
的なストレスそのものが、多能性細胞を生みだす要因になっているの
ではないか
・・・ 

 という仮説に、ついに辿(たど)り着いたのです。



 以上のように、

 操作をくり返すことで「小さな細胞」が出現するという、事実の発見

 「ストレスそのものが、多能精細胞を生みだす要因になっているのでは
ないか」という、仮説の発見



 これら2つの発見により、

 「研究の手がかり」を見つけ出したというか、「研究の大方針」が決定し、

 いくら周囲の批判や、実験の失敗がつづいても、

 自分の研究方針に自信と確信をもち、けっして研究意欲を失うことが
なかったのです。


               * * * * *


 それでは小保方さんは、

 どのような「実験方法」によって、研究成果を得ることができたのでしょう?



 小保方さんは、自分の仮説を検証するため、

 マウスの「リンパ球」という血液細胞、つまり分化が完了した体細胞に、

 物理的または化学的な、さまざまな刺激を加える実験を行ないました。



 刺激を加えたリンパ球が、「多能性を持ったかどうかを判断するための
指標」として、

 「Oct4」という遺伝子のスイッチが「オン」になったかどうか、つまり「Oct4
陽性細胞」
になったかどうかを調べました。

 「Oct4」は多能性細胞に特異的な遺伝子で、iPS細胞を作るときにも
必須な「山中因子」の1つなのです。



 ちなみに、もしもリンパ球が「Oct4陽性細胞」に変化した場合は、

 「緑色の蛍光を発するタンパク質」が細胞内に作られ、緑色に光るよう
になります。


 そのように遺伝子操作したマウスのリンパ球を、この実験では使用して
いるのです。



 このような実験方法によって、物理的または化学的な刺激をいろいろと
試した結果、

 ついに、

 リンパ球を、30分ほど酸性(pH5.7)の溶液に浸すことにより、

 効率よく「Oct4陽性細胞」が生みだされることが分かったのです!




 たしかに、

 酸性溶液の処理によって、たくさんの細胞が死んでしまうため、

 7日目に生き残っていた細胞は、最初のおよそ5分の1までに減って
しまいす。

 が、しかし、

 残った細胞のうち、その3分の1から2分の1が、「Oct4陽性細胞」に
生まれ変わっていたのです。


               * * * * *


 ところが・・・ 

 このように画期的な(ある意味で非常識な)研究結果が、あっさりと
世間に認められるはずがなく、

 さまざまな疑問を投げかけられるのが世の常です。



 まず第1の疑問として、

 「Oct4陽性細胞」が、分化したリンパ球が初期化されて生じたのでは
なく、

 サンプルにもともと含まれていた極めて未分化な細胞が、酸性溶液の
処理によって選択されただけではないのか?

 つまり酸性溶液による処理は、分化したリンパ球を選択的に死滅させ、
もともと存在していた未分化な細胞を選択的に生き残らせるのではない
か?

 と、いうのがあります。



 そこで、この疑問を解決するため、

 「ライブイメージング法」、つまり細胞を生きたまま、長時間培養しながら
顕微鏡で観察する方法によって、解析がなされました。

 この「ライブイメージング法」で解析したところ、酸性溶液の処理を受けた
リンパ球は、たしかに2日後から「Oct4陽性細胞」になり始めていたのです。

 つまり、最初は緑色蛍光を発していなかったリンパ球が、2日後から緑色
に光るようになったわけです。

 このときリンパ球は縮んで、直径が5ミクロン前後(1000分の5ミリ前後)
になり、れいの特徴的な「小さな細胞」に変化していました。



 また、上の疑問に対する、もう1つの解決方法として、

 リンパ球の特性を生かし、遺伝子解析によりOct4陽性細胞を生み出した
「元の細胞」を検証するというのがあります。

 つまり、リンパ球のうちで「T細胞」と呼ばれるものは、いったん分化すると、
遺伝子に特徴的な書き替えが起こります。

 これを調べることで、その細胞が「T細胞」に分化したことがあるかどうか
という、「履歴」が分かるのです。

 このような解析から「Oct4陽性細胞」は、酸性溶液の処理によって、たし
かに「T細胞」から生み出されたことが判明しました。



 これら、

 「ライブイメージング法」による解析と、「遺伝子解析」による分化履歴
の検証により、


 酸性溶液の処理によって出現した「Oct4陽性細胞」は、

 いったん「T細胞」に分化した細胞が、たしかに「初期化」されて生じた
ものであることが分かったのです!



               * * * * *


 しかしながら・・・ つぎに第2の疑問として、

 酸性溶液の処理によって生み出された「Oct4陽性細胞」が、ほんとう
に多能性を持っているのか?

 つまり「Oct4陽性」というのは、多能性の「指標」にすぎず、ほんとうに
全ての種類の細胞に分化できる能力を持っているのか?

 と、いうのがあります。



 そこでまず、この疑問を解決するため、

 「Oct4陽性細胞」を培養実験したり、「Oct4陽性細胞」を生きたマウス
の皮下に移植することによって、

 神経細胞や筋肉細胞、腸管上皮など、さまざまな組織に分化すること
が確認されました。

 「Oct4陽性細胞」は緑色に光りますが、Oct4陽性細胞から分化した、
さまざまな種類の細胞も緑色に光る
ので、そのようなことが確認できる
のです。



 さらには、

 マウス胚盤胞(受精して直ぐの、子宮に着床する前の受精卵)に、

 「Oct4陽性細胞」を注入して、マウスの仮親の子宮にもどすと、

 全身に注入細胞が寄与した「キメラマウス」、つまり全身が緑色に光る
マウスの胎児ができたのです。

 このことは、

 酸性溶液の処理によって、リンパ球から作られた「Oct4陽性細胞」
が、


 マウスの体を作るすべての種類の細胞に、分化する能力を持って
いることを、明確に示しています!



              * * * * *


 以上、

 ここまで見てきて、私は思いましたが、

 まったくもって、「お見事」というしかありません!



 これほどの証拠が示されたなら、

 当初は小保方さんの投稿論文を、「何百年の細胞生物学の歴史
を愚弄(ぐろう)している」
という、ものすごく厳しいコメントを付けて
送り返した、

 イギリスの科学誌「ネイチャー」でさえ、ついには論文掲載を認める
に至ったのも当然でしょう。



 今後の小保方さんの、さらなる活躍を期待してやみません!



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今回のレポートを書くにあたって、以下の資料を参考にしました。

 2014年1月29日付、理化学研究所 報道発表資料 「体細胞の分化
状態の記憶を消去し初期化する原理を発見 −細胞外刺激による細胞
ストレスが高効率に万能細胞を誘導− 」

 2014年1月30日付、理研CDB科学ニュース 「細胞外からの強い
ストレスが多能性幹細胞を生み出す」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



      目次へ        トップページへ