テロによる企業への逆襲
                              2014年2月2日 寺岡克哉


 警察は1月25日。

 食品大手マルハニチロホールディングスの子会社「アクリフーズ」の、

 群馬県の工場で製造された冷凍食品に、農薬「マラチオン」が混入
された事件
で、

 おなじ工場に勤める49歳の男性従業員を、「偽計業務妨害」の容疑
で逮捕しました。



 この男性従業員が、ほんとうに農薬を混入したなのかどうかや、

 農薬を混入させた方法、そして詳しい動機などは、これからの取調べ
で明らかにされて行くのでしょうが、

 今回は、

 この事件に対して、いま現在の私が思っていることを、お話してみたい
と思います。


             * * * * *


 まず、

 この事件に関して、私がいちばん注目したのは、

 容疑者の男性が、「会社の待遇に、大きな不満を持っていた」
ことです。



 たとえば、

 容疑者の男性についてよく知っている、おなじ工場の従業員に
よると、

 ふだんから容疑者の男性は、「給料が安くてやってられない」と、

 しばしば周囲の従業員に不満を話していたそうです。



 また、

 以前に同じ工場で働いていた(現在は退職している)女性は、

 「(容疑者の男性は)ずいぶん前から口癖のように”給料が安い”と
言っていた。いつも不満だったみたいだ」

 と、証言しています。


             * * * * *


 ところで、

 以前のアクリフーズ社における、給料やボーナスの水準は、時給を
ベースにした「年功序列型」になっていました。

 ところが2012年の4月から、契約社員など準社員の給与体系を、
業績評価に応じて時給単価やボーナス額が上下する「成果型」
変えたのです。

 これに対してアクリフーズ社は、「給与は周辺地域の同種産業と
比較して、平均的な水準」だとしています。

 しかし従業員からは、「家族手当などもカットされた。会社に不満を
持っている人もいる」などの証言もあり、

 「契約社員の間に不満が出ていた」という指摘があるのです。



 ちなみに容疑者の男性は、

 2005年から契約社員として入社し、半年ごとに継続雇用の更新が
繰り返されてきた、勤続暦が8年に及ぶ「ベテラン」です。

 アクリフーズ社側も、「仕事ができ、新入社員の面倒もみている」と
判断して、更新時期の3月以降も雇いつづける予定でした。



 しかしながら・・・ 

 2012年に変更された給与体系は、3段階に分かれているのですが、
容疑者の男性は、その真ん中(上から2番目)の段階になっていました。

 そのため2013年度は、ボーナスが減額されて前年度よりも年収が
減り、(推定で)およそ200万円ほどだといいます。



 容疑者の男性は、

 正社員登用の可能性があり、役職手当もつく、「職場リーダー」や「班長」
になっていませんでした。

 そしてまた、

 自分のボーナスが、勤続年数の浅い同僚の半分以下だったことを
知ったときに、
 「やってられない!」と、周囲に不満を爆発させていたという証言もあり
ます。


             * * * * *


 以上、ここまで見てきて私は思うのですが・・・ 



 この事件は、

 虐(しいた)げられた一労働者の、「テロによる企業への逆襲」と、

 捉(とら)えることが出来るのではないでしょうか。



 容疑者の年齢が49歳になっていることを考えれば、年収200万円と
いうのは、「ワーキングプア」にも等しいと言えるでしょう。

 そのうえ、半年ごとの雇用契約が更新されなければ、いつ解雇される
か分からない不安定な状況に、8年間もさらされ続けてきたのです。

 さらには、アクリフーズの契約社員は、同社の労働組合に入れない
といいます。



 容疑者の男性は、待遇改善を公(おおやけ)に訴える場所がなく、

 食品の製造過程で異物などを混入させる「フード(食品)テロ」という
非常手段に訴えるしかないほどに、

 「追い詰められていた」のではないでしょうか。


               * * * * *


 もちろん、

 テロは卑劣な犯罪であり、絶対にやってはならないことです!



 しかしながら、

 派遣社員・・・ 

 非正規雇用・・・ 

 ワーキングプア・・・ 

 サービス残業・・・ 

 休日出勤・・・ 

 ブラック企業・・・ 

 いまの企業社会には、「労働者の人々が虐げられている」という事実
が、明らかに存在しています。



 その一方で、

 労働組合の活動が、ものすごく低迷していたり、

 そもそも労働組合にも入れないような、非正規雇用の人々が増えて
おり、

 「労働運動」というものが、いちじるしく阻害されています。



 待遇改善を公に訴える場所がなく、孤立した労働者たちは、

 自暴自棄になって、やみくもに「テロ」という非常手段に訴えて
しまう・・・

 そのような事件が、これから増えていくような気がしてなりません。



 これまで、虐げられてきた労働者の人々は、

 うつ病になったり、過労死や過労自殺をしたりして、

 ただ黙々と、この世から去って行ったケースが、大半だったように
思えます。



 しかし、これからの人々は、

 ただ黙って消え去るのではなく、

 その前に、「一暴れ」するようになって来たのではないでしょうか。



             * * * * *


 ちなみに容疑者の男性は、

 「こんなに大ごとになるとは思わなかった。大変申し訳ない」

 と、後悔している様子だといいます。



 この証言を見るかぎり、容疑者の男性は、

 「ちょっとした悪戯(いたずら)」のような、軽い気持ちでやったので
あり、

 「フードテロを実行して、会社へ復讐したのだ!」という明確な意思
は、持っていなかったのかも知れません。



 しかしながら、

 容疑者の男性が、「会社の待遇に、大きな不満を持っていた」
ことは、たしかな事実であり、

 このたびの農薬混入事件において、「テロによる企業への逆襲」
いうような意味合いが、

 容疑者本人も意識していないような心の奥底に、暗に潜(ひそ)んで
いたような気がして、

 どうしてもならないのです。



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