働いたら犯罪?
2014年1月19日 寺岡克哉
もう、かなり以前になりますが、
「働いたら負け」という言葉が、一時期、話題になったことがありま
した。
この言葉の、ほんとうに意味するところを、私はよく知らないので
すが、
おそらく、
会社に縛られずに「自由な一生を送ること」こそが、「人生における
勝利」であり、
会社に縛られて「不自由な一生を強いられること」は、「人生における
敗北」なのだと、言っているように思えます。
さらには、
サービス残業、休日出勤、パワーハラスメント・・・
これら、いわゆる「ブラック企業」と呼ばれるような過酷な労働環境
の下であっても、
不平や不満をいっさい言わず、まじめに働き続けたがために、
うつ病になったり、過労死や、過労自殺をしたりすれば・・・
そのような場合は、
もはや「働いたら負け」というレベルでは済まず、
「働いたら死ぬ」という状況にさえ、なっていると言えます。
以上のような、
「働いたら負け」という認識や、「働いたら死ぬ」という状況は、
「働くことは、良いことであり、尊いことだ」という、これまでの労働に
対する価値観を、真っ向から否定するものです。
そしてこれは、近年における企業社会の在り方にたいして、重大な
問題点を突いていると言えます。
* * * * *
ところで私は、
「働いたら負け」や「働いたら死ぬ」というのと同じように、これまでの
労働価値観を否定するものとして、
「働いたら犯罪」というか、「働いたら犯罪者になってしまう」という
のも、
あるのではないかと思っています。
たとえば、
食品偽装・・・
耐震偽装や違法建築・・・
原発、薬品、列車のレールなどの、データの捏造や改ざん・・・
事故やトラブル隠し・・・
つまり、
これら「会社ぐるみの犯罪」に加担してしまったら、
ただの平社員であっても、「犯罪者集団の一員」になってしまう
のです!
近年における企業社会の「堕落ぶり」を見ると、
そのような「犯罪者集団の一員」になってしまった人々が、
何千人か、もしかしたら何万人という数で、存在しているかも知れま
せん。
たしかに、
会社をクビになれば、これまでの生活ができなくなり、家族を養うことも
できなくなります。
だから、自分ではとうてい納得できない命令でも、上の人間に逆らわず
に従って、まじめに業務を遂行したのでしょう。
しかし、「犯罪の実行部隊の一員である」という事実は、どうしても否定
できないのです。
そのような「悪徳企業」とは知らずに、就職してしまった人々は、
これまでの生活を諦(あきら)めて、会社を辞めるか、
良心の呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれながら、犯罪に手を染めつづけ
るか
という、きびしい選択を迫られることになります。
* * * * *
昔は・・・
まじめに働くことが、「まっとうな人間である証(あかし)」とされて
きました。
大多数の人間にとって、まじめに働くことが、「自信と誇り」になっ
ていました。
しかし今は・・・
上の言うことに逆らわず、まじめに一生懸命に働いたがために、
「犯罪者」になってしまう可能性があるのです。
いまの企業社会が抱える課題として、
まず第一に、正規雇用の拡大や、賃上げ、労働環境の改善などを
やらなければならないのは言うまでもありません。
しかしそれだけでは、まだまだ不十分で、
今回ここで考察したような、「働いたら犯罪」という問題が是正され
なければ、
むかしと同じような「企業社会にたいする人々の信頼」を、けっして
取り戻すことはできないでしょう。
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