IPCC第5次報告書 その2
2013年10月20日 寺岡克哉
今回は、
「気候変動に関する政府間パネル(IPCC) 第5次評価報告書 第1作業
部会報告書(自然科学的根拠) 政策決定者向け要約(SPM)」における、
地球温暖化の「将来予測」について、見ていきたいと思います。
* * * * *
しかし、その前に、
第5次報告書では、将来予測のシミュレーションを行なう「大前提」で
ある、
「温室効果ガスの排出シナリオ」が変更されました!
つまり、
以前の第4次報告書では、「A1B」とか「B1」というような、「SRESシナ
リオ」(注1)というのが使われていたのですが、
このたびの第5次報告書では、「RCP8.5」とか「RCP4.5」というような、
「RCPシナリオ」(注2)というのが使われているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
注1 SRESシナリオ:
SRESシナリオのうち、ここで取りあげる「A1FI」、「A1B」、「B1」、「B2」という
のは、以下のような未来シナリオです。
A1FIシナリオ、A1Bシナリオ
A1 の筋書きとシナリオファミリーは、高度経済成長が続き、世界人口が21
世紀半ばにピークに達した後に減少し、新技術や高効率化技術が急速に
導入される未来社会を描いています。
主要な基本テーマは、地域間格差の縮小、能力強化(キャパシティービル
ディング)及び文化・社会交流の進展で、1 人当たり所得の地域間格差は
大幅に減少するというものです。
A1シナリオファミリーは、エネルギーシステムにおける技術革新の選択肢
の異なる三つのグループに分かれます。
つまり、化石エネルギー源重視(A1FI)、非化石エネルギー源重視(A1T)、
すべてのエネルギー源のバランス重視(A1B)です。
(ここで「バランス重視」というのは、いずれのエネルギー源にも過度に依存
しないことと定義され、すべてのエネルギー供給・利用技術の改善度が同じ
だと仮定しています)
B1シナリオ
B1の筋書きとシナリオファミリーは、地域間格差が縮小した世界を描いて
います。
A1筋書きと同様に21 世紀半ばに世界人口がピークに達した後に減少しま
すが、経済構造はサービス及び情報経済に向かって急速に変化し、物質へ
の志向は減少し、クリーンで省資源の技術が導入されるというものです。
B1シナリオは、経済、社会および環境の持続可能性のための世界的な
対策に重点が置かれており、その対策には公平性の促進が含まれますが、
新たな気候変動対策は実施されないとしています。
B2シナリオ
B2の筋書きとシナリオファミリーは、経済、社会及び環境の持続可能性を
確保するための地域的対策に重点が置かれる世界を描いています。
世界の人口は緩やかな速度で増加を続け、経済発展は中間的なレベルに
止まり、B1とA1の筋書きよりも緩慢ですが、より広範囲な技術変化が起こる
というものです。
このシナリオも環境保護や社会的公正に向かうものですが、地域的対策が
中心となります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
注2 RCP(代表的濃度経路)シナリオ:
気候変動の予測を行なうためには、放射強制力(地球温暖化を引き起こす
効果)をもたらす、大気中の温室効果ガス濃度やエーロゾルの量がどのよう
に変化するのか仮定(シナリオ)を用意する必要があります。
しかし、IPCCがこれまで用いてきたSRESシナリオには、政策主導的な排出
削減が考慮されていないなどの課題がありました。
このため、「政策的に温室効果ガスの削減が行なわれること」を前提として、
将来の温室効果ガス安定化レベルと、そこに至る経路のうち、代表的なもの
を選んだシナリオが作られました。
それが「RCPシナリオ」です。IPCCは、このたびの第5次報告書から、この
RCPシナリオに基づいて、気候の予測や影響評価などを行なうことにしました。
SRESシナリオを用いた前回の第4次報告書では、複数用意した社会的・
経済的な将来像による排出シナリオに基づいて、将来の気候を予測していた
のに対し、
RCPシナリオを用いた今回の第5次報告書では、放射強制力の経路を複数
用意し、それぞれの将来の気候を予測するとともに、その放射強制力を実現
する多様な社会経済シナリオを策定できるので、
温室効果ガスの削減策や、その結果現れる気候変化による影響を反映させ
ることができます。
これによって、たとえば「気温上昇を○℃に抑えるためには」と言った目標
主導型の社会経済シナリオを複数作成し、検討することが可能になりました。
RCPシナリオでは、シナリオ相互の放射強制力が明確に離れていること
などを考慮して、
2100年以降も放射強制力の上昇がつづくという、「高位参照シナリオ」
(RCP8.5)、
2100までに放射強制力のピークを迎えて、その後に減少するという
「低位安定化シナリオ」(RCP2.6)、
そして、これらの中間に位置し、2100年以降に放射強制力が安定化する
という、「高位安定化シナリオ」(RCP6.0)と、「中位安定化シナリオ」(RCP
4.5)の、4つのシナリオが採用されています。
(”RCP”に続く数値が大きいほど、2100年の時点における放射強制力が
大きくなります。)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さて、ここで、
RCPシナリオとSRESシナリオについて具体的に把握(はあく)するために、
それぞれのシナリオについて、2100年の時点における放射強制力(注3)
と、2100年の時点における大気中CO2濃度を比較すると、以下のように
なっています。
ちなみに第5次報告書によると、現在(2011年の時点)における放射
強制力は2.29(1.13〜3.33)W/m2、現在(2011年の時点)におけ
る大気中CO2濃度は391ppmとなっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2100年時点での 2100年時点での
放射強制力(W/m2) 大気中CO2濃度(ppm)
RCPシナリオ
RCP8.5 8.0 936
RCP6.0 5.1 670
RCP4.5 3.9 538
RCP2.6 2.3 421
SRESシナリオ
A1FI 9.1 960
A1B 6.0 710
B2 5.7 620
B1 4.1 550
(※出典は以下のとおり)
RCPシナリオ、SRESシナリオの放射強制力:
平成25年9月27日付、文部科学省、経済産業省、気象庁、環境省の
合同報道発表資料、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次
評価報告書 第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について」
の(別紙4)、RCP(代表的濃度経路)シナリオについて
RCPシナリオの大気中CO2濃度:
IPCC第5次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2013:自然
科学的根拠 政策決定者向け要約 気象庁暫定訳(2013年10月17日
版) p44
SRESシナリオの大気中CO2濃度:
「地球温暖化のしくみ」、国立環境研究所 江守正多 監修、ナツメ社
(2008年) p70
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
注3 放射強制力:
「放射強制力」とは、二酸化炭素など温室効果ガスの排出や、太陽放射
強度の変化、産業活動や火山活動によって放出されるエーロゾル、等々
による、
「対流圏界面における放射強度の変化」のことです。
放射強制力は、気候システムに出入りするエネルギーのバランスを変化
させる影響力の尺度となっており、
放射強制力が「正」の場合には地表を加熱し、放射強制力が「負」の場合
には地表を冷却します。
放射強制力の値は、産業革命以前(1750年)の状態と比べた変化と
して表し、単位はワット毎平方メートル(W/m2)で、地球全体の年平均値
とします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
* * * * *
前置きが、とても長くなってしまいましたが、
しかしながら、ここまでの予備的な知識があって初めて、
第5次報告書における、「将来予測の評価」が理解できるのです。
さて、いよいよ、
第5次報告書による、「気温上昇」の将来予測について紹介しましょう。
そうすると、さっそくですが以下のようになっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1986〜2005年を基準とした気温上昇(℃)
2046〜2065年 2081〜2100年
可能性が 可能性が
シナリオ 平均 高い予測幅 平均 高い予測幅
RCP8.5 2.0 1.4〜2.6 3.7 2.6〜4.8
RCP6.0 1.3 0.8〜1.8 2.2 1.4〜3.1
RCP4.5 1.4 0.9〜2.0 1.8 1.1〜2.6
RCP2.6 1.0 0.4〜1.6 1.0 0.3〜1.7
※「可能性が高い予測幅」は、モデル予測の5〜95%信頼幅。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ここで比較のために、
前回の第4次報告書における、気温上昇の将来予測についても紹介
しましょう。
そうすると、以下のようになっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1980〜1999年を基準とした気温上昇(℃)
2090〜2099年
最良の 可能性が
シナリオ 見積もり 高い予測幅
A1FI 4.0 2.4〜6.4
A1B 2.8 1.7〜4.4
B2 2.4 1.4〜3.8
B1 1.8 1.1〜2.9
※「可能性が高い予測幅」は、モデル予測の5〜95%信頼幅。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
上の2つの表を比べると、まず第5次報告書では2046〜2065年と
いう、今世紀中頃の将来予測も行なっていることが分かります。
一方、第4次報告書との比較について、第5次報告書では、次のように
言及されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
RCPシナリオに基づく気候変動予測は、シナリオの違いを考慮すれば
第4次評価報告書に示されたものと変化のパターンや大きさの両方に
おいて類似している。
高い放射強制力のRCPシナリオによる予測の全般的な幅は、第4次
評価報告書で用いた類似のシナリオ結果と比べて狭くなっている。これ
は、RCPシナリオは濃度経路として定義されているため、大気中の二酸
化炭素濃度に影響を与える炭素循環の不確実性は、濃度に従って計算
されたシミュレーションでは考慮されないためである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
上の記述で、
「高い放射強制力のRCPシナリオによる予測の全般的な幅は、第4次
評価報告書で用いた類似のシナリオ結果と比べて狭くなっている」と、
ありますが、
たとえば今世紀末の気温上昇予測について、「RCP8.5」と「A1FI」を
比べてみると、
RCP8.5は2.6℃〜4.8℃の気温上昇なのに対して、A1FIは2.4℃
〜6.4℃と、RCP8.5の方が予測の幅が狭くなっています。
その理由が、
「RCPシナリオは濃度経路として定義されているため、大気中の二酸化
炭素濃度に影響を与える炭素循環の不確実性は、濃度に従って計算さ
れたシミュレーションでは考慮されない(考慮する必要がない)ため」なの
でしょう。
また、
RCP8.5における今世紀末の気温上昇の平均値「3.7℃」は、A1FI
における最良の見積もり「4.0℃」よりも小さくなっていますが、これには
まず、「気温上昇の基準値」が違うことが考えられます。
つまり、
第4次報告書の基準値は、1980〜1999年の平均気温なのに対して、
第5次報告書の基準値は、1986〜2005年の平均気温になっている
のです。
第5次報告書によると、両者の基準値の間には、0.11(0.09〜
0.13)℃の気温上昇が起こっているとしています。
その「ゲタ」の分を考慮して、RCP8.5における今世紀末の気温上昇を
第4次報告書の基準に会わせると、その平均値は3.81℃に上がります。
しかし、それでもまだ、RCP8.5の気温上昇は、A1FIの気温上昇よりも
小さくなっていますが、
その理由は、RCP8.5の方が、「放射強制力」が小さいからだと思われ
ます。
ここで、「RCP8.5」と「A1FI」の放射強制力を比較してみると以下の
ようになっており、たしかに2100年時点での放射強制力は、RCP8.5
の方が小さくなっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2100年時点での 2100年時点での
放射強制力(W/m2) 大気中CO2濃度(ppm)
RCP8.5 8.0 936
A1FI 9.1 960
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
* * * * *
ごく単純に、第4次報告書と、第5次報告書を比べれば、
今世紀末における気温上昇予測の「最大値」は、
第4次報告書の6.4℃から、第5次報告書の4.8℃へと、値が小さく
なっています。
しかし、これは、
気温上昇の基準値が、1980〜1999年の平均気温から、1986〜
2005年の平均気温に変更されたこと。
2100年時点での「放射強制力」が、9.1W/m2から、8.0W/m2
へと、小さな値に変更してシミュレーションを行なったこと。
そして第5次報告書では、シミュレーションに「RCPシナリオ」を使った
ため、炭素循環の不確実性を考慮する必要がなくなり、「予測の幅が
狭くなったこと」によるものです。
なので、決して、
地球温暖化の進行が弱まったり、地球温暖化の脅威が小さくなった
訳ではなく、
温室効果ガス排出の大幅な削減にたいして、もはや一刻の猶予もない
状態であることに、まったく変わりがありません。
* * * * *
「海面上昇」の将来予測については、次回でレポートしたいと思います。
目次へ トップページへ