ブナ林の危機 2
                            2013年6月16日 寺岡克哉


 今回は、

 以前に予告していました、「ブナ林の危機」についてレポートしたいと
思います。



 ブナ林は、地球温暖化の影響がとても深刻であり、

 気温が約4℃上昇すると、およそ90%のブナ林が消失するという予測
がありました。

 これについては本サイトでも、2007年8月26日付けの「エッセイ288
ブナ林の危機」で触れていますが、

 その後、ブナ林に対する、さらに詳しい研究が行なわれていましたので、
ここで紹介したいと思います。



 ところで「ブナ」は、

 温帯に生える木で、冬になると葉っぱを落とす「落葉広葉樹」です。

 大きいものは30mの高さにも達し、樹皮は灰白色できめが細かく、よく
コケなどの地衣類が着いています。

 葉っぱの形は楕円形で、薄くてやや固めであり、縁が波打っています。



 そして「ブナ林」は、

 日本を代表する天然林で、北海道の南部から、東北、本州の日本海側
に広く分布しており、

 その面積は、およそ23000平方キロで、天然林の総面積の17%に
あたります。

 「ブナ林」は、保水力が高く、クマなどの大型動物の住みかにもなっていて、
とても豊かな生態系をつくっており、

 青森県と秋田県にまたがる、世界遺産の「白神山地」も、このブナ林で
有名なところです。


 ちなみに「ブナ林」は、本州の太平洋側や、四国、九州にも存在しますが、
山地の上部などに分布が限られています。


              * * * * *


 さて、ブナ林についての詳しい研究が載っていた、

 「温暖化にともなうブナ林の適域の変化予測と影響評価」(松井哲哉 他 
地球環境 Vol.14 No.2 p165 2009年)

 という論文を手に入れましたので、その要点について、なるべく簡単に
紹介したいと思います。



 まず最初に、この論文のいちばん重要な結論を言ってしまうと、

 2081〜2100年に、現在(1952〜1983年)よりも、気温が4.4℃
上昇した場合、

 ブナの生存に適した地域、つまり適域(注1)に分布するブナ林が、
3.7%に減ってしまうということです。

 あるいは、現在の気候で適域に分布しているブナ林の96.3%が、
適域でなくなってしまうということです。


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注1
 「適域」とは、種の生存に適しており、分布頻度または優占度が高くなり
うる環境条件を備えた地域のことです。
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 もう少し具体的に言うと、

 現在、日本のブナ林は23432平方キロありますが、その内の14579
平方キロが適域になっています。

 (なので、すでに現在の気候において、適域でないところに分布している
ブナ林が8853平方キロあることになります。)

 その、14579平方キロの適域が、気温が4.4℃上昇すると、544平方
キロに減ってしまうわけです(544/14579=0.037なので3.7%)。


              * * * * *


 それでは次に、この論文の内容について、もう少し詳しく見て行きま
しょう。



 地球温暖化による「ブナ林」への影響は、シミュレーションによって予測
するわけですが、

 そのシミュレーションは、

 ブナ林の分布を、高い精度(1平方キロの解像度)で予測できる「ENVI
モデル」というものに、

 気温上昇などの「将来の気候条件」を入力することによって、行なわれ
ています。



 そして「将来の気候条件」は、

 「RCM20」および「MIROC」という、2つの気候モデルによる予測結果
が使われています。

 これらの気候モデルの詳細や、使用された「温室効果ガスの排出
シナリオ」については、論文に書かれていなかったので分かりません
でしたが、

 現在(1952〜1983年)にくらべて、2081〜2100年における気温
上昇は、以下のようになると書かれていました。


  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    気候モデル    1952〜1983年と比べた、
               2081〜2100年の気温上昇

     RCM20           2.8℃

     MIROC            4.4℃
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 これらの気候条件のもとで、「ENVIモデル」によるシミュレーションを行い、

 「適域に分布しているブナ林」の面積がどうなるのかを、地域別に予測
した結果は、以下のようになっています。

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                        適域に分布するブナ林の面積

        現在のブナ林面積   現在の気候   2.8℃   4.4℃

 北海道       3089        1695     413    193

本州日本海側   17885       12424    2601    346

本州太平洋側    1995         456     103      5

  四国         223           0       0      0

  九州         240           4       0      0

  合計       23432       14579    3117    544


 面積の単位は、平方キロメートル。現在の気候は1952〜1983年。
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 上の表の、いちばん下の段の「合計」を見ると、

 現在の日本において、ブナ林が分布する面積は23432平方キロです
が、その内の14579平方キロが、現在の気候で「適域」となっています。

 その、ブナ林が分布する適域が、

 2.8℃の気温上昇で、3117平方キロに減少(21.4%に減少)し、

 4.4℃の気温上昇では、544平方キロに減少(3.7%に減少)して
しまいます。



 また、

 四国と九州の数値を見ると、すでに現在の気候において、ほとんどの
ブナ林が適域に分布していません。

 このため、地球温暖化でさらに気温が上昇すれば、アカガシやウラジロ
ガシなどの常緑広葉樹の侵入が起こって、ブナの密度が減少する可能性
があります。


               * * * * *


 ところで、

 このたび紹介している論文ではまた、「各地域ごとの影響」にも詳しく触れ
ています。

 その中でも、「北海道」への影響と、世界遺産である「白神山地」への影響
について記述されている部分が興味深かったので、簡単に紹介します。



○北海道への影響

 じつは北海道の場合は、地球温暖化が進むと、現在のブナの分布北限
を超えて、「適域」が拡大します。
 しかしながら、ブナの分布拡大速度が遅い上に、分断化された天然林の
配置ではブナの移動が困難なので、温暖化のペースに追いつけないだろう
と考えられます。

 たとえば、冬の最低気温が−12.25℃以下にならないような場所では、
ブナの成育が可能ですが、
 2100年までに気温が2.8℃上昇する場合、北海道でそのような場所
は、およそ10キロメートル/100年の速度で北進し、
 2100年までに気温が4.4℃上昇する場合は、およそ50キロメートル
/100年
の速度で北進します。

 一方、花粉分析の研究から推定される最終氷期以降のブナ林の推定
北進速度は、北海道で1.1〜2.0キロメートル/100年となっている
ので、これでは温暖化のペースにとても追いついて行けません。
 また、もしも将来の北海道におけるブナの移動速度が、本州の推定値で
ある23.3キロメートル/100年に加速するかも知れないと仮定しても、
温暖化のペースに追いつけない可能性が高いと考えられます。

 さらには、ブナがスムーズに移動するためには天然林が連続している
必要がありますが、
 現在の土地利用は、人工林、農耕地、都市などが天然林を分断して
いるため、将来のブナの移動は阻害されると予想されます。

 さらにまた、北海道の将来において、適域の面積は増加するけれども、
シミュレーションによれば「適域の断片化」も起こるため、ブナの分布移動
は一層困難になるだろうと考えられます。



○白神山地への影響

 青森県と秋田県にまたがる世界遺産の白神山地は、現在の気候に
おいて、世界遺産地域の95%が「適域」となっています。

 しかし、2100年までに気温が2.8℃上昇した場合は、適域が0.6%
に減少し、白神岳(標高1232メートル)周辺の狭い範囲が、適域として
残るだけとなります。
 そして、2100年までに気温が4.4℃上昇した場合は、「適域が消滅」
してしまいます。

 ちなみに、ブナの寿命は200〜400年ですが、世界遺産地域に生える
ブナのおよそ8割が樹齢150〜200年なので、2100年頃には多くのブナ
が壮齢期から老齢期を迎えます。
 このため、将来は適域でなくなることを考慮すると、ブナが風で倒れる
などして空いた場所に、ほかの種類の樹木が侵入してきて、ブナが排除
されていくと考えられます。
 その場合、この地域で競合する種としては、ミズナラ、コナラ、クリ、アカ
シデ、トチノキ、ケヤキ、ハリギリ、シナノキなどの落葉広葉樹が考えられ
ます。


              * * * * *


 最後に、

 このたび紹介した論文の、「締めくくり」で書かれていたことも興味深かっ
たので、以下に抜粋します。


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 温暖化により適域から外れてブナが衰退する地域では、温暖な気候に
適するコナラやモミ・カシ類などがブナに置き換われば、森林としての一定
の生態系サービスを享受することができるだろう。

 衰退が進行するブナ林では、変化をそのまま受け入れるのか、ブナ林
を維持するための対策を行なうかどうかの判断が各地で求められるよう
になるだろう。

 どうしてもブナ林として維持しなければならない理由がなければ、植栽等
の人為を加えず、森林の変化を見守るためモニタリングしていくほうが賢い
選択だろう。

 モニタリングの場所としては、大きな変化が予測される感受性の高い
地域や衰退が予測される脆弱な地域を中心に選択することが望ましい。

 長期間にわたるモニタリングにより実際の植生の変化を把握しながら、
具体的な適応策を検討していくことが重要である。いずれにしても地域の
実情に合わせた保全管理計画が必要である。
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 この文章を見て、私は思ったのですが、

 森林研究の専門家は、ブナ林を「人為的な力技」によって保護するより
は、環境の変化に任せて「見守るべき」だとしています。

 そのような見解は、今までの私には無かったので、「目から鱗(うろこ)」
でした。



 しかしながら、

 そもそも地球環境を変化させている、さらに根本的な原因は、

 二酸化炭素などの温室効果ガスを、人為的に排出しまくっていること
なのですが・・・ 



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