温暖化による食料への影響 2
2013年5月19日 寺岡克哉
今回は、
文部科学省、気象庁、環境省が合同で公表した、「日本の気候変動と
その影響(2012年度版)」という統合レポートの、
「食料に対する影響」のうち、「水産業」について記述されている部分
を、紹介したいと思います。
* * * * *
まず現状の話として、
地球温暖化にともない、「瀬戸内海」においても冬の水温が上昇して、
1990年代の後半に入ると、熱帯性の有毒プランクトンが、新たに
出現しました。
それは、
「Alexandrium tamiyavanichii」という熱帯性のプランクトンで、
麻痺性貝毒(注1)の原因となっている、渦鞭毛藻(注2)ですが、
日本では1988年に初めて、神奈川県の相模湾油壺において、この
プランクトンが確認されています。
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(注1)麻痺性貝毒:
毒成分はサキシトキシン、テトロドトキシン、ゴニオトキシンなどで、中毒
症状はフグ中毒に似ており、最悪の場合は呼吸麻痺を起こして死に至る
こともあります。
ちなみに、その毒性は加熱処理(つまり、煮たり焼いたり)しても失われ
ません。
(注2)渦鞭毛藻:
海域・淡水域共に広く分布する植物プランクトンで、渦鞭毛藻の約半分
は光合成を行う独立栄養生物で、残りの半分はバクテリアや他の藻類を
捕食する従属栄養生物です。
有毒の渦鞭毛藻を、魚類や貝類が捕食すると、毒素が分解されずに
捕食者に蓄積されることがあります。そのような魚介類を人間が食べると、
貝毒やシガテラといった食中毒の原因になります。
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その後、
1997年と1998年には、沖縄県の塩屋湾でAlexandrium tamiyavanichii
が増殖し、それを摂食したミドリイシガイが毒化しました。
瀬戸内海でも、
1997年に、Alexandrium tamiyavanichiiが初記録されています。
その後1999年には、カキ、ムラサキガイ、およびアカガイの可食部から、
このプランクトンによる麻痺性貝毒が検出されました。
さらに2001年には、Alexandrium tamiyavanichiiが瀬戸内海のほぼ全域
で出現し、それ以降、瀬戸内海では毎年のように確認されています。
このプランクトンは、海水温が15℃以下になると死滅することから、
冬季は海底の泥のなかで「シスト(休眠細胞)」として生存し、越冬して
いると考えられています。
なので、温暖化によって冬季の海水温が上昇して行けば、
シスト(休眠細胞)の生存率が高まって、Alexandrium tamiyavanichiiの
出現頻度が増加し、貝毒が発生しやすくなることが懸念されています。
* * * * *
ところで、
1900〜2012年という、100年を超える長い期間で見ると、日本周辺
の海面水温は上昇しており、
とくに日本海の中部では、100年あたり1.72℃の割合で、大きく上昇
しました。
このような「日本海の水温上昇」は、漁業資源にも大きな影響を与えて
います。
たとえば「サワラ」は、体長が1メートルにも達する、暖かい海に棲む
サバ科の魚ですが、
以前は、おもに東シナ海や、瀬戸内海で漁獲されてきました。
ところが、
1990年代の後半以降になると、夏〜秋の水温が上昇した日本海
での漁獲量が急増し、
2006年以降では、若狭湾沿岸域の京都府または福井県において、
漁獲量が最も多くなりました。
下の表を見てください。
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山口県〜福井県におけるサワラの漁獲量(注3)
年 トン
1990 700
1991 400
1992 200
1993 300
1994 200
1995 200
1996 100
1997 200
1998 300
1999 1700
2000 3200
2001 2900
2002 2600
2003 2600
2004 3400
2005 2900
2006 5200
2007 6500
2008 5900
2009 5200
2010 5000
(注3)
「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」の
50ページ、図3.2.32のグラフから読み取った値。
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この表を見ると、
1999年以降から、たしかにサワラの漁獲量が劇的に増加してい
ます。
ところで一方、
「スルメイカ」(秋季発生系群)は、資源量が高い水準を維持して
いるものの、
日本海の水温上昇によって、群の分布が北方に移動するとともに、
水温の高い夏〜秋にかけて、本州沿岸域では漁場が形成されにくく
なってしまいました。
その結果、
1990年以降、夏〜秋の本州日本海沿岸では、漁獲量が95%
以上も減少した地域があります。
* * * * *
つぎに、これから将来の話として、
地球温暖化による海水温の上昇は、魚介類の生長や、分布、
あるいは回遊などに、影響を及ぼすことが予測されています。
たとえば日本の「沖合域」では、
重要水産資源の漁場位置が、現在よりも北方や、あるいは現在よりも
さらに沖合に移動することが予測されており、
また、漁獲物が「小型化」することなども予測されています。
日本の「沿岸域」でも、
海水温の上昇によって、藻場(注4)に生える海草や、その場所に棲む
魚介類の種類が変化して、
アワビなどの磯資源に、大きな影響を与えることが懸念されています。
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(注4)藻場:
岸に近い沿岸において、ホンダワラやアマモなどの海草が生い茂っ
ている場所のことです。
そのような「藻場」では、魚などが多く集まって、豊かな生態系が形成
されています。
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一方、
スケトウダラやズワイガニなどの、「海底」に棲む魚介類については、
水深が100メートルよりも深い場所だと、水温の上昇が僅(わず)か
なので、
影響は現れないと予想されています。
また、
日本近海の「サンマ」は、地球温暖化によって小型化が進むと予測
されています。
コンピューターを使ったシミュレーションによると、
地球温暖化によって水温が上昇するため、サンマのエサを獲る能力
は上昇します。
しかしながら、プランクトン密度の低下にともなって、獲るエサの量が
減少し、成長率が低下してしまいます。
一方、サンマの回遊パターンも温暖化にともなって変化し、エサを獲る
条件が良好な海域で産卵することから、サンマのサイズは小さくなりま
す(注5)。
しかし、産卵量が増えるため、個体数としては増える可能性が示唆
されています。
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(注5)
地球温暖化による環境の変化にともなって、エサとなるプランクトン
や、それを食べる魚類が、どのように変化するのかを予測したシミュ
レーションによると、
2001年にくらべて2050年では、
サンマの成魚の体重が、130グラムから120グラムへと、10グラム
減少し、
サンマの成魚の体長は、31センチから30センチへと、1センチ減少
するという結果が得られています。
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以上、
地球温暖化による、「水産業への影響」について見てきました。
その中でも、温暖化によって海水温が上昇すれば、
「熱帯性の有毒プランクトン」が蔓延(はびこ)るというのが、
とても深刻な問題だと私は思いました。
ちなみに、地球温暖化に関連した「海への影響」として、
大量の二酸化炭素が海水に溶け込むことによる、「海洋の酸性化」
という問題もありますが、
統合レポートで、(水産業に関しては)そのことに触れていなかったの
が残念です。
ところで・・・
いま現在でも、福島第1原発の事故のために、関東〜東北における
太平洋側の漁業資源が、大きなダメージを受けています。
そのことも考えると、
これから将来にむけて、地球温暖化による影響も含め、漁業資源の
保全を行なっていくことが、
ものすごく大切になっているように思えます。
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