洪水のリスクが5〜10倍!
                            2013年4月28日 寺岡克哉


 文部科学省、気象庁、環境省は4月12日に、

 「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」という、統合レポート
を公表しました。


 これは、

 日本を対象にした、気候変動の「観測」や「予測」、そして「影響評価」に
関する知見を取りまとめたもので、全部で85ページもあります。


 その内容は、

 大雨や洪水などの水災害、海面上昇、生態系への影響、

 農業や水産業への影響、熱中症や感染症などの健康被害、

 国民生活への影響など、とても興味深い内容が盛りだくさんになって
おり、

 さらには、前回の統合レポート(2009年10月公表)の後に得られた、
最新の知見も載っています。



 このため本サイトでは、

 「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」という統合レポートの
中でも、

 とくに興味深い部分について、紹介して行きたいと考えています。


               * * * * *


 まず、

 このたびの統合レポートで、マスコミが一番に取りあげていたのは、

 「21世紀末には、現在にくらべて、洪水のリスクが4.4倍になる」

 と、いうものです。



 たとえば新聞各社は、私がザッと見たところ、以下のように報道して
いました。


(4月12日付け、時事通信)

 「21世紀末の日本の平均気温は20世紀末よりも約2.1〜4.0度
上昇。気温上昇に伴い、いわゆる”ゲリラ豪雨”などが増え、洪水が
起こる確率は現在の1.8〜4.4倍まで高まると予測。」


(4月12日付け、日本経済新聞)

 「今世紀末には大雨が増加し、河川の洪水リスクが現在と比べると
1.8〜4.4倍になると予測。」


(4月13日付け、毎日新聞)

 「今世紀末には日本の平均気温が最高4度上昇し、河川はんらんの
確率が最大4.4倍に増えるとの予測結果。」


(4月13日付け、中国新聞)

 「今世紀末には大雨の増加で国内の河川の洪水リスクが、現在と比べ
ると平均で4.4倍になると指摘。」



 しかしながら、上のようなマスコミ報道だけでは、

 「一体どのような条件(どのような、温室効果ガスの排出シナリオ)で、
シミュレーションを行なったのか」とか、

 「日本各地の個々の河川別で見ると、4.4倍よりもリスクの高い河川
は、まったく無いのか」など、

 いま一つ、知りたいところが、はっきりと分かりません。



 なので、

 「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」という統合レポートの
本文から、そのような部分を読み取り、

 さらには、べつの資料も参照した補足を加えて、すこし詳しく見ていき
たいと思います。


               * * * * *


 このたびの統合レポートを見ると、シミュレーションに使った「温室効果
ガスの排出シナリオ」は、「A1B」というものでした。

 これは、

 2100年の時点で、大気中の二酸化炭素濃度が、710ppmにまで
増加するというシナリオです。

 (ちなみに、産業革命前の二酸化炭素濃度は約280ppmで、2011年
現在では390.9ppmになっています。)



 IPCCの第4次評価報告書によると、この「A1Bシナリオ」では、

 21世紀末(2090〜2099年)における「世界の平均気温」が、

 1980〜1999年の平均と比較して、2.8℃上昇すると予測されて
います。



 しかしながら、このたびの統合レポートによると、

 「日本の平均気温」の場合は、おなじ「A1Bシナリオ」でも、

 21世紀末には、1980〜1999年の平均と比較して、3.2℃上昇する
と予測されており、

 世界の平均よりも、温暖化が激しく進むとなっています。


               * * * * *


 さて次に、

 上のような「A1Bシナリオ」で、洪水のリスクについてシミュレーションを
行なった結果は、下の表のようになっています。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 気候モデル            氾濫可能性倍率

           流域別倍率の中央値   同最小値   同最大値

 GCM20前期       2.04        0.75     4.55

 GCM20後期       2.17        1.20     6.67

 RCM5前期        1.79        0.34     7.69

 RCM5後期        4.35        2.00    12.50
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 上の表で、

 「氾濫(はんらん)可能性倍率」というのは、

 将来気候(2075〜2099年)の氾濫発生確率を、現在気候(1979
〜2003年)の氾濫発生確率で割った値です。

 つまり、地球温暖化によって将来、洪水のリスクが何倍に増えるかと
いう数値です。



 「流域別倍率」というのは、

 北海道の十勝川や、東北の北上川、関東の利根川など、

 日本全国の1級河川109水系について、個別に1つ1つ求めた氾濫
可能性倍率です。

 つまり、地球温暖化によって将来、たとえば利根川水系ならば、洪水
のリスクが何倍に増えるかという数値です。

(「水系」というのは、その河川の本流・支流・分流を併(あわ)せたもの
ですが、時には湖沼をふくむ場合もあります。)



 「流域別倍率の最大値」というのは、

 109個の1級河川を、流域別倍率の大きな順に並べたとき、1番目に
あたる河川の流域別倍率です。

 つまり109個の河川のうち、いちばんリスクの大きな河川の倍率です。



 「流域別倍率の最小値」というのは、

 109個の1級河川を、流域別倍率の大きな順に並べたとき、109番目
にあたる河川の流域別倍率です。

 つまり109個の河川のうち、いちばんリスクの小さな河川の倍率です。



 「流域別倍率の中央値」というのは、

 109個の1級河川を、流域別倍率の大きな順に並べたとき、55番目に
あたる河川の流域別倍率です。

 つまり109個の河川のうち、ちょうど真ん中の順位にある河川の倍率
です。
「中央値」というのは、109個の河川の「平均値ではない」ことに注意
してください。)

 なお、 「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」という統合レポー
トでは、「流域別倍率の中央値」を、狭義の「氾濫可能性倍率」としてい
ます。



 「気候モデル」というのは、

 氾濫可能性倍率を求めるのに使った(つまり、洪水のリスク評価を行な
うために使った)、シミュレーション・ソフト(プログラム)です。

 ここでは、GCM20前期、GCM20後期、RCM5前期、RCM5後期という、
4つの気候モデルが使われていますが、

 「GCM20」というのは、20Kmメッシュの全球気候モデル。つまり地球
全体を、20Kmの格子に分けて計算するソフトです。

 「RCM5」というのは、5Kmメッシュの領域気候モデル。つまり日本付近
の狭い領域だけを、5Kmの細かい格子に分けて計算するソフトです。

 また、これら「GCM20」と「RCM5」には、ソフトの開発段階にしたがって
「前期バージョン」と「後期バージョン」があります。



 ここで、もういちど上の表を見ると、

 「流域別倍率の中央値」、つまり狭義の「氾濫可能性倍率」が、気候モデ
ルの違いによって、「1.79〜4.35倍」までの幅があります。

 それで新聞各社は、洪水のリスクが「1.8〜4.4倍」になると、報道した
のでしょう。


               * * * * *


 ところで、これら4つの気候モデルのうち、

 20Kmメッシュと5Kmメッシュとでは、5Kmメッシュの方が、山地などの
「地形の影響」が細かく再現できます。

 つまり、ある河川の流域について、周りの山々に降った雨水が、どれ
ぐらい集まってくるのか詳しく計算できます。

 また、前期バージョンと後期バージョンとでは、後期バージョンの方が、
気候モデルの開発研究が進んでいます。

 つまり、これら4つの気候モデルの中では、

 「RCM5後期」という気候モデルのシミュレーション結果が、いちばん
精密な最新の研究結果だといえるでしょう。



 おそらく、文部科学省、気象庁、環境省も、「RCM5後期」という気候モデ
ルに対して、いちばん自信を持っているのだと思います。

 その証拠に、「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」という統合
レポートでは、

 「RCM5後期」のみ、全国109の1級河川についての、「流域別倍率」を
載せています。



 その、

 RCM5後期の「流域別倍率」を見て、私はすごく驚きました!

 なぜなら、

 日本の主要河川の多くが、「5〜10倍」の洪水リスクになっていた
からです。



 「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」の40ページに載って
いる、「図3.2.9 (中央)」のマップを、

 大きく拡大して(PDFファイルなので、たとえば1200%ぐらいに拡大
して)、1つ1つの河川について細かく見ていくと、

 流域別倍率が5〜10の河川(つまり地球温暖化によって将来、洪水
のリスクが5〜10倍に増える河川
)は、以下のようになっています。

 北海道  十勝川、網走川、常呂川、湧別川、渚骨川、後志利別川。

 岩手県  北上川。

 宮城県  鳴瀬川。

 山形県  最上川、赤川。

 福島県  阿武隈川。

 栃木県  那珂川。

 茨城県  久慈川、利根川。

 東京都  荒川、多摩川。

 神奈川県 鶴見川。

 山梨県  富士川。

 静岡県  大井川、天竜川。

 愛知県  豊川。

 岐阜県  木曽川。

 富山県  神通川。

 三重県  櫛田側、宮川。

 和歌山県 新宮川(熊野川)。

 徳島県  吉野川、那賀川。

 高知県  物部川、仁淀川、渡川(四万十川)。

 福岡県  遠賀川、矢部川。

 大分県  山国川。

 熊本県  菊池川、緑川、球磨川、

 宮崎県  大淀川。

 鹿児島県 川内川、肝属川。

(上の県名については、河川なので、他の県にも、またがっている場合が
あります。)



 さらには、

 流域別倍率が10を超える河川(つまり地球温暖化によって将来、洪水
のリスクが10倍以上に増える河川
)は、以下のようになっています。

 神奈川県 相模川。

 静岡県  安倍川、菊川。



 なお、

 その他66個の1級河川については、流域別倍率が2〜5の間に入って
います。


               * * * * *


 以上、

 マスコミでは、地球温暖化によって、洪水のリスクが「1.8〜4.4倍」
に増加すると報道されていましたが、

 しかし統合レポートを詳しく見ると、いちばん精密な最新の研究結果
(RCM5後期)によれば、

 日本の主要河川の多くについて、洪水のリスクが「5〜10倍」にも増加
することが分かりました。



 折角(せっかく)ですから皆さんも、

 自分が住んでいる近所の河川が、それに当て嵌(は)まっていないか
どうか、

 上に挙げたリストで確認してみると良いでしょう。



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