原発事故は明らかに「人災」
20120年7月15日 寺岡克哉
7月5日。
国会が設置した、福島第1原発の事故調査委員会(国会事故調)が
報告書をまとめ、衆参両議長に提出しました。
その報告書では、今回の事故は「自然災害」ではなく、あきらかに
「人災」であると明言し、
津波のリスクも、東電および規制当局関係者によって事前に認識さ
れていたことが検証されており、「想定外」として言い訳ができる余地
はない
と、かなり踏み込んだ内容になっています。
やっと、少しは気骨の感じる報告書が出てきましたので、すこし詳しく見て
みたいと思いました。
* * * * *
これから以下に紹介するのは、
「国会事故調 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会 調査報告書
ダイジェスト版 平成24年6月28日」にある、
「結論の要旨」という章の、ほぼ全文です。
ダイジェスト版とは言っても、文章の量がけっこう多くて読みにくかったので、
私が重要なポイントだと思った部分を「太字」にしてあります。
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国会事故調 調査報告書(ダイジェスト版) 結論の要旨
【認識の共有化】
平成23(2011)年 3 月 11 日に起きた東日本大震災に伴う東京電力福島
原子力発電所事故は世界の歴史に残る大事故である。そして、この報告が
提出される平成 24(2012)年 6 月においても、依然として事故は収束
しておらず被害も継続している。
破損した原子炉の現状は詳しくは判明しておらず、今後の地震、台風など
の自然災害に果たして耐えられるのか分からない。今後の環境汚染をどこ
まで防止できるのかも明確ではない。廃炉までの道のりも長く予測できない。
一方、被害を受けた住民の生活基盤の回復は進まず、健康被害への不安
も解消されていない。
当委員会は、「事故は継続しており、被災後の福島第一原子力発電所
(以下「福島第一原発」という)の建物と設備の脆弱性及び被害を受けた
住民への対応は急務である」と認識する。また「この事故報告が提出され
ることで、事故が過去のものとされてしまうこと」に強い危惧を覚える。日本
全体、そして世界に大きな影響を与え、今なお続いているこの事故は、今後
も独立した第三者によって継続して厳しく監視、検証されるべきである。
当委員会はこのような認識を共有化して以下のような調査に当たった。
【事故の根源的原因】
事故の根源的な原因は、東北地方太平洋沖地震が発生した平成23(2011)
年3 月11 日(以下「3.11」という)以前に求められる。当委員会の調査によれ
ば、3.11 時点において、福島第一原発は、地震にも津波にも耐えられる保証
がない、脆弱な状態であったと推定される。地震・津波による被災の可能性、
自然現象を起因とするシビアアクシデント(過酷事故)への対策、大量の放射
能の放出が考えられる場合の住民の安全保護など、事業者である東京電力
(以下「東電」という)及び規制当局である内閣府原子力安全委員会(以下
「安全委員会」という)、経済産業省原子力安全・保安院(以下「保安院」とい
う)、また原子力推進行政当局である経済産業省(以下「経産省」という)が、
それまでに当然備えておくべきこと、実施すべきことをしていなかった。
平成18(2006)年に、耐震基準について安全委員会が旧指針を改訂し、新
指針として保安院が、全国の原子力事業者に対して、耐震安全性評価(以下
「耐震バックチェック」という)の実施を求めた。
東電は、最終報告の期限を平成 21(2009) 年 6 月と届けていたが、耐震
バックチェックは進められず、いつしか社内では平成28(2016)年 1 月へと
先送りされた。東電 及び保安院は、新指針に適合するためには耐震
補強工事が必要であることを認識していたにもかかわらず、1 〜 3 号機
については、全く工事を実施していなかった。保安院は、あくまでも事業者
の自主的取り組みであるとし、大幅な遅れを黙認していた。事故後、東電は、
5 号機については目視調査で有意な損傷はなかったとしているが、それを
もって 1 〜 3 号機に地震動による損傷がなかったとは言えない。
平成18(2006)年には、福島第一原発の敷地高さを超える津波が来た場合
に全電源喪失に至ること、土木学会評価を上回る津波が到来した場合、海水
ポンプが機能喪失し、炉心損傷に至る危険があることは、保安院と東電の
間で認識が共有されていた。保安院は、東電が対応を先延ばししている
ことを承知していたが、明確な指示を行わなかった。
規制を導入する際に、規制当局が事業者にその意向を確認していた事実も
判明している。安全委員会は、平成5(1993)年に、全電源喪失の発生の確率
が低いこと、原子力プラントの全交流電源喪失に対する耐久性は十分である
とし、それ以降、長時間にわたる全交流電源喪失を考慮する必要はないとの
立場を取ってきたが、当委員会の調査の中で、この全交流電源喪失の可能
性は考えなくてもよいとの理由を事業者に作文させていたことが判明した。
また、当委員会の参考人質疑で、安全委員会が、深層防護(原子力施設の
安全対策を多段的に設ける考え方。IAEA〈国際原子力機関〉では5 層まで考
慮されている*1)について、日本は 5 層のうちの3 層までしか対応できて
いないことを認識しながら、黙認してきたことも判明した。
規制当局はまた、海外からの知見の導入に対しても消極的であった。シビア
アクシデント対策は、地震や津波などの外部事象に起因する事故を取り上げ
ず、内部事象に起因する対策にとどまった。米国では 9.11 以降に B.5.b*2
に示された新たな対策が講じられたが、この情報は保安院にとどめられ
てしまった。防衛にかかわる機微情報に配慮しつつ、必要な部分を電力事業
者に伝え、対策を要求していれば、今回の事故は防げた可能性がある。
このように、今回の事故は、これまで何回も対策を打つ機会があった
にもかかわらず、歴代の規制当局及び東電経営陣が、それぞれ意図的
な先送り、不作為、あるいは自己の組織に都合の良い判断を行うことに
よって、安全対策が取られないまま 3.11 を迎えたことで発生したもので
あった。
当委員会の調査によれば、東電は、新たな知見に基づく規制が導入される
と、既設炉の稼働率に深刻な影響が生ずるほか、安全性に関する過去の
主張を維持できず、訴訟などで不利になるといった恐れを抱いており、それを
回避したいという動機から、安全対策の規制化に強く反対し、電気事業連合会
(以下「電事連」という)を介して規制当局に働きかけていた。
このような事業者側の姿勢に対し、本来国民の安全を守る立場から毅然
とした対応をすべき規制当局も、専門性において事業者に劣後していたこと、
過去に自ら安全と認めた原子力発電所に対する訴訟リスクを回避することを
重視したこと、また、保安院が原子力推進官庁である経産省の組織の一部
であったこと等から、安全について積極的に制度化していくことに否定的で
あった。
事業者が、規制当局を骨抜きにすることに成功する中で、「原発はもともと
安全が確保されている」という大前提が共有され、既設炉の安全性、過去の
規制の正当性を否定するような意見や知見、それを反映した規制、指針の
施行が回避、緩和、先送りされるように落としどころを探り合っていた。
これを構造的に見れば、以下のように整理できる。本来原子力安全規制
の対象となるべきであった東電は、市場原理が働かない中で、情報の優位
性を武器に電事連等を通じて歴代の規制当局に規制の先送りあるいは基準
の軟化等に向け強く圧力をかけてきた。この圧力の源泉は、電力事業の監督
官庁でもある原子力政策推進の経産省との密接な関係であり、経産省の
一部である保安院との関係はその大きな枠組みの中で位置付けられていた。
規制当局は、事業者への情報の偏在、自身の組織優先の姿勢等から、事業
者の主張する「既設炉の稼働の維持」「訴訟対応で求められる無謬性」を
後押しすることになった。このように歴代の規制当局と東電との関係において
は、 規制する立場とされる立場の「逆転関係」が起き、規制当局は電力
事業者の「虜(とりこ)」となっていた。その結果、原子力安全についての
監視・監督機能が崩壊していたと見ることができる*3。
当委員会は、本事故の根源的原因は歴代の規制当局と東電との関係に
ついて、「規制する立場とされる立場が『逆転関係』となることによる原子力
安全についての監視・監督機能の崩壊が起きた点に求められる。」と認識
する。何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、今回の
事故は「自然災害」ではなくあきらかに「人災」である。
【事故の直接的原因】
本事故の直接的原因は、地震及び地震に誘発された津波という自然現象
であるが、事故が実際にどのように進展していったかに関しては、重要な点
において解明されいないことが多い。その大きな理由の一つは、本事故の
推移と直接関係する重要な機器・配管類のほとんどが、この先何年も実際に
立ち入ってつぶさに調査、検証することのできない原子炉建屋及び原子炉
格納容器内部にあるためである。
しかし東電は、事故の主因を早々に津波とし、「確認できた範囲において
は」というただし書きはあるものの、「安全上重要な機器は地震で損傷を受け
たものはほとんど認められない」と中間報告書に明記し、また政府も IAEAに
提出した事故報告書に同趣旨のことを記した。
直接的原因を、実証なしに津波に狭く限定しようとする背景は不明だが、
本編第1 部で述べるように、既設炉への影響を最小化しようという考えが
東電の経営を支配してきたのであって、ここでもまた同じ動機が存在してい
るようにも見える。あるいは東電の中間報告にあるように、「想定外」と
することで責任を回避するための方便のようにも聞こえるが、当委員会
の調査では、地震のリスクと同様に津波のリスクも東電及び規制当局
関係者によって事前に認識されていたことが検証されており、言い訳の
余地はない。
事故の主因を津波のみに限定すべきでない理由として、スクラム(原子炉
緊急停止)後に最大の揺れが到達したこと、小規模の LOCA(小さな配管
破断などの小破口冷却材喪失事故)の可能性は独立行政法人原子力安全
基盤機構(JNES)の解析結果も示唆していること、1 号機の運転員が配管
からの冷却材の漏れを気にしていたこと、そして 1 号機の主蒸気逃がし安全
弁(SR 弁)は作動しなかった可能性を否定できないことなどが挙げられ、
特に1 号機の地震による損傷の可能性は否定できない。また外部送電
系が地震に対して多様性、独立性が確保されていなかったこと、またかねて
から指摘のあった東電新福島変電所の耐震性不足などが外部電源喪失の
一因となった。
当委員会は、事故の直接的原因について、「安全上重要な機器の地震
による損傷はないとは確定的には言えない」、特に「1号機においては
小規模の LOCA が起きた可能性を否定できない」との結論に達した。
しかし未解明な部分が残っており、これについて引き続き第三者による検証
が行われることを期待する。
【運転上の問題の評価】
発電所の現場の運転上の問題については、いくつか特記すべきことはある
が、むしろ、今回のようにシビアアクシデント対策がない場合、全電源喪失
状態に陥った際に、現場で打てる手は極めて限られるということが検証され
た。1 号機の非常用復水器(IC)の操作及びその後の確認作業の是非につい
ては、全交流電源喪失(SBO)直後からの系統確認としかるべき運転操作に
迅速に対応できなかった。しかし IC の操作に関してはマニュアルもなく、
また運転員は十分訓練されていなかった。さらに、本事故においてはおそ
らく早期のうちに IC の蒸気管に非凝縮性の水素ガスが充満し、そのために
自然循環が阻害され、IC が機能喪失していたと当委員会は推測している。
こうした事情を考慮すれば、単純に事故当時の運転員の判断や操作の
非を問うことはできない。
東電の経営陣が耐震工事の遅れ及び津波対策の先送りの事実を把握し、
福島第一原発の脆弱性を認識していたと考えられることから、被災時の現場
の状態はある程度事前にも想像できたはずである。少なくとも、発電所の脆弱
性を補うためにも、シビアアクシデント時に現場で対応する準備を行わせるの
は、経営として必要なことであった。東電の本店及び発電所の幹部も、このよ
うな状況下で、少なくとも緊急時の現場の対応について準備をすることが必要
であった。以上を考えれば、これは運転員・作業員個人の問題に帰するの
ではなく、東電の組織的問題として考えるべき事柄である。
ベントライン構成についても、電源が喪失し放射線量の高い中でのライン
構成作業自体が困難であり、かつ時間がかかるものであった。シビアアクシ
デント手順書の中の図面も不備であったことが判明しており、見づらい図面
を時間に追われつつ、懐中電灯で解明する作業を強いられた。官邸はベント
に時間がかかることから東電への不信が高まったとしているが、実際の作業
は困難を極めるものであった。
多重防護が一気に破られ、同時に 4 基の原子炉の電源が喪失するという
中で、2 号機の原子炉隔離時冷却系(RCIC)が長時間稼働したこと、2 号機
のブローアウトパネルが脱落したこと、協力会社の決死のがれき処理が
思った以上に進んだことなど、偶然というべき状況がなければ、2、3 号機
はさらに厳しい状況に陥ったとも考えられる。シビアアクシデント対策が
ない状態で、直流電源も含めた全電源喪失状況を作り出してしまったことで、
既にその後の結果は避けられなかったと判断した。
当委員会は「過酷事故に対する十分な準備、レベルの高い知識と訓練、
機材の点検がなされ、また、緊急性について運転員・作業員に対する
時間的要件の具体的な指示ができる準備があれば、より効果的な事後
対応ができた可能性は否定できない。すなわち、東電の組織的な問題
である」と認識する。
【緊急時対応の問題】
いったん事故が発災した後の緊急時対応について、官邸、規制当局、
東電経営陣には、その準備も心構えもなく、その結果、被害拡大を
防ぐことはできなかった。保安院は、原子力災害対策本部の事務局と
しての役割を果たすことが期待されたが、過去の事故の規模を超える
災害への備えはなく、本来の機能を果たすことはできなかった。官邸は、
発災直後の最も重要な時間帯に、緊急事態宣言を速やかに出すこと
ができなかった。本来、官邸は現地対策本部を通じて、事業者とコンタク
トをすべきとされていた。しかし、官邸は東電の本店及び現場に直接的
な指示を出し、そのことによって現場の指揮命令系統が混乱した。
さらに、15 日に東電本店内に設置された統合対策本部も法的な根拠はな
かった。
1 号機のベントの必要性については、官邸、規制当局あるいは東電とも
一致していたが、官邸はベントがいつまでも実施されないことから東電に
疑念、不信を持った。東電は平時の連絡先である保安院にはベントの作業
中である旨を伝えていたが、それが経産省のトップ、そして官邸に伝えられ
ていたという事実は認められない。保安院の機能不全、東電本店の情報
不足は結果として官邸と東電の間の不信を募らせ、その後、総理が発電所
の現場に直接乗り込み指示を行う事態になった。その後も続いた官邸によ
る発電所の現場への直接的な介入は、現場対応の重要な時間を無駄に
するというだけでなく、指揮命令系統の混乱を拡大する結果となった。
東電本店は、的確な情報を官邸に伝えるとともに、発電所の現場の技術
的支援という重要な役割を果たすべきであったが、官邸の顔色をうかがい
ながら、むしろ官邸の意向を現場に伝える役割だけの状態に陥った。3 月
14 日、2 号機の状況が厳しくなる中で、東電が全員撤退を考えているので
はないかという点について、東電と官邸の間で認識のギャップが拡大した
が、この根源には、両者の相互不信が広がる中で、東電の清水社長が
官邸の意向を探るかのような曖昧な連絡に終始した点があったと考えられ
る。ただし、@発電所の現場は全面退避を一切考えていなかったこと、
A東電本店においても退避基準の検討は進められていたが、全面退避が
決定された形跡はなく、清水社長が官邸に呼ばれる前に確定した退避計画
も緊急対応メンバーを残して退避するといった内容であったこと、B当時、
清水社長から連絡を受けた保安院長は全面退避の相談とは受け止めな
かったこと、Cテレビ会議システムでつながっていたオフサイトセンターに
おいても全面退避が議論されているという認識がなかったこと等から判断
して、総理によって東電の全員撤退が阻止されたと理解することはでき
ない。重要なのは時の総理の個人の能力、判断に依存するのではなく、
国民の安全を守ることのできる危機管理の仕組みを構築することである。
当委員会は、事故の進展を止められなかった、あるいは被害を最小化
できなかった最大の原因は「官邸及び規制当局を含めた危機管理体制
が機能しなかったこと」、そして「緊急時対応において事業者の責任、
政府の責任の境界が曖昧であったこと」にあると結論付けた。
【被害拡大の要因】
事故発災当時、政府から自治体に対する連絡が遅れたばかりでは
なく、その深刻さも伝えられなかった。同じように避難を余儀なくされた
地域でも、原子力発電所からの距離によって事故情報の伝達速度に
大きな差が生じた。立地町でさえ、3km 圏避難の出た 21 時 23 分
には事故情報は住民の 20%程度しか伝わっていない。10km 圏内の
住民の多くは 15 条報告から 12 時間以上たった 3 月12 日の朝 5時
44 分の避難指示の時点で事故情報を知った。しかしその際に、事故
の進展あるいは避難に役立つ情報は伝えられなかった。着の身着の
ままの避難、多数回の避難移動、あるいは線量の高い地域への移動
が続出した。その後の長期にわたる屋内避難指示及び自主避難指示
での混乱、モニタリング情報が示されないために、線量の高い地域に
避難した住民の被ばく、影響がないと言われて 4 月まで避難指示が
出されず放置された地域など、避難施策は混乱した。当委員会は事故
前の原子力防災体制の整備の遅れ、複合災害対策の遅れとともに、既存
の防災体制の改善に消極的であった歴代の規制当局の問題点も確認して
いる。
当委員会は、避難指示が住民に的確に伝わらなかった点について、
「これまでの規制当局の原子力防災対策への怠慢と、当時の官邸、
規制当局の危機管理意識の低さが、今回の住民避難の混乱の根底に
あり、住民の健康と安全に関して責任を持つべき官邸及び規制当局の
危機管理体制は機能しなかった」と結論付けた。
【住民の被害状況】
本事故により合計 約15万人が避難区域から避難した。本事故の
収束作業に従事した中で、100 m Sv(シーベルト)を超える線量を
被ばくした作業員は 167 人とされている。福島県内の 1800km2 もの
広大な土地が、年間 5mSv 以上の積算線量をもたらす土地となって
しまったと推定される。被害を受けた広範囲かつ多くの住民は不必要
な被ばくを経験した。また避難のための移動が原因と思われる死亡者
も発生した。しかも、住民は事故から 1 年以上たっても先が見えない
状態に置かれている。政府は、このような被災地域の住民の状況を十分
把握した上で、避難区域の再編、生活基盤の回復、除染、医療福祉の再
整備など、住民の長期的な生活改善策を系統的、継続的に打ち出してい
くべきであるが、縦割り省庁別の通常業務的施策しかなく、住民の目から
見ると、いまだに整合性のある統合的な施策が政府から打ち出されて
いない。
我々が実施したタウンミーティングや 1 万人を超す住民アンケートには、
いまだに進まない政府の対応に厳しい声が多数寄せられている。
放射線の急性障害はしきい値があるとされているが、低線量被ばくに
よる晩発障害はしきい値がなく、リスクは線量に比例して増えることが
国際的に合意されている。
年齢、個人の放射線感受性、放射線量によってその影響は変わる。
また未解明の部分も残る。一方、政府は一方的に線量の数字を基準
として出すのみで、どの程度が長期的な健康という観点からして大丈夫
なのか、人によって影響はどう違うのか、今後、どのように自己管理を
していかなければならないのかといった判断をするために、住民が必要
とする情報を示していない。政府は住民全体一律ではなく、乳幼児から
若年層、妊婦、放射線感受性の強い人など、住民個々人が自分の行動判断
に役立つレベルまで理解を深めてもらう努力をしていない。
当委員会は、「被災地の住民にとって事故の状況は続いている。放射
線被ばくによる健康問題、家族、生活基盤の崩壊、そして広大な土地
の環境汚染問題は深刻である。いまだに被災者住民の避難生活は続
き、必要な除染、あるいは復興の道筋も見えていない。当委員会には
多数の住民の方々からの悲痛な声が届けられている。先の見えない避難所
生活など現在も多くの人が心身ともに苦難の生活を強いられている」と認識
する。また、その理由として「政府、規制当局の住民の健康と安全を守る
意思の欠如と健康を守る対策の遅れ、被害を受けた住民の生活基盤回復
の対応の遅れ、さらには受け手の視点を考えない情報公表にある」と結論
付けた。
【問題解決に向けて】
本事故の根源的原因は「人災」であるが、この「人災」を特定個人の過ち
として処理してしまう限り、問題の本質の解決策とはならず、失った国民の
信頼回復は実現できない。これらの背後にあるのは、自らの行動を正当
化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明な組織、制度、さらに
はそれらを許容する法的な枠組みであった。また関係者に共通していた
のは、およそ原子力を扱う者に許されない無知と慢心であり、世界の潮流
を無視し、国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先とする組織
依存のマインドセット(思い込み、常識)であった。
当委員会は、事故原因を個々人の資質、能力の問題に帰結させるのでは
なく、規制される側とする側の「逆転関係」を形成した真因である「組織的、
制度的問題」がこのような「人災」を引き起こしたと考える。この根本原因の
解決なくして、単に人を入れ替え、あるいは組織の名称を変えるだけで
は、再発防止は不可能である。
【事業者】
東電は、エネルギー政策や原子力規制に強い影響力を行使しながら
も自らは矢面に立たず、役所に責任を転嫁する経営を続けてきた。
そのため、東電のガバナンスは、自律性と責任感が希薄で、官僚的であった
が、その一方で原子力技術に関する情報の格差を武器に、電事連等を
介して規制を骨抜きにする試みを続けてきた。
その背景には、東電のリスクマネジメントのゆがみを指摘することができる。
東電は、シビアアクシデントによって、周辺住民の健康等に被害を与える
こと自体をリスクとして捉えるのではなく、シビアアクシデント対策を立てる
に当たって、既設炉を停止したり、訴訟上不利になったりすることを経営
上のリスクとして捉えていた。
東電は、現場の技術者の意向よりも官邸の意向を優先したり、退避に
関する相談に際しても、官邸の意向を探るかのような曖昧な態度に終始した
りした。その意味で、東電は、官邸の過剰介入や全面撤退との誤解を
責めることが許される立場にはなく、むしろそうした混乱を招いた張本人
であった。
本事故発生後における東電の情報開示は必ずしも十分であったとはいえ
ない。確定した事実、確認された事実のみを開示し、不確実な情報のうち
特に不都合な情報は開示しないといった姿勢がみられた。特に 2 号機
の事故情報の開示に問題があったほか、計画停電の基礎となる電力供給
の見通しについても情報開示に遅れがみられた。
当委員会は「規制された以上の安全対策を行わず、常により高い安全を
目指す姿勢に欠け、また、緊急時に、発電所の事故対応の支援ができない
現場軽視の東京電力経営陣の姿勢は、原子力を扱う事業者としての
資格があるのか」との疑問を呈した。
【規制当局】
規制当局は原子力の安全に対する監視・監督機能を果たせなかった。
専門性の欠如等の理由から規制当局が事業者の虜(とりこ)となり、規制
の先送りや事業者の自主対応を許すことで、事業者の利益を図り、同時に
自らは直接的責任を回避してきた。規制当局の、推進官庁、事業者からの
独立性は形骸化しており、その能力においても専門性においても、また
安全への徹底的なこだわりという点においても、国民の安全を守るには
程遠いレベルだった。
当委員会では「規制当局は組織の形態あるいは位置付けを変えるだけ
ではなく、その実態の抜本的な転換を行わない限り、国民の安全は守ら
れない。国際的な安全基準に背を向ける内向きの態度を改め、国際社会
から信頼される規制機関への脱皮が必要である。また今回の事故を契機に、
変化に対応し継続的に自己改革を続けていく姿勢が必要である」と結論付け
た。
【法規制】
日本の原子力法規制は、その改定において、実際に発生した事故のみを
踏まえた、対症療法的、パッチワーク的対応が重ねられ、諸外国における
事故や安全への取り組み等を真摯に受け止めて法規制を見直す姿勢にも
欠けていた。その結果、予測可能なリスクであっても、過去に顕在化して
いなければ対策が講じられず、常に想定外のリスクにさらされることと
なった。また、原子力法規制は原子力利用の促進が第一義的な目的と
され、国民の生命・身体の安全が第一とはされてこなかった。さらに、
原子力法規制全体を通じての事業者の第一義的責任が明確にされておら
ず、原子力災害発生時については、第一義的責任を負う事業者に対し、他の
事故対応を行う各当事者がどのような活動を行って、これを支援すべきかに
ついての役割分担が不明確であった。加えて、諸外国で取り入れられている
深層防護の考え方についても、法規制の検討に際し十分に考慮されてこな
かった。
当委員会では、「原子力法規制は、その目的、法体系を含めた法規制
全般について、抜本的に見直す必要がある。かかる見直しに当たっては、
世界の最新の技術的知見等を反映し、この反映を担保するための仕組みを
構築するべきである」と結論付けた。
*1 IAEA の深層防護(Defence in Depth)
*2 平成13(2001)年 9 月 11日の同時多発テロの後、平成14(2002)年 2 月
にNRC(米国原子力規制委員会)が策定したテロ対策。全電源喪失を想定
した機材の備えと訓練を米国の全原子力発電所に義務付けている。
*3 これは規制当局が事業者の「虜(とりこ)」となって被規制産業である事業
者の利益最大化に傾注するという、いわゆる「規制の虜(Regulatory
Capture)」によっても説明できるものである。
調査の概要
ヒアリング: 延べ1167人(900時間超)
原発視察(福島第一および第二、女川、東海): 9回
タウンミーティング: 3回(合計400人超)
被災住民アンケート回答者数: 住民10633人(自由回答コメント8066人)
作業従業員アンケート回答者数: 2415人
東電、規制官庁および関係者に対する資料請求: 2000件以上
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
* * * * *
以上、
国会事故調の報告書(ダイジェスト版)に載っている、「結論の要旨」に
ついて見てきました。
ずいぶん堅苦しい文章で、かなり読みにくく、量もけっこう多いので、
原発事故の発生、および被害の拡大が、「人災」であったと判断される
点に絞って、抜粋してみましょう。
そうすると、およそ以下のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(福島第1原発の)事故は、これまで何回も対策を打つ機会があった
にもかかわらず、歴代の規制当局及び東電経営陣が、それぞれ意図的
な先送り、不作為、あるいは自己の組織に都合の良い判断を行うこと
によって、安全対策が取られないまま3.11 を迎えたことで発生した。
事故の進展を止められなかった、あるいは被害を最小化できなかった
最大の原因は「官邸及び規制当局を含めた危機管理体制が機能しな
かったこと」、そして「緊急時対応において事業者の責任、政府の責任
の境界が曖昧であったこと」。
規制当局の原子力防災対策への怠慢と、当時の官邸、規制当局の
危機管理意識の低さが、今回の住民避難の混乱の根底にある。
政府、規制当局の住民の健康と安全を守る意思の欠如。
受け手の視点を考えない情報公表。
自らの行動を正当化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明
な組織、制度、さらにはそれらを許容する法的な枠組み。
およそ原子力を扱う者に許されない無知と慢心。
国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先。
東電は、エネルギー政策や原子力規制に強い影響力を行使しながらも
自らは矢面に立たず、役所に責任を転嫁する経営を続けてきた。
その一方で原子力技術に関する情報の格差を武器に、電事連等を介して
規制を骨抜きにする試みを続けてきた。
東電は、シビアアクシデントによって、周辺住民の健康等に被害を
与えること自体をリスクとして捉えるのではなく、シビアアクシデント対策
を立てるに当たって、既設炉を停止したり、訴訟上不利になったりする
ことを経営上のリスクとして捉えていた。
規制当局の、推進官庁、事業者からの独立性は形骸化しており、その
能力においても専門性においても、また安全への徹底的なこだわりと
いう点においても、国民の安全を守るには程遠いレベル。
原子力法規制は原子力利用の促進が第一義的な目的とされ、国民の
生命・身体の安全が第一とはされてこなかった。
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事業者や規制当局の、怠慢や無責任さ・・・
国民の生命や身体の安全よりも、原発推進や利益追求を第一とする、
原子力ムラの体質・・・
ほんとうに、ムカムカと胸の悪くなるような怒りが、込み上げてきます!
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