ホルムズ海峡が封鎖? その15
2012年5月27日 寺岡克哉
前々回に引きつづき、
イラン情勢をめぐる世界の動きについて、見て行きたいと思います。
* * * * *
5月10日。
アメリカの民間研究機関であるISIS(科学国際安全保障研究所)は、
この日までに、
イランの首都テヘランの郊外にあるパルチン軍事施設で、「核兵器
開発の証拠隠滅とも受けとれる動きがある」との報告書を発表しました。
これは、アメリカの民間衛星写真会社のデジタルグローブ社が、今年
の4月9日に撮影した同施設の写真解析に基づくもので、
核兵器の爆発を起こす爆薬の実験が実施されたとみられる建物から、
水蒸気が立ち上っていることなどが判明しました。
また、この建物の外には、以前に撮影した写真では見られなかった
機器などがあるのが発見されました。
これらの機器は、建物内の備品を外に運んだり、洗浄したりするため
のものと見られます。
* * * * *
5月12日
イランのファルス通信によると、アフマディネジャド大統領は、北東部の
ホラサン州で行われた演説で、
「イスラエルは、イランの広い領土を見渡すことのできない、ただの蚊
だ」と語り、イスラエルの脅威を否定しました。
国営イラン通信によれば、アフマディネジャド大統領は、イランとイスラ
エルが衝突するなどの観測をうけて、周辺諸国が西側から数十億ドル
規模の兵器購入を行っていることについて、
両国間には戦争の兆しが見えていないため、武器の購入は不必要との
考えを示しています。
また大統領は、「周辺諸国が原油輸出などの関係を断ち切れば、イス
ラエルは滅びるだろう」とも述べました。
同日。
イランの最高指導者ハメネイ師が、インターネットの交流サイト「フェイス
ブック」の利用を容認するファトワ(宗教令)を出していたことが分かりま
した。
イラン政府は、民主化デモの呼びかけなどに使われることを警戒し、
これまでフェイスブックの利用を禁じてきました。
今回それを容認するのは、欧米諸国による経済制裁の影響などで
高まる国民の不満を和らげるため、規制緩和を印象づける狙いもある
とみられます。
ハメネイ師の事務所によると、ファトワは4月の末に出され、「宗教上
の罪を犯したり、イランやイスラム教の敵に利用されない限り、フェイス
ブックを使っても問題ない」との判断を出したということです。
同日。
ロシアのプーチン大統領と、イランのアフマディネジャド大統領が電話
で協議し、未来志向の協力関係で一致しました。
協議はイラン側の提案で行われましたが、アフマディネジャド大統領
は、5月7日に大統領に復帰したプーチン氏に祝意を伝えました。
また両大統領は、今後の首脳間交流についても協議したとのこと
です。
欧米諸国はイランの核開発を非難し、制裁を強化していますが、しかし
ロシアは、イランで初のブシェール原発建設に協力するなど、友好的な
立場を維持しています。
同日。
フランス社会党の、ロカール元首相が、イランの首都テヘランを訪れ
ました。
3日間の非公式訪問で、イランのサレヒ外相や、核問題交渉責任者
のジャリリ最高安全保障委員会事務局長らと会談する予定です。
ちなみに、5月15日に就任するオランド新大統領も、フランス社会党
で、これまでのサルコジ政権と異なる、独自のイラン外交を展開する
可能性があります。
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5月13日。
イランの核交渉責任者を務める、ジャリリ最高安全保障委員会事務
局長は、イランを訪れているフランス社会党のロカール元首相との
会談で、
「(欧米諸国が)イランに圧力をかける時期は終わった」と述べて、
欧米諸国の姿勢が変わらなければ、5月23日に行われる欧米6ヶ国
との核協議に悪影響を与えるを警告しました。
一方、ロカール元首相は、6ヶ国との核協議で、問題解決に向けた
前進があることや、フランスを含むすべての国が満足できる結果を得ら
れることを期待すると、話したということです。
* * * * *
5月14日。
IAEA(国際原子力機関)は、オーストリアの首都ウィーンで、イランと
核開発疑惑に関する3度目の協議を行い、
核兵器の製造が疑われる、イランのパルチン軍事施設への立ち入り
を改めて求めました。
IAEAのナカーツ事務次長は、この協議に先立って記者団にたいし、
「関係者や施設にアクセスできるよう、イランが許可することが重要だ」
と述べています。
この日の協議は、およそ5時間にわたり、5月15日も継続して行われ
ます。
同日。
イランを訪問した、フランスのロカール元首相は、AFP通信とのインタ
ビューで、
5月23日にイラクのバグダットで行われる、6ヶ国とイランとの核協議
にむけて、イランが「前向きな一歩」を踏み出す用意を示したと、述べま
した。
ロカール元大統領はインタビューで、このたびのイラン訪問で「具体的
な約束があったわけではないが、バグダットでの協議に先立ち、イラン
側が善意のメッセージを送りたがっていると感じた」と指摘しました。
ロカール元大統領からは、核開発計画をめぐる国際社会の疑念に
たいし、イランは「具体的かつ詳細に答える必要がある」と、伝えたと
いいます。
同5月14日付けの、米紙ワシントン・ポストは、核問題をめぐる制裁
強化により、
イランの原油タンカーが、今年の4月から、所在を分からなくするた
めにGPS(全地球測位システム)の電源を切って航行していると報じま
した。
同紙は、GPSを切って船舶が航行するのは、海事法違反だと指摘
しています。
IEA(国際エネルギー機関)が監視を続けており、イランのタンカーは
輸出先を探して、さまよっているケースがあるといいます。
同日。
中東の湾岸6ヶ国でつくるGCC(湾岸協力会議)は、サウジアラビア
の首都リヤドで会合を開き、
EU(欧州連合)のような、連合方式への移行について検討しました。
今回の会合では、連合移行へのスケジュールについて、話し合った
といいます。
ちなみにGCCに参加しているのは、バーレーン、クウェート、オマーン、
サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)の6ヶ国です。
* * * * *
5月15日。
オーストリアの首都ウィーンで開かれていた、IAEA(国際原子力機関)
とイランとの協議は、5月21日に再協議を行うことで合意し、2日間の
日程を終えました。
イラン代表の、ソルタニエIAEA担当大使は、「実りある協議で進展が
あった」と強調しました。
IAEA代表の、ナカーツ事務次長は、「イラン核開発の軍事的側面の
解決方法」を中心に話し合ったと説明し、「良い意見の交換ができた」と
述べています。
しかしながら、両者とも協議の詳しい内容には触れず、焦点となって
いるパルチン軍事施設への立ち入りについて、今回の協議では結論
に至らなかったとみられます。
同日。
アメリカ国務省の、パスクアル国際エネルギー問題担当特別代表・
調整官は、
インドによるイラン産原油の輸入削減努力について、「現時点では、
あまり感心していない」と述べました。
同日。
インドの、シン 石油・天然ガス担当相は、2011年度は1700万トン
余り輸入したイラン産原油を、
今年度は1500トン余りと、率にして11%減らす方針を、明らかにしま
した。
また同日。
インドの外務省当局者は、アメリカ国務省のパスクアル国際エネルギー
問題担当特別代表・調整官にたいし、徐々にイラン産原油の輸入を減らし
て行く意向を示しました。
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5月16日。
欧米の外交筋は、イランがシリアへの輸出を図った武器類が、昨年に
2回にわたって押収されていたことを、明らかにしました。
イランは、核開発疑惑にともなう国連の制裁で、外国への武器供与が
禁止されており、違反行為を犯していたことになります。
イランが昨年に外国へ送り出した武器の押収は、シリア向けの2回を
ふくめて、合計3回となっています。
同日。
EU(欧州連合)が、今年の7月からイラン産原油を全面禁輸すること
などを踏まえ、
アメリカのオバマ大統領が、5月18日から始まるG8(主要8ヶ国)首脳
会議で、
日本をふくむ主要国に、戦略石油備蓄の放出を提案することが、複数
の政府関係者から明らかになりました。
しかし、アメリカ ホワイトハウスの、カーニー報道官は、「その問題に
ついて開示すべき情報はない」と述べ、コメントを控えています。
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5月17日。
三菱東京UFJ銀行は、イラン政府の口座を一時的に凍結し、原油
取引の決済を停止していることを、明らかにしました。
これは、アメリカのニューヨーク州地裁が、イラン政府への損害賠償
訴訟の賠償資金を確保するため、口座凍結と資産調査を指示したの
を受けた措置です。
同地裁の指示は5月2日付けで出されており、三菱東京UFJ銀行に
たいし、イラン政府関連の資産内容を今月中に報告するように求めた
うえで、
26億ドル(およそ2000億円)を上限に、資金が口座外に移動する
のを止めるようにとの内容になっています。
ニューヨーク州地裁では、1983年にレバノンの首都ベイルートで
起きたアメリカ海兵隊司令部爆破テロ(241人死亡)で、イランの関与
を主張する遺族が賠償を求めて提訴しました。
2007年に、賠償を認める司法判決が下されましたが、イランは
賠償金を支払っていません。
今回のニューヨーク州地裁による指示は、その賠償を確実にする
ためのものです。
この指示に従わなければ、約26億ドル(およそ2000億円)の罰金
が科せられる可能性があるため、
三菱東京UFJ銀行は当面、資産を凍結し、決済を停止することを
決定しました。
ちなみに、2011年における、日本とイランの貿易総額は1兆1600
億円で、このうち、原油などの輸入が1兆273億円を占めます。
その決済の7〜8割が、三菱東京UFJ銀行にある、イラン政府の
口座で行われています。
当面の輸入代金は決済しているので影響は出ませんが、決済停止
の状態が長引けば、イラン産原油の輸入が滞る懸念もあります。
全国銀行協会の佐藤康博会長(みずほフィナンシャルグループ社長)
は、この日の記者会見で、
「金融の問題というよりも、わが国のエネルギー政策そのものに関わ
る重要な問題だ」と指摘し、
「窓口(決済口座)が開かなければ、イラン産原油の決済ができない
ので、とても大変な事態になる」と述べました。
(日本が輸入している原油全体に占める、イラン産原油の割合は、
2011年では8.8%になっています。)
また、JETRO(日本貿易振興機構)の豊永嘉隆テヘラン事務所長は、
「この事態がどれほど長期化するのかは不明だが、影響は計り知れな
い。原油輸入にも支障が出れば日本経済も圧迫されるだけに、早急な
解決策を探ってほしい」と話しています。
三菱東京UFJ銀行は5月16日の時点で、ニューヨーク州地裁の指示
が日本国内の資産にまで及んでいる点を不服として、異議を申し立てて
おり、すでに受理されています。
が、さらに今後は、財務、外務省、金融庁などと対応を協議することに
しています。
藤村修官房長官は、この日の記者会見で、「わが国への原油の安定
供給や正当な貿易取引に支障をきたさぬように、政府一丸となって適切
に対応したい」と述べ、対応策の検討を急ぐ考えを示しました。
なお、このたびのニューヨーク地裁の指示は、イラン制裁をめぐるアメ
リカの「国防権限法」とは、関係がありません。
* * * * *
5月18日
IAEA(国際原子力機関)は、天野事務局長が5月20日に、イランの
テヘランを訪問すると発表しました。
IAEAのトップがイランを訪問するのは異例のことで、5月21日に
ジャリリ最高安全保障委員会事務局長や、政府要人らと会談をする
予定です。
IAEAは、イラン側と「双方の関心事」について話し合うと説明してい
ます。
一方、イランのソルタニエIAEA大使は、「今回の訪問は、イランと
IAEAとの相互の協力と利益を実現するためのものだ。これによって、
来週バグダットで開かれるイランと欧米側との協議が、さらに前向きな
ものとなることを望んでいる」と述べています。
同日。
野田首相は、G8(主要8ヶ国)首脳会議に先立って、アメリカ ワシン
トン郊外のキャンプデービッドで、EU(欧州連合)の首脳と会談をしま
した。
EU側は、ファンロンパイ大統領、バローゾ欧州委員長らが出席し、
欧州経済の安定には、日欧の協力が不可欠という認識で一致しました。
また野田首相は、EU内の保険会社がイランとの原油取引に絡む
再保険の提供を禁じるイラン向け制裁について、
「例外措置の延長などの配慮に期待する」と述べ、6月末まで猶予する
ことになっている賠償責任保険を、7月以降も延長するように求めました。
しかしながら、バローゾ委員長は、「7月1日までに、延長について
レビュー(見直し)を行う」としながらも、
「EU加盟国にも苦しみながら制裁を実施している国もある」と慎重姿勢
をにじませ、難色を示しました。
* * * * *
5月19日。
G8(主要8ヶ国)首脳会議が、2日間の日程を終え、首脳宣言を採択
して閉幕しました。
それによると、核兵器の開発が懸念されるイランについて、G8の首脳
はイランへの圧力を維持すると表明しました。
しかし、今後数ヶ月のうちに実施される、アメリカの新たな対イラン制裁
や、EU(欧州連合)のイラン産原油禁輸措置によって、世界の原油供給
がさらに混乱する可能性があることを認めました。
G8は首脳宣言で、原油の供給不安は世界経済の成長に大きな支障を
きたすおそれがあると指摘し、「次の数ヶ月で、原油の供給不安が需要が
一段と増す可能性がある」と警告しています。
その上で、「今後の値動きを注意深く見守り、IEA(国際エネルギー機関)
にたいして、十分かつ適切なタイミングで原油の供給が行われるよう呼び
かける用意がある」として、
イランなどの中東情勢を念頭にして、原油価格がさらに高騰した場合は、
有事に備えて備蓄している石油の放出を迅速に行うよう求める準備が
あると強調しています。
アメリカ・ホワイトハウスの高官によると、G8がIEAにたいして具体的な
行動を求める声明を出すのは初めてのことで、
「原油の供給不安を生じさせないというG8の強力なメッセージを、市場
関係者やイラン政府に送るものだ」としています。
* * * * *
5月20日。
ロシアのリャブコフ外務次官は、「西側諸国の一部が、イランへの武力
行使を検討している」と述べました。
リャブコフ次官は、G8(主要8ヶ国)首脳会議からの帰国途中、記者団
にたいして、
「多様な筋からの多様なシグナルの1つとして、(対イラン)武力攻撃が
現実的かつ可能性のある選択肢として、検討されていることが示されて
いる」と発言しました。
「われわれは、公の筋からも情報筋からも、この(軍事)オプションが、
いくつかの国で、この状況(現在の状況)におけるより適切な選択肢として、
検討されているとのシグナルを受けとっている」と語っています。
さらに、「われわれは、このことを強く懸念している。同地域と世界が新た
な分裂と激しい政治論争に陥ることは望まない」と述べました。
ロシアは、イランを脅迫しても核兵器開発を助長するだけだとして、西側
諸国にたいし、イランへの攻撃を行わないように強く求めています。
* * * * *
以上、5月10日〜20日までの動きについて見てきました。
アメリカの「国防権限法」による制裁対象から、日本が除外されて、
すこし一安心できると思っていたら、
まったく別の話として、ニューヨーク州地裁から指示が出され、
三菱東京UFJ銀行は、イラン政府の口座を一時的に凍結し、原油
取引の決済が停止する事態になってしまいました。
この問題についての、最新の情報(5月25日の時点)によると、
訴訟の原告(テロによる死亡者の遺族)が、裁判の場を州地裁から
連邦地裁に移すように要請しました。
これを受けて連邦地裁は、「アメリカ国外の資産に対する差し押さえ
命令は無効」として、州地裁の凍結命令を覆(くつがえ)しました。
さらに、それを受けて、三菱東京UFJ銀行は、資産凍結措置を解除
し、一時停止していたイラン向けの決済取引を再開しています。
このように、ひとまず「最悪の事態」は回避されました。
しかしながら、訴訟の原告が、上級裁判所に控訴する可能性も残され
ており、
「この問題は、完全に解決したわけではない」というのが、いま現在の
状況です。
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