ホルムズ海峡が封鎖? その14
2012年5月13日 寺岡克哉
前々回に引きつづき、イラン情勢をめぐる世界の動きについて、見て
行きたいと思います。
いま現在のところ、直ちに軍事行動が勃発するという、切迫した状況
ではないように思います。
しかしながら、イランとイラクの関係が緊密化し、中東における勢力
バランスが、大きく変わろうとしています。
このため、派手に目立った動きはありませんが、大局的には緊張度が
高まっており、まだまだ目が離せない状況が続きそうです。
* * * * *
4月25日。
ロシアのリャブコフ外務次官は、4月14日にトルコで開催された、
イランと6ヶ国(国連安保理常任理事国+ドイツ)の核協議で、
ロシアが提示した打開案に、双方が関心を示したことを明らかに
しました。
その提案とは、まずイランがウラン濃縮のための遠心分離機の数を
これ以上増やさず、遠心分離機の使用について制限を設けます。
それを受けてEU(欧州連合)は、7月1日から実施予定になっている、
イラン産原油の禁輸措置を見直すというものです。
同4月25日。
イランの、サジャディ駐ロシア大使は、モスクワ大使館で記者のイン
タビューに応じ、
「われわれは、この提案(上記のロシア打開案)を検討し、どのよう
な根拠に基づいたものなのかを、はっきりさせる必要がある」と語って、
イランがロシアの提案を検討していることを明らかにしました。
その一方で、サジャディ大使は、イランが原子力エネルギーを生産
する権利を「確実に維持する」とも述べています。
しかしながら同大使は、IAEA(国際原子力機関)の追加議定書を、
批准する可能性があるとも言及しています。
この追加議定書を批准すれば、核施設への抜き打ち検査ができる
ようになり、イランにおける核開発の透明性が格段に高まります。
イランの指導部は、これまで強気の姿勢をつづけてきましたが、欧米
による経済制裁で外貨収入が減り、物価高が急速に進行しています。
イランの最高指導者ハメネイ師も、制裁の影響を暗に認めており、
制裁緩和の必要性を指摘する声が、イラン国内で強まっているものと
みられます。
同日。
イスラエル軍トップの、ガンツ参謀総長は、イランが核兵器製造を決断
することは無いとの見解を示しました。
ガンツ参謀総長は、「イランが核兵器の製造を決断できる地点に一歩
ずつ近づいているが、さらに進むかどうかは決めていない」と述べ、
その上で、「イランの指導部は極めて合理的な人々で構成されている」
として、イランが核兵器製造に踏み切ることはないとの考えを示しました。
核兵器製造の意思がないとする根拠については、「核関連施設が外国
軍の攻撃に耐えられないというイラン自身の見立てや、経済制裁が効き
始めたことだ」と説明しています。
その一方で、「(イスラエルは)最終手段としての軍事攻撃の準備を
進めている」とも語りました。
ちなみに、イスラエルのネタニヤフ首相は先週の演説で、「イランは核
兵器の開発にいそしんでいる」と述べており、ガンツ参謀総長との見解
の相違が、浮き彫りになった形です。
* * * * *
4月27日。
イスラエル国内治安機関「シャバク」の、ディスキン前長官は、中部
のクファルサバで講演し、
イランの核施設攻撃を辞さない構えを取る、ネタニヤフ首相とバラ
ク国防相について、「国民を誤った方向に導いている」と避難しました。
ディスキン前長官は、「多くの専門家は、攻撃がイランの核開発を
加速させると指摘している」と強調しています。
さらには、「私は首相も国防相も信頼していない」と語っています。
* * * * *
4月29日。
イスラエルの諜報機関「モサド」の、ダガン前長官は、ニューヨーク
での会合で、ディスキン氏への支持を表明しました。
イランの核問題は、「国際社会で解決しなければならない」と述べ、
イランへの単独攻撃さえも示唆している、イスラエル政府に釘をさし
ました。
* * * * *
4月30日。
イスラエル政府が、「イランへの軍事攻撃も辞さない」としていることに
ついて、
イスラエル国内では、治安機関の前のトップや、諜報機関「モサド」の
前長官から、
「イランの核兵器開発を促進させるだけだ」とか、「惨事を招きかねな
い」といった理由から、慎重論が出ています
これに対して、軍事攻撃の決定に重要な役割を果たす、イスラエルの
バラク国防相は、
「こうした人々は、イランが核兵器開発をしている疑いがあるとする、
国際機関の報告などを無視している」と述べて、慎重論を厳しく批判し
ました。
その上で、「国防相としては脅威を無視するわけにはいかない」と述べ
て、イランが核開発をやめない場合には、軍事攻撃もありうるという考え
を改めて強調しました。
同日。
NPT(核拡散防止条約)再検討会議の準備委員会が、オーストリアの
ウィーンで開幕しました。
2010年に開かれた同会議による、合意事項の履行状況を確認し、
2015年に開催される予定の、次回会議の成功にむけて、意見調整
をするのが目的です。
イランが準備委員会の議事進行を妨げなかったため、予定通りに、
「核軍縮」から本格的な討議に入ることが決まりました。
(かつての準備委員会では、イランが議事進行を妨げて、議論がほと
んど出来なかった経緯があります。)
またイランは、IAEA(国際原子力機関)との協議も再開する方針で、
核開発への強硬姿勢を、一部修正した可能性があります。
今回の準備委員会の会期は5月11までで、8日にはイランの核問題
や、中東の非核地帯構想について、討議する予定になっています。
このため出席者からは、「イランの(核開発への)強硬姿勢が、本当に
変化したかどうかは、8日の討議結果を見て判断したい」という声も出て
います。
同日。
北朝鮮の、崔泰福 最高人民会議議長は、同国駐在のイラン大使が
主催した宴会であいさつし、
「イランに対する敵対勢力のいかなる制裁と軍事的威嚇も断固排撃し、
核の平和利用の権利を守るためのイラン政府、人民の戦いを指示する」
と述べました。
この宴会は、故金日成主席誕生100年の祝賀行事として行われた
ものです。
イラン側は、「国の自主権を守り、祖国を統一するための朝鮮人民の
戦いを引き続き支持する」と表明しました。
* * * * *
5月1日。
イラン外務省のメフマンパラスト報道官は、IAEA(国際原子力機関)
との協議が、5月14日と15日に、オーストリアのウィーンで行われると
述べました。
同報道官は、「IAEAが抱える誤解を取り除くこと」などが、協議の目的
だと説明しています。
また、この協議の結果は、5月23日にイラクの首都バクダットで行わ
れる、欧米6ヶ国とイランとの核協議に、「大きく影響する」と語りました。
同日。
アメリカのオバマ大統領は、イランやシリアが、外国の企業や外国人
を隠れみのに制裁を逃れ、資金集めをしているとして、
こうした企業や外国人を、アメリカ市場から事実上、締め出すという
追加制裁を発動しました。
アメリカ財務相は、「イランやシリアは、われわれの監視の目が届き
にくい外国の小規模な企業や外国人との取り引きを隠れみのにして
制裁を逃れ、資金集めを行っている実態がある」と指摘しています。
こうした企業や外国人は、アメリカ政府による資産凍結の対象には
ならないものの、アメリカの銀行との取引が禁じられるということで、
事実上、アメリカの市場から締め出されることになります。
同日。
南アジアや、中東を歴訪中の玄場外相は、イスラエルのリーベル
マン外相と、エルサレムで会談をしました。
会談で玄場外相は、イランについて「国際社会が前例のない圧力
をかけており、一定の成果を上げている」という認識を説明した上で、
「軍事オプションはイランの核開発に口実を与える」として、イスラエ
ルが単独攻撃に踏み切らないように求めました。
これに対してリーベルマン外相は、イスラエルを守るのは自分たち
だけだと強調し、
「すべてのオプションがテーブルの上にある」と述べて、軍事攻撃を
排除しない姿勢を示しました。
また玄場外相は、停滞しているパレスチナ自治政府との中東和平
交渉に関し、
「国際社会の努力に逆行する」として、占有地でのユダヤ人入植活動
の全面凍結を要請しました。
さらには、日本が主導して進めるヨルダン川西岸での農業、産業開発
構想への協力を求めました。
これに対してリーベルマン外相は、「パレスチナ側が事実上分裂して
いる状況で、直接交渉できないでいる」などと説明し、イスラエルの安全
確保が最も重要であるとの認識を、重ねて示しました。
この日、玄場外相は、イスラエルのネタニヤフ首相とも会談をしました。
この会談で玄場外相は、イランの核開発は国際社会の圧力と対話
による解決が重要だと強調し、軍事的な対応を自制するように要請しま
した。
これに対してネタニヤフ首相は、「イランの核保有を認めると石油市場
はもっと大変なことになる。戦争は望まない」と述べています。
また、玄場外相が「訪日」を招請したところ、ネタニヤフ首相は「喜んで
伺いたい」と応じました。
* * * * *
5月3日。
国連安保理の常任理事国(アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、
中国)の5ヶ国は、
イランおよび北朝鮮の核問題について、打開を促す内容の共同声明
を発表しました。
イランに関する声明では、イランとの協議が外交的解決につながる
確固としたステップに結びつくことに期待を示し、イランにたいして、IAEA
(国際原子力機関)の査察を、直ちに受け入れるように求めました。
北朝鮮については、新たな核実験を実施しないように要請し、「(北朝
鮮に)核実験など、地域の安全保障上の深刻な懸念につながる、さら
なる行動を控えるように求める」と、表明しています。
同日。
イスラエル紙のハーレツは、国会(定数120)を解散し、2013年の
10月に予定されている総選挙を前倒して実施することで、与野党が
合意したと報道しました。
総選挙に突入すれば、イスラエルによるイラン攻撃の判断が先送り
される可能性があります。
また、停滞している中東和平交渉の早期再開が、困難になる可能性
もあります。
* * * * *
5月4日。
イラン国会議員選挙(定数290)の、再投票が行われました。
3月の第1回投票で、法定得票数に達しなかったために、当選者が
決まらなかった65議席をめぐって、130人が立候補しました。
再投票においても、アフマディネジャド大統領の経済運営を批判する
「反大統領派」が、優勢とみられています。
ちなみに第1回の投票では、反大統領派が7割以上、大統領派は
2割弱、改革派や無所属が1割を占めました。
* * * * *
5月5日。
イランの複数の地方メディアによると、再投票が行われた国会議員
選挙の、開票の結果、
最高指導者ハメネイ師を後ろ盾とする強硬な勢力が、7割以上の
議席を得て圧勝しました。
一方、ハメネイ師との確執が伝えられる、アフマディネジャド大統領
の支持派は、大幅に議席を減らしました。
アフマディネジャド大統領の政敵である、ラリジャニ国会議長は、
「選挙は大成功を収めた」と、選挙結果をたたえています。
* * * * *
5月6日。
イスラエルのネタニヤフ首相は、与党リクードの会合で演説し、
「政治的安定の実現のために、4ヶ月間の短い選挙期間を設けること
が望ましい」と述べ、
来年の10月に予定されていた総選挙を前倒しして、今年の9月にも
実施する方針を明らかにしました。
イスラエル議会は、定数が120議席で、地元メディアの世論調査に
よると、与党リクードが議席を伸ばすとされており、ネタニヤフ首相の
再選が有力視されています。
ネタニヤフ首相が総選挙の前倒しを決めた背景には、世論調査での
支持率が高いことに加えて、
今年の11月に行われるアメリカ大統領で、オバマ大統領が再選され
た場合、イラン核施設への軍事攻撃や、中東和平交渉などで譲歩を
迫られ、
イスラエル国内での立場が悪化するのを前に、選挙を行いたいとする
狙いがあるものとみられます。
* * * * *
5月7日。
イスラエル政府は、来年の10月に予定されていた総選挙を、今年
の9月に前倒して実施することを、閣議決定しました。
近く国会で、正式決定します。
再選が有力視される、ネタニヤフ首相の続投が決まれば、イラン
への強硬姿勢が信任されたとみなして、欧米諸国に対イラン圧力の
強化を迫るものとみられます。
また、パレスチナ和平交渉も、凍結状態が避けられない状況になり
そうです。
アメリカのオバマ大統領は、イランへの軍事攻撃も辞さないとする
ネタニヤフ首相にたいして、自制を求めていますが、
オバマ大統領自身も、今年の11月に大統領選を控えており、ユダ
ヤ人の票を獲得するために、イスラエルの反発は避けたい立場です。
ネタニヤフ首相は、オバマ大統領が動きにくい間に総選挙を行う
ことで、「地歩固め」を図ろうとしていると言うのが、有力な見方です。
* * * * *
5月8日。
イスラエルのネタニヤフ首相は、イスラエル議会の解散と、総選挙を
表明していましたが、
それを一転させて、最大野党の中道「カディマ」のモファズ党首と、
大連立政権を樹立することで、合意したと発表しました。
これにより、イスラエル議会の定数120のうち、94議席を占有する、
過去最大の連立政権が発足します。
解散はせず、ネタニヤフ首相は、議会の任期が満了する来年の10月
まで、安定した政権運営ができるようになりました。
ちなみに世論調査では、早期選挙で与党のリクードが伸長し、野党
第1党のカディマが、大敗する情勢となっていました。
危機感を抱いたカディマが、8日未明の協議で、連立に合意したという
ことです。
ネタニヤフ首相は、「イラン問題は重要課題の一つ」と語っており、
今回の大連立合意で、イラン攻撃の決定権がこれまで以上に、同首相
の手に委ねられる可能性があります。
同日。
駐UAE(アラブ首長国連邦)のイラン大使は、イランが中国に「輸出」
している原油の一部について、人民元建てで決済を認めていることを
明らかにしました。
また同大使は、イランが中国から「輸入」する物品やサービスにも、
人民元を利用していることを認めています。
同日。
インドを訪問しているアメリカのクリントン国務長官は、インドの
クリシュナ外相と会談し、イランからの原油輸入量をさらに削減する
ように要請しました。
クリントン国務長官は、会談後の記者会見で、「イランを交渉の
テーブルに引き戻す最善の方法は、国際社会が団結して圧力をかけ
続けることだ」と明言しました。
アメリカ政府は、イラン中央銀行と取引のある外国金融機関にたい
して、
アメリカの銀行との取引を制限する追加制裁(国防権限法の適用)
に、近く踏み切る方針です。
クリントン国務長官の発言は、イラン中央銀行と取引をつづける
インド政府への、圧力とも受け取れます。
* * * * *
以上、4月25日〜5月8日までの動きについて見てきました。
イラン国会議員選挙の再投票でも、最高指導者ハメネイ師を後ろ盾
とする、「強硬派」が圧勝しました。
一方、イスラエルでは、大連立政権が樹立することになり、「強硬派」
のネタニヤフ首相が、安定政権を手にします。
これらのことから、
表面的には、イランもイスラエルも、いろいろと軟調路線が見えるの
ですが、
本質的というか、根深いところでは、イランとイスラエルの緊張対立が、
さらに増してきたように思います。
目次へ トップページへ