ほんの少しの思いやり    2003年2月16日 寺岡克哉


 私は、今の日本の社会でいちばん不足しているのは、「ほんの少しの思いやり」
のように思っています。
 学校でのいじめや不登校、ひきこもり、リストラを苦にしての自殺、過労死や過労
自殺、DVや幼児虐待など・・・。
 現代の日本でこのようなことが起こるのは、他人に対する「ほんの少しの思いやり」
というものが、社会全体を通して欠如しているからだと思うのです。

 いじめや不登校、ひきこもりの問題も、無視することの出来ない大きな問題です。
が、しかし、それよりもさらに私が悲惨に感じるのは、中高年の多くの男性が「死の
苦しみ」に追いやられていることです。
 会社の倒産やリストラを苦にしての自殺、あるいはサービス残業や休日出勤など
の過剰労働で、過労死や過労自殺に追いやられる人が後を絶ちません。
 また、親から虐待を受けて幼児が殺されたり、食事を与えられずに餓死させられ
たり・・・ まさに、発展途上国における難民の、行き倒れや餓死にも匹敵するほど
の苦しみと悲惨さです。
 これらの全てに共通する原因は、「ほんの少しの思いやり」が欠如していることで
す。本当に、本当に、「ほんの少し」の思いやりで良いのです。

 いじめの問題は、みんなでよってたかって一人だけを攻撃すれば、ターゲットにさ
れたその一人は「たまったものではない」ことを、みんなが気がつけば良いのです。
 そしてみんなが、ほんの少しだけ勇気を持って、「いじめは悪いことだからやめよ
う!」と、口々に出し合えば良いのです。これは、大人の社会に存在するいじめの
場合でも同様です。
 いじめられている人に対して、みんなが「ほんの少しの思いやり」を持てば、いじ
めの問題は解決するのです。

 リストラと過労死の問題は、給料が少し減ったとしても、みんなで仕事を分かち
合えば良いのです。そうすれば、リストラも過労死も起こりません。
 少数の人間が仕事を独り占めにしようとするからリストラが起こり、そのしわ寄せ
で会社に残った人間の仕事が増えるのです。
 会社の方針だから仕方の無いところもあるかも知れませんが、「他人がリストラ
に合っても、自分が会社に残りさえすればよい!」という全体的な雰囲気が、会社
側にうまく利用されているのではないでしょうか?
 リストラが横行する前でも、サービス残業や休日出勤があったのに、さらに人手
を減らせば、過労死や過労自殺が起こるのも無理はありません。(微々たるもの
とはいえ、日本はまだ経済成長を続けているので、仕事の全体量は減っていない
はずです。)
 みんなが、少し給料が減るのを我慢して仕事を分け合えば、全員が楽に、しかも
幸福になれるのです。
 そして、仕事を失ってしまった人達に対しては、社会的な偏見を捨てて暖かい眼
差しを向けなければなりません。
 高度経済成長期の日本人(団塊の世代の人々)は、まじめに一生懸命に働く一
方で、仕事を失った人たちに対しては、「落ちこぼれ」とか「人間失格」というような
偏見が、かなり強いのではないでしょうか?
 社会的な規格(学歴や職歴)からはずれた人間を、容赦なく切り捨てるような冷酷
さはないでしょうか?
 そのような偏見や冷酷さが、今度は自分の身に降りかかって来るのです。自分自
身がそのような偏見や冷酷さを持っているから、仕事を失うぐらいなら過労死や過
労自殺をするまで働いてしまうし、リストラによる自殺も起こるのではないでしょうか?
 社会的な弱者に対して、自分自身が「ほんの少しの思いやり」を持てば、逆に、自
分自身がそこまで追い詰められることも、無くなるのではないでしょうか?

 幼児虐待の問題でも、子供が暴行を受けて痛さを感じているということと、自分
の子供が「死の苦しみ」に追いやられていることに、親自身が気がつけば良いこと
です。
 つまり、「自分の子供が可愛そうだ!」という、「ほんの少しの思いやり」を持てば、
解決することなのです。

 これらのことは、そんなに難しいことではないはずです。
 例えば、イスラエルとパレスチナなどの問題で、「憎しみの連鎖から平和はやって
こない!」と、よく言われることがあります。
 しかしこれは、「自分の家族や友人を殺した相手を赦しなさい!」と、言っているの
です。大変に難しく、とても精神的な努力の必要なことです。
 もしも私がそのような状況にいたならば、「敵を赦しなさい!」などといわれても、本
当に出来るかどうか、とても自信がありません。
 それに比べれば、日本人の一人一人が、そのような精神的な努力の百分の一でも
行えば、いじめや過労死や幼児虐待の問題など、解決してしまうのではないでしょう
か?

 現代の日本に不足しているのは、他人に対する「ほんの少しの思いやり」です。
 この、「ほんの少しの思いやり」は、水や空気のようなものです。
 水や空気が十分にあると、その有難さをあまり感じません。しかし水や空気が少
しでも不足すれば、地獄の苦しみです。そして水や空気が全く無くなれば、生命が
維持できずに死んでしまいます。
 「ほんの少しの思いやり」も同様です。「ほんの少しの思いやり」に満たされている
時は、その有難さを感じることが出来ません。
 しかしそれが不足すれば、地獄のような苦しみを感じます。そして、「ほんの少し
の思いやり」が全く無くなれば、生きることが出来なくなって死んでしまうのです。

 今の日本は、戦争状態にある訳ではありません。餓死者や凍死者が出るほど、
食料や生活物資が不足している訳でもありません。
 今の日本に不足しているのは、「ほんの少しの思いやり」なのです。
 本当に、本当に、それがほんの少しでもあれば、日本の場合は、大勢の人
の命が助かるのです。




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