1670万テラベクレルは妥当か?
2011年11月20日 寺岡克哉
前回では、ノルウェー大気研究所が、
福島第1原発の事故による「キセノン133」の放出量を、
「1670万テラベクレル」と発表したことについて、レポート
しました。
ところで、この「1670万テラベクレル」というのは、
チェルノブイリ原発事故によって放出された、キセノン、ヨウ素、
セシウム・・・ その他おもな放射性物質の、すべてを合計した
総量である、
1365万テラベクレルよりも、大きな値になっています。
つまり、
福島第1原発の事故による、キセノン133の放出量は、
チェルノブイリ原発事故によって放出された、「放射性
物質の総量」を、
超えているのです!
今回は、それが本当かどうかについて、すこし考えてみたい
と思いました。
具体的には、
まず、チェルノブイリ原発事故についての、近年までに得られ
ている分析結果を確認し、
つぎに、ノルウェー大気研究所による1670万テラベクレルと
いう値が、妥当かどうかについて検討したいと思います。
* * * * *
さっそくですが、下の表は、
近年(2006年ころ)までに得られている、チェルノブイリ原発
事故についての分析結果です。
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チェルノブイリ事故で放出された主な放射性核種
核種 半減期 放出量(テラベクレル)
クリプトン85 10.72年 33000
キセノン133 5.25日 6500000
テルル129m 33.6日 240000
テルル132 3.26日 〜1150000
ヨウ素131 8.04日 〜1760000
ヨウ素133 20.8時間 2500000
セシウム134 2.06年 〜47000
セシウム136 13.1日 36000
セシウム137 30.0年 85000
ストロンチウム89 50.5日 〜115000
ストロンチウム90 29.12年 〜10000
ルテニウム103 39.3日 >168000
ルテニウム106 368日 >73000
バリウム140 12.7日 240000
ジルコニウム95 64.0日 84000
モリブデン99 2.75日 >72000
セリウム141 32.5日 84000
セリウム144 284日 〜50000
ネプツニウム239 2.35日 400000
プルトニウム238 87.74年 15
プルトニウム239 24065年 13
プルトニウム240 6537年 18
プルトニウム241 14.4年 〜2600
プルトニウム242 376000年 0.04
キュリウム242 18.1年 〜400
合計 13650046.04
※参照 原子力百科事典 ATOMICA
「チェルノブイリ事故による放射線影響と健康障害 (09−03
−01−12) 2006年8月更新 の表1」
※ただし数値の単位を、ペタベクレル(1015ベクレル)から、
テラベクレル(1012ベクレル)に変えました。
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まず、この表のデータから、
チェルノブイリ原発事故によって放出された、放射性物質
の総量が、
およそ「1365万テラベクレル」であることが確認できました。
* * * * *
つぎに、
ノルウェー大気研究所が発表した、1670万テラベクレル
という数値が、
妥当かどうかについて、すこし検討してみましょう。
これについては、イギリスの総合学術雑誌「ネイチャー」に、
ノルウェー大気研究所の発表にたいする、解説記事が載っ
ていましたので、それを参考にしたいと思います。
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※参考文献
Nature 478,435−436 (2011年10月27日号)
「放射性物質はどのくらい放出された? Geoff Brumfiel 」
三枝 小夜子 翻訳
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この記事によると、
研究チームのリーダーである、ノルウェー大気研究所の
大気科学者、Andreas Stohl さんは、
これまで行われてきた、福島第1原発から放出された、
放射性物質の量についての調査研究のなかで、
最も包括的なものであると自負しています。
原発事故による、放射性物質の放出過程の再現は、
日本国内をはじめ、世界各地にある数十ヶ所の、「放射性
核種モニタリングステーション」から得られた、
(実際の)「観測データ」に基づいて行われました。
これらの、モニタリングステーションの多くは、
「包括的核実験禁止条約機構」が、核実験の監視のため
に運用している、
世界的規模のネットワークに属しています。
さらに、それらの観測データに、
日本、カナダ、ヨーロッパの、(包括的核実験禁止条約
機構から)独立した、
観測ステーションのデータも、付け加えました。
そしてさらに、それらすべての観測データと、
ヨーロッパとアメリカが保管している、「広域気象データ」を
組み合わせることにより、
放射性物質の放出量が分析されています。
つまり、私が思うには、
世界各地における、風によって運ばれてきた放射性物質
の測定値と、
それが運ばれて来るまでに、地球規模における風の状態
から、どのように拡散して薄まったのかを分析して、
もともと放出された量(つまり福島第1原発から放出された
量)を、求めたのでしょう。
ただし、この研究のリーダーである Stohl さんは、
自分たちの分析は、完全にはほど遠いものだとして、
注意を促しています。
というのは、
原発事故発生直後の測定データが、非常に少ない上に、
一部のモニタリングポストは、放射線量が高すぎて、信頼
できるデータが得られなかったからです。
しかし、それでも、
この研究は、福島第1原発の事故を、全般的に調査して
いるのは確かで、
スウェーデン防衛研究所の、大気モデルの専門家である、
Lars−Erik De Geer さん(この研究には関与していない
客観的な第3者)は、
「非常に価値のある成果です」
「Stohl らは真に地球規模の視点から、現在入手できる
かぎりのデータを利用して分析しています」
と、コメントしています。
* * * * *
ところで、
今年の6月に、日本の原子力安全・保安院は、
キセノン133の放出量を、1100万テラベクレルだと、
発表しています。
一方、それに比べて、
ノルウェー大気研究所の発表は、1670万テラベクレルと、
ずいぶん大きな値になっています。
これに対して、研究リーダーの Stohl さんは、
「自分たちの分析結果が、日本政府の発表と食い違っている
のは、このたびの調査において、より多くのデータを使用した
ことが1つの原因である」
と、言っています。
日本政府(原子力安全・保安院)が行った分析の、基礎と
なったデータは、
おもに、日本国内のモニタリングポストによるものであり、
風に乗って太平洋を超え、北アメリカやヨーロッパに到達
した膨大な量の放射性物質については、
まったく考慮されていないのです。
私は思うのですが・・・
日本の原子力安全・保安院は、つねに過小評価をしてきた
という「前科」が、何犯もあります。
たとえば、
事故の大きさの評価を、当初は「レベル4」だと発表したこと。
(後にレベル7に訂正。)
大気中に放出された放射性物質の量を、37万テラベクレル
と発表したこと。(後に77万テラベクレルに訂正。)
原子炉のメルトダウンは、起こっていないと言ってきたこと。
(後に、事故発生から5時間後にメルトダウンが起こっていた
と訂正。)
これらの「前科」を、今いちど思い出して起こしてみると、
どうしても、ノルウェー大気研究所による発表の方が、
「より正しい値」なのではないかと、思えてなりません。
* * * * *
ところでまた、
福島第1原発の事故によるキセノン133の放出量、1670万
テラベクレルというのは、
チェルノブイリ原発事故で放出された放射性物質の総量、
1400万テラベクレル(上の表で示したように、詳しくは1365万
テラベクレル)よりも多くなっています。
これに関して、
スウェーデン防衛研究所の De Geer さんは、
「チェルノブイリでは爆発した原子炉が1機であったのに対し
て、福島の事故では3機も水素爆発したことで説明できる」
と、言っています。
* * * * *
以上、ここまで、
「キセノン133の放出量」を検討してきて、いま私が思って
いることですが・・・
福島第1原発で、あのような大惨事が起こったにもかか
わらず、
いま現在、日本各地の原発は、「再稼動」に向けて動き
出しています。
しかしながら、
チェルノブイリ事故を凌駕(りょうが)するような、ものすごく
大量のキセノン133を放出したことが、
もしも、日本国民にひろく知れ渡ったならば、
国の方針を、「脱原発」に変えざるを得なくなるほどのパワー
になるのではないかと、私は感じています。
おそらく、そのためではないかと、私は勘繰(かんぐ)って
いるのですが、
(原子力安全・保安院が、キセノン133の放出量を1100万
テラベクレルと発表したときもそうですが)、
テレビや新聞などの、大手のマスコミは、
あまりにも異常で不可解なほど、キセノン133の放出量に
ついて報道しません。
(事故発生から5時間後に、メルトダウンを起こしていたこと
でさえ、報道したのにです。)
おそらく、キセノン133の放出量については、
そうとうに厳しい報道管制が、敷(し)かれているのではない
かと、
私には思えてなりません。
テレビや新聞などの、大手のマスコミが報道しない
(おそらく報道できない)からこそ、
インターネットによる草の根的な、「情報の共有と拡散」
が、ものすごく大切であることを、
ますます確信してきた次第です。
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