キセノンが1100万テラベクレル!
2011年9月25日 寺岡克哉
原子力安全・保安院は、
福島の原発事故によって、大気中に放出された放射性物質
の量を、6月6日に上方修正し、
77万テラベクレルであるとしました。(テラは1012で、兆と
いう意味。)
ところが!
実際に放出されたのは、決して、そんなていどの少ない量
ではありませんでした。
じつは、1100万テラベクレルもの「キセノン133」が、
大気中に放出されていたのです!
* * * * *
さっそくですが、下の表は、
原子力安全・保安院の、平成23年8月26日付けニュースリリース
に添付されている、「別表1」に載っていた数値です。
ケタ数の大きさが実感してもらえるように、指数表示でない数字
(ゼロがたくさんある数値)も、あわせて記しました。
なお、このデータの元を、さらに辿(たど)ると、
平成23年6月6日付け原子力安全・保安院の、「東京電力株式
会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、2号機及び3号
機の炉心の状態に関する評価について (13ページ目)」
という資料にまで、遡(さかのぼ)ります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
核種 3月11〜16日までに大気中へ放出した量(ベクレル)
キセノン133 1.1×1019 11000000000000000000
セシウム134 1.8×1016 18000000000000000
セシウム137 1.5×1016 15000000000000000
ストロンチウム89 2.0×1015 2000000000000000
ストロンチウム90 1.4×1014 140000000000000
バリウム140 3.2×1015 3200000000000000
テルル127m 1.1×1015 1100000000000000
テルル129m 3.3×1015 3300000000000000
テルル131m 9.7×1013 97000000000000
テルル132 7.6×1014 760000000000000
ルテニウム103 7.5×109 7500000000
ルテニウム106 2.1×109 2100000000
ジルコニウム95 1.7×1013 17000000000000
セリウム141 1.8×1013 18000000000000
セリウム144 1.1×1013 11000000000000
ネプツニウム239 7.6×1013 76000000000000
プルトニウム238 1.9×1010 19000000000
プルトニウム239 3.2×109 3200000000
プルトニウム240 3.2×109 3200000000
プルトニウム241 1.2×1012 1200000000000
イットリウム91 3.4×1012 3400000000000
プラセオジム143 4.1×1012 4100000000000
ネオジム147 1.6×1012 1600000000000
キュリウム242 1.0×1011 100000000000
ヨウ素131 1.6×1017 160000000000000000
ヨウ素132 4.7×1014 470000000000000
ヨウ素133 6.8×1014 680000000000000
ヨウ素135 6.3×1014 630000000000000
アンチモン127 6.4×1015 6400000000000000
アンチモン129 1.6×1014 160000000000000
モリブデン99 8.8×107 88000000
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私は最初、このデータを見たとき、
「やはり、プルトニウムも大気中に放出されていた!」
と、つよく感じました。
プルトニウムの放出について、マスコミでは全く報道されない
ので、
この資料にたどり着いてはじめて、プルトニウムの放出が、
公的に認められていたことを知ったからです。
そしてまた、
「プルトニウムが放出されているのに、なぜウランは放出され
ていないのか?」
という疑問も、湧き起こりました。
ところが、しばらくして(恥ずかしながら、資料を手に入れて何日
も経ってから)、
数値の指数部をよく見ると、キセノン133のデータが「1019」
になっていることに、気がついたのです。
1.1×1019といえば、1100万テラベクレル(テラは1012
で「兆」という意味)にもなります。
福島の原発事故による、放射性物質の放出量としては、
今まで見たことも無かったような、とても大きな数値だった
ので、
私は、ものすごく驚きました!
* * * * *
こんなに莫大な量の、「キセノン133」が放出されたのに、
「人体への危険」は、なかったのでしょうか?
たとえば、
日本保険物理学会の、暮らしの放射線Q&A活動委員会に
よると、
キセノン133やクリプトン85は、希ガス(不活性ガス)と呼ば
れており、
これらの放射性物質を体内に取り込んでも、組織に沈着する
ことはなく、
内部被曝について心配する必要は、ないとしています。
それに加えて、
キセノン133の半減期は、5.243日と短いので、
いま現在ではもう、その放射能は、ほとんど残っていないで
しょう。
しかしながら・・・
キセノン133が大量に放出されたとき(事故発生から
24時間後)に、
とてもたくさんの人々が、相当の「外部被曝」を受けて
しまったことは、
絶対に間違いないのです!
* * * * *
それにしても、なぜ、
キセノン133が、1100万テラベクレルも大気中に放出
していたのに、
原子力安全・保安院は、77万テラベクレルしか放出して
いないと、発表したのでしょう?
それは恐らく、原子力安全・保安院が、
国際原子力事象評価尺度(INES: International Nuclear
Event Scale)に、
従った計算をしているからです。
INES(国際原子力事象評価尺度)とは、
国際原子力機関(IAEA)および、経済協力開発機構の原子力
機関(OECD/NEA)が決めたもので、
原子力施設の事故やトラブルについて、どれくらい深刻なのか
を、簡明に表現するための指標です。
「深刻さ」のランクは、レベル0〜7の、8段階に分かれており、
福島第1原発の事故は、すでに広く知られていますように、
「レベル7」という最悪の評価です。
この、「レベル7」と認定される条件は、
「ヨウ素131等価」で、数万テラベクレル相当以上の、放射性
物質が放出された場合ですが、
これに該当するのは、過去において、チェルノブイリ原発事故
しかありません。
ところで、
その「ヨウ素131等価」というのが、キセノン133の場合は、
「曲者(くせもの)」になっていたのです。
INESユーザーズマニュアル(2008年版)によると、
大気中に放出された場合の、ヨウ素131等価の値を求める
ためには、
それぞれの核種の放出量に、以下のような倍率を掛けること
になっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヨウ素131等価の倍率 (大気中に放出された場合)
核種 倍率
アメリシウム241 8000
コバルト60 50
セシウム134 3
セシウム137 40
水素3 0.02
ヨウ素131 1
イリジウム192 2
マンガン54 4
モリブデン99 0.08
リン32 0.2
プルトニウム239 10000
ルテニウム106 6
ストロンチウム90 20
テルル132 0.3
ウラン235 1000
ウラン238 900
希ガス類 無視してよい(事実上 0)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
おそらく、
原子力安全・保安院が「77万テラベクレル」と発表したのは、
セシウム137と、ヨウ素131から求めた、「ヨウ素131等価」
の値なのでしょう。
たとえば、最初の表と、2番目の表(すぐ上の表)から、
セシウム137の放出量は1万5000テラベクレルなので、
ヨウ素131等価にするためには、それを40倍して、60万テラ
ベクレル。
また、ヨウ素131の放出量は、16万テラベクレルなので、
これらを合計すると、76万テラベクレル(※1)となり、原子力
安全・保安院の発表と、ほぼ同じ値になります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
※1
たとえば、これにセシウム134も加えると、18000×3=
54000テラベクレル増えて、合計で81万4000テラベクレル
になります。
なぜ、原子力安全・保安院が77万テラベクレルと発表した
のか、私にはよく分かりませんが、
おそらく、
チェルノブイリの放出量の、520万テラベクレルというのが、
セシウム137とヨウ素131から求めた、「ヨウ素131等価」の
値なので、それと比較するためかも知れません。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
話の本題にもどりまして、ふたたび上の表をみると、
希ガス類(キセノン133やクリプトン85など)は、無視
する(放出量に0を掛ける)ことになっているので、
いくら大量に放出しても、INES(国際原子力事象評価
尺度)では、
「放出量がゼロ」と評価されてしまいます。
(なぜINESでは、希ガス類を無視するのか、私には分かり
ません。)
しかしながら、とにかく、
キセノン133が、1100万テラベクレルも大気中に放出して
いたのに、
原子力安全・保安院が、77万テラベクレルと発表したのは、
以上のような理由に、よるものと思われます。
* * * * *
ところで!
いくらINESで、「希ガス類」の放出量が無視されても、
それが「放射性物質」であることは、まったく変わりません。
だから、
放射性の希ガス(つまりキセノン133)の、莫大な放出に
よって、
たくさんの人々が被曝してしまったことは、絶対に間違い
ないのです。
たとえば、
1986年8月にIAEAに提出された、ソ連政府の事故報告書
によると、
チェルノブイリの原発事故によって放出された「希ガス類」は、
185万テラベクレルとなっています。
そしてまた、
原子力安全・保安院の、平成23年4月12日付けニュース
リリースによると、
チェルノブイリ原発事故によって、大気中に放出された
ヨウ素131は、180万テラベクレル。
セシウム137は、8万5000テラベクレルとなっています。
これら、
希ガス類、ヨウ素131、セシウム137を単純に合計すると、
373万5000テラベクレルになります。
そして一方、
福島第1原発の事故によって、大気中に放出されたのは、
キセノン133が、1100万テラベクレル。
ヨウ素131が、16万テラベクレル。
セシウム137が、1万5000テラベクレルで、
これらを単純に合計すると、1117万5000テラベクレルに
なります。
なんと、チェルノブイリの3倍の量であり、
キセノン133が大量放出したとき(事故発生から24時間後)
から、しばらくの間(おそらく数日〜10日間くらい)は、
日本国民のすべてが国外退避をしても、おかしくないほどの、
放射能汚染だったと言えるでしょう。
目次へ トップページへ