被曝による人体への影響 2
                          2011年3月27日 寺岡克哉


 3月26日 午後9時現在の、警察庁のまとめによると、

 東北地方太平洋沖地震による死者が、1万489人に上りました。

 この先どこまで、亡くなった方が増えるのか、

 まだ、ぜんぜん分からない状況です・・・


              * * * * *


 前回では、「外部被曝」による、人体への影響について考えました。

 その結果、1時間あたり10マイクロシーベルトていどの放射線量
ならば、そんなに心配する必要は無いことが分かりました。



 しかしながら、外部被曝だけでなく、

 空気中の放射性物質を、呼吸によって体内に取り込んでしまう
「内部被曝」も合わせると、

 全体的な被曝量が、一体どれくらいにるのかという、心配が残っ
ていました。


 今回は、そのことについて考えてみます。


           * * * * *


 まず、さっそくですが私の計算によると、

 福島第1原発から約165キロ離れた場所(つくば市)に、放射性
物質が風によって運ばれて来て、

 ガイガーカウンターによる放射線量の測定値が、1時間あたり0.08
マイクロシーベルトだったのが、1時間あたり0.19マイクロシーベルト
に急に上がったとき、

 そのようなときに、

 外の空気を1時間呼吸してしまうと、0.60マイクロシーベルトの
内部被曝を受けてしまうことが分かりました。



 つまり、

 放射線量の上がり幅(0.11マイクロシーベルト/時)の、

 5.5倍の量の「内部被曝」を受けてしまいます!




 この計算は、以下のような手順でやりました。

 (1)空気中の放射性物質の濃度。

 (2)人間の呼吸量。

 (3)吸入摂取による実効線量係数。

 (4)呼吸摂取による内部被曝量。

 (5)観測された、1時間あたりの放射線量との比較。


 以下、それらについて、すこし詳しく説明しましょう。


           * * * * *


(1)空気中の放射性物質の濃度

 つくば市にある、高エネルギー加速器研究機構は、国立環境研究所
との共同で、
 つくば市における空気中の放射性物質の、種類と濃度の測定を行っ
ています。

 採集場所は、国立環境研究所の敷地内で、
 「ハイボリュームエアサンプラー」という機械で、毎分600リットルの
空気を吸引採集し、
 「石英繊維ろ紙」および「活性炭素ろ紙」の、2段階で放射性物質を
捕集してから、
 「高分解能ゲルマニウム検出器」という測定器にかけています。



 測定は、3月15日〜3月23日にかけて、合計で8回実施されて
います。

 その中でも、

 風によって、福島第1原発から放射性物質が南下して来たこと
が示された、第1回の測定。

 放射性物質の南下が、起こっていないことが示された、第6回の
測定。

 そして再び、風による放射性物質の南下が示された、第7回の
測定結果は、以下のようになっています。


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 第1回測定
 採取期間 3月15日14時39分〜3月15日17時34分
 採取空気量 105立方メートル

 ヨウ素131     3.0×10−5 ベクレル/立方センチ
 テルル132     2.0×10−5 ベクレル/立方センチ
 セシウム134    6.7×10−7 ベクレル/立方センチ
 セシウム136    1.2×10−7 ベクレル/立方センチ
 セシウム137    6.5×10−7 ベクレル/立方センチ
 テルル129m    8.1×10−7 ベクレル/立方センチ
 ヨウ素133     5.6×10−7 ベクレル/立方センチ
 テクネチウム99m 3.6×10−8 ベクレル/立方センチ


 第6回測定
 採取期間 3月18日の10時16分〜3月20日の9時55分
 採取空気量 1715立方メートル

 ヨウ素131     4.9×10−7 ベクレル/立方センチ
 テルル132     1.2×10−9 ベクレル/立方センチ
 セシウム134    1.1×10−9 ベクレル/立方センチ
 セシウム136    検出せず
 セシウム137    1.1×10−9 ベクレル/立方センチ
 テルル129m    検出せず
 ヨウ素133     1.2×10−9 ベクレル/立方センチ
 テクネチウム99m 検出せず


 第7回測定
 採取期間 3月20日10時00分〜3月22日9時54分
 採取空気量 1724立方メートル

 ヨウ素131     2.3×10−5 ベクレル/立方センチ
 テルル132     4.6×10−6 ベクレル/立方センチ
 セシウム134    7.3×10−6 ベクレル/立方センチ
 セシウム136    8.7×10−7 ベクレル/立方センチ
 セシウム137    7.0×10−6 ベクレル/立方センチ
 テルル129m    3.2×10−6 ベクレル/立方センチ
 ヨウ素133     7.2×10−9 ベクレル/立方センチ
 テクネチウム99m 4.6×10−7 ベクレル/立方センチ

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 ここで、「ベクレル」という単位は、1秒間に1回の放射性崩壊が
起こるという意味です。
 たとえば、第1回測定におけるヨウ素131は、3.0×10−5 
ベクレル/立方センチ という数値になっていますが、
 これは、1立方メートル(10立方センチ)の空気の中で、毎秒
30回の、ヨウ素131の放射性崩壊が起こっているという意味です。



 空気中の放射性物質は、ヨウ素131、テルル132、セシウム134
など8種類が観測されていますが、その中でもいちばん高い濃度が
検出されている、ヨウ素131に着目すると、

 第1回測定 3.0×10−5 ベクレル/立方センチ
 第6回測定 4.9×10−7 ベクレル/立方センチ
 第7回測定 2.3×10−5 ベクレル/立方センチ

 と、なっており、風によって放射性物質が運ばれてきた時と、そうで
ない時とで、2ケタ(ざっと100倍)の差があります。

 上の表にはありませんが、ヨウ素131の検出がいちばん少なかっ
たのは第4回の測定で、2.7×10−7 ベクレル/立方センチでした。
第1回の測定とくらべると、111倍の差があります。



 なので、まず上の測定結果から、ざっと分かるのは、

 風によって放射性物質が運ばれて来た時と、そうでない時とで、

 空気中の放射性物質の濃度には、およそ100倍の差がある!

 と、いうことです。


             * * * * *


(2)人間の呼吸量

 放射線医学総合研究所 ラドン濃度測定・線量評価委員会(1998)
によると、
 日本人男女の平均呼吸率(1時間あたりの呼吸量)を、以下のように
評価しています。


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   行動   日本人男女の平均呼吸率      生活行動
           (立方メートル/時)


@睡眠と安らか     0.37              睡眠
 な横臥

A座った姿勢      0.60     食事、趣味(1/4)、交際(1/4)
 での活動                 テレビ・新聞等、休養、学習、研究
                        受診、屋内での学業

B立った姿勢      0.91     身の周り、通勤、通学、屋内仕事
 での軽い活動               家事(1/4)、育児(1/2)、
                        買い物(1/2)、移動(1/2)
                        趣味・娯楽(3/4)、交際(1/2)

C家事の身体     1.17       家事(3/4)、社会的活動、
 活動                    育児(1/2)、屋外仕事、野外での
                        学業

D活動的な       1.88      スポーツ、介護・看護
 娯楽

E速やかな       1.93     通勤・通学(1/2)、買い物(1/2)
 歩行                    移動(1/2)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 上の表をみると、1時間あたりの呼吸量は、もちろん運動量によって
違いますし、

 さらに厳密には、男と女によって、あるいは年齢や、体格によっても、
違ってくるでしょう。

 しかしここでは、それらの代表的な値として、しかも計算をするのに
便利な、BとCの中間になる値の、

 1時間あたり 1.0立方メートル つまり、

 1時間あたり 1000000立方センチ(=10立方センチ)

 を、人間の呼吸量として、採用したいと思います。


               * * * * *


(3)吸入摂取による実効線量係数


 下の表は、ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告している、

 成人の一般公衆が、呼吸によって「吸収摂取」した場合の、

 「緊急時に考慮すべき放射線核種に対する実効線量係数」です。


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放射性物質の種類       吸入摂取による実効線量係数

 ヨウ素131      7.4×10−3 マイクロシーベルト/ベクレル
 テルル132      2.0×10−3 マイクロシーベルト/ベクレル
 セシウム134     2.0×10−2 マイクロシーベルト/ベクレル
 セシウム136     2.8×10−3 マイクロシーベルト/ベクレル
 セシウム137     3.9×10−2 マイクロシーベルト/ベクレル
 テルル129      3.9×10−5 マイクロシーベルト/ベクレル
 ヨウ素133      1.5×10−3 マイクロシーベルト/ベクレル
 テクネチウム99m  2.0×10−5 マイクロシーベルト/ベクレル

 ※ テルル129mの数値が見当たらなかったので、テルル129の
   数値で、仮に代用しました。
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 上の数値の意味は、

 たとえばヨウ素131の場合、1000ベクレルの量を、呼吸によって
摂取した場合、7.4マイクロシーベルトの内部被曝量になるということ
です。

 そして、1000ベクレルの「呼吸による摂取」とは、吸い込んだ空気に
含まれている放射性物質の量が1000ベクレルという意味であって、
呼吸気道に付着した放射性物質の量ではありません。

 だから、空気中に含まれる放射性物質の濃度と、人間の呼吸量が
分かれば、内部被曝量が分かるようになっています。



 また、

 呼吸によって摂取された放射性物質は、物理的な半減期で崩壊して
減っていくとともに、人体の働きによって体外に排泄されることでも、
減っていきます。

 このようにして体内の放射性物質は、だんだん減って行くのですが、
しかし微量ながら、いつまでも体内に残って被曝を受けつづけます。

 上の表の実効線量係数は、放射性物質を体内に吸収してから、
「50年間にわたって受ける被曝の総量」が分かるようになっています。

 つまり、1000ベクレルのヨウ素131を、呼吸によって摂取した場合、
その後50年間にわたる内部被曝の総量が、7.4マイクロシーベルト
になるということです。



 さらにまた、

 放射性物質の種類によって、物理的な半減期も違えば、体外への
排泄のされやすさも違います。

 なので、

 「吸入摂取による実効線量係数」は、放射性物質の種類によって
異なっています。


               * * * * *


(4)呼吸摂取による内部被曝量

 ここまで来てやっと、放射性物質の呼吸摂取による体内被曝量が、
計算できるようになりました。

 つまり、

 たとえば上で挙げた、3月15日14時39分〜3月15日17時34分
に行われた第1回の測定では、
 ヨウ素131の空気中濃度が、3.0×10−5 ベクレル/立方センチ
でした。

 そして、1時間あたりの「人間の呼吸量」は、10立方センチであり、

 ヨウ素131の「呼吸摂取による実効線量係数」は、7.4×10−3 
マイクロシーベルト/ベクレル でした。

 これらを掛け合わせて、

 3.0×10−5 × 10 × 7.4×10−3 = 0.222 マイクロ
シーベルト

 というのが、このときの空気を1時間呼吸したときの、ヨウ素131に
よる内部被曝量です。
 ほかの放射性物質についても、おなじ計算をして足し合わせれば、
このときの空気を1時間呼吸したときの、内部被曝量が分かります。



 つぎの表は、第1回、第6回、第7回の、空気中の放射性物質の
濃度測定についての計算結果です。

 この表で、
 Aは、空気中の放射性物質の濃度 (ベクレル/立方センチ)
 Bは、1時間あたりの人間の呼吸量 (立方センチ/時)
 Cは、吸入摂取による実効線量係数 (マイクロシーベルト/ベクレル)
 Dは、1時間の呼吸摂取による内部被曝量 (マイクロシーベルト/時)
です。


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 第1回測定  3月15日14時39分〜3月15日17時34分

                A      B       C        D
ヨウ素131     3.0×10−5  10  7.4×10−3  0.222
テルル132     2.0×10−5  10  2.0×10−3  0.040
セシウム134    6.7×10−7  10  2.0×10−2  0.013
セシウム136    1.2×10−7  10  2.8×10−3  0.000
セシウム137    6.5×10−7  10  3.9×10−2  0.025
テルル129m    8.1×10−7  10  3.9×10−5  0.000
ヨウ素133     5.6×10−7  10  1.5×10−3  0.001
テクネチウム99m 3.6×10−8  10  2.0×10−5  0.000

                                  合計  0.301


 第6回測定  3月18日の10時16分〜3月20日の9時55分

                A      B       C        D
ヨウ素131     4.9×10−7  10  7.4×10−3  0.004
テルル132     1.2×10−9  10  2.0×10−3  0.000
セシウム134    1.1×10−9  10  2.0×10−2  0.000
セシウム136    検出せず     10  2.8×10−3  0.000
セシウム137    1.1×10−9  10  3.9×10−2  0.000
テルル129m    検出せず    10  3.9×10−5  0.000
ヨウ素133     1.2×10−9  10  1.5×10−3  0.000
テクネチウム99m 検出せず    10  2.0×10−5  0.000

                                 合計  0.004


 第7回測定  3月20日10時00分〜3月22日9時54分

                A      B       C        D
ヨウ素131     2.3×10−5  10  7.4×10−3  0.170
テルル132     4.6×10−6  10  2.0×10−3  0.009
セシウム134    7.3×10−6  10  2.0×10−2  0.146
セシウム136    8.7×10−7  10  2.8×10−3  0.002
セシウム137    7.0×10−6  10  3.9×10−2  0.273
テルル129m    3.2×10−6  10  3.9×10−5  0.000
ヨウ素133     7.2×10−9  10  1.5×10−3  0.000
テクネチウム99m 4.6×10−7  10  2.0×10−5  0.000

                                 合計  0.600

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 この計算結果をみると、

 福島第1原発から、風によって放射性物質が運ばれていないとき
(つまり第6回測定のとき)は、外の空気を1時間呼吸しても、0.004
マイクロシーベルトの内部被曝量で済みますが、

 しかし、

 風によって放射性物質が運ばれて来たとき(第1回、第7回測定)は、
外気を1時間呼吸すると、0.3マイクロシーベルトとか、0.6マイクロ
シーベルトの内部被曝を受けてしまいます。



 やはり、詳しい計算によっても、

 風によって放射性物質が運ばれて来たときは、呼吸摂取に
よる内部被曝量が100倍になる!


 (第6回測定と、第7回測定の、内部被曝量の比は150倍!)

 と、いうことが分かりました。


             * * * * *


(5)観測された、1時間あたりの放射線量との比較

 つくば市では、高エネルギー加速器研究機構の敷地内(福島第1
原発から約165キロの地点)で、ガイガーカウンターによる放射線量
のモニターをやっています。

 その観測値と、原発事故が起こる前の平常値、それを差し引いた
正味値、そして今回の計算によって得られた内部被曝量を表にすると、
以下のようになります。

 数値の単位は 1時間あたりの被曝量(内部被曝は1時間の外気
呼吸による被曝量)で、マイクロシーベルト/時 です。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          観測値  平常値   正味値  内部被曝
 第1回測定  0.28   0.08   0.20   0.301

 第6回測定  0.16   0.08   0.08   0.004

 第7回測定  0.27   0.08   0.19   0.600
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 この表を見ると、

 風によって放射性物質が運ばれて来ない「第6回測定」のときは、
放射線量の正味値(0.08マイクロシーベルト/時)に対して、
 1時間の外気呼吸による内部被曝量は、0.004マイクロシーベルト
にしかなっていません。

 しかし、

 風によって放射性物質が運ばれて来た「第7回測定」のときは、
放射線量の正味値が、0.19マイクロシーベルト/時 に上がり、
 そのときの外気を1時間呼吸してしまうと、0.60マイクロシーベルト
の内部被曝を受けてしまうことが分かります。



 つまり、

 風によって放射性物質が運ばれてきた時に、外気を呼吸
すると、


 放射線量の上がり幅の、5.5倍の内部被曝を受けます!

 0.6/(0.19−0.08) ≒5.5



 ところで、

 このような関係が、100倍くらいの大きな放射線量に対しても
成り立つかどうか、本当は分からないのですが・・・

 もしも成り立つと仮定すれば、

 たとえば福島県内などで、10マイクロシーベルト/時 ていどの
放射線量が観測されていたとしても、

 風によって放射線物質が運ばれて来なければ、外気を1時間呼吸
しても、0.5マイクロシーベルトていどの内部被曝量で済むかもしれ
ません。



 しかし、風によって放射性物質が運ばれ、

 もしも放射線量の観測値が、急に20マイクロシーベルト/時 
ていどまで跳ね上がった場合、

 そんなときに、外気を1時間呼吸してしまうと、55マイクロシーベルト
ていどの内部被曝を、受けてしまう可能性があります。



 なので、

 放射線量の観測値が上がり始めたときは、「屋内退避」を

 心がけるべきだと、私は思います!




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