COP10 その5 2010年11月7日 寺岡克哉
ここでは、
COP10で採択された、「愛知ターゲット」と、「名古屋議定書」の
要点をまとめ、
このたびの会議について、私なりに思ったことや、考えたことなどを、
お話したいと思います。
* * * * *
まず「愛知ターゲット」とは、
生態系や生物多様性を保全するために、2011年から各国が取りくむ
「国際目標」のことですが、
これには、2050年までの「中期目標」と、2020年までの「短期目標」
があります。
中期目標は、「自然との共生」が謳(うた)われ、
「2050年までに、生態系サービスを維持し、健全な地球を維持し全て
の人に必要な利益を提供しつつ、生物多様性が評価され、保全され、
回復され、賢明に利用される」
と、しています。
一方、短期目標は、まず「全体目標」として
「2020年までに生態系が強靭で基礎的なサービスを提供できる
よう、生物多様性の損失を止めるために、実効的かつ緊急の行動
を起こす」
と、しています。
さらに短期目標には、20項目の「個別目標」がありますが、それは
以下のようになっています。
(1)生物多様性の価値と持続可能な利用のための行動を認識する。
(2)生物多様性の価値を開発戦略と統合、国の会計制度などを組み
入れる。
(3)条約などと整合するよう、多様性に有害な奨励措置を廃止する。
(4)政府や企業などが持続可能な計画を実施する。
(5)すべての自然生息地の損失速度を少なくとも半減させる。
(6)魚や水生生物を生態系に基づいた方法で管理・捕獲し、乱獲を
避ける。
(7)農・林業地域を、生物多様性を保全しながら管理する。
(8)富栄養化を含む汚染を有害にならない水準に抑える。
(9)侵略的外来種とその移入経路を特定し、制御または根絶する。
(10)気候変動など脆弱な生態系への人為的圧力を最小化する。
(11)特に重要な陸・内陸水域の少なくとも17%と沿岸・海域の
10%を保全する。
(12)既知の絶滅危惧種の絶滅を防ぎ、最も減退している種の保全
状況を改善する。
(13)作物や家畜の遺伝子の多様性を維持する。
(14)生活に不可欠なサービスを提供する生態系を保護する。
(15)悪化した生態系の15%以上を回復する。
(16)国内法令に従って、名古屋議定書が発効し、運用される。
(17)効果的で参加型の、最新の生物多様性戦略を策定する。
(18)先住民と地域社会の伝統知識と持続可能な利用を尊重し、
保護する。
(19)科学的基盤、技術を改善し、共有、移転、適用する。
(20)戦略計画を効果的に実施するための資金動員を増やす。
* * * * *
つぎに「名古屋議定書」とは、
「微生物や動植物など”遺伝資源”をもとに開発される医薬品などの
利益を、原産国(おもに発展途上国)に配分するための国際ルール」
ですが、その要旨は以下のようになっています。
@遺伝資源の利用で生じた利益を公平に配分するのが目的。
A遺伝資源と並び、遺伝資源に関連した先住民の伝統的知識も利益
配分の対象とする。
B利益には金銭的利益と非金銭的利益を含み、配分は互いに合意
した条件に沿って行う。
C遺伝資源の入手には、資源の提供国から事前の同意を得ることが
必要。
D多国間の利益配分の仕組みの創設を検討する。
E人の健康上の緊急事態に備えた病原体の入手に際しては、早急
なアクセスと利益配分の実施に配慮する。
F各国は必要な法的な措置を取り、企業や研究機関が入手した遺伝
資源を不正利用していないか、各国がチェックする。
* * * * *
以上が、「愛知ターゲット」と「名古屋議定書」の要点です。
ところで、
このたび行われた「COP10」については、自然保護、利益配分、資金
提供、途上国や先住民の権利など、
いろいろな視点からの意見や感想が、あるのではないかと思います。
しかしここでは、私の思ったことや考えたことに絞(しぼ)って、お話して
みましょう。
まず、今から4年9ヶ月ほど前に、エッセイ210で書きましたが、
現在まさに、「6回目の大量絶滅」が進行中です!
エッセイ210以降、これまで私が文章を書きつづけて来たのも、
この問題について色々と調べ、「何とかして対策方法を見つけたい!」
と、考えているからです。
私が、生物多様性の問題や、生物多様性条約の会議に興味をもって
いるのも、ひとえに、それが根本的な理由です。
そんな私から見ると、このたびのCOP10は、
「地球規模の生態系保全」というよりは、遺伝資源の「利益配分」
の問題に、
議論が始終したように思えてなりません!
自然破壊による「生息地の消失」。
漁業や狩猟による「乱獲」。
マングースやブラックバスなど、人間が持ちこんだ「移入種」。
そしてさらには、温室効果ガスの排出による「地球温暖化」・・・
これら「人間の活動」が原因で、1年間に40000もの種が絶滅して
いるとも言われています。
10月18日に、COP10が始まったとき、
会議の冒頭で、生物多様性条約 事務局長のジョグラフさんが、
「これから数百万年の(生物)多様性がどうなるかは、今後数十年
に人類という一つの種が取る行動によって決まる」
と発言されたのが、すごく私には印象的でした。
しかし、COP10の話し合いが実際に始まってみると、
動植物などの遺伝資源を改良した「派生品」も、利益配分の対象に
含めるかどうかや、
植民地時代に持ち去られた遺伝資源についても、利益配分の対象に
するかどうか(遡及適用)や、
先進国が途上国に対して、生物多様性の保全のために、どれくらい
の「資金提供」が出来るかなど、
議論のほとんどが、「経済的な問題」に始終してしまいました。
しかしながら、いま起こっている「6回目の大量絶滅」は、
自然破壊や乱獲などの、「人間の経済活動」が原因であるのも確か
です。
なので、
経済活動のルールを適切に改め、地球の生態系が保全できるように、
経済システムそのものを変えて行くしか、
現実問題として、人類に可能な「対処方法」が存在しないのでしょう。
だから、COP10で「経済的な問題」が主流になったのも、当然といえば
当然なのだと、自分を納得させるしかないと思った次第です。
* * * * *
ところで、「愛知ターゲット」の全体目標は、
「2020年までに生態系が強靭で基礎的なサービスを提供できる
よう、生物多様性の損失を止めるために、実効的かつ緊急の行動
を起こす」
と、いうものになりました。
しかし、これはEUが主張していた、
「生物多様性の損失を2020年までに止める(種の絶滅を2020年
までに止める?)」
という目標よりも、(実現可能かどうかという問題を別にして)後退した
感が、どうしても否めません。
また個別目標についても、「具体的な数値目標」が少なかったように
思います。
その、数少ない数値目標のなかでも、
(11)特に重要な陸・内陸水域の少なくとも17%と沿岸・海域の
10%を保全する。
という項目は、これよりも大きな目標数値にしたい先進国と、これより
小さな目標数値にしたい途上国で、かなり「もめた」みたいです。
しかし現状では、
陸地のおよそ13%、そして海洋では、たったの1.2%しか「保護区」に
なっていないので、
それと比べれば、とくに「海洋の保全目標が前進した!」と言える
のは確かです。
* * * * *
一方、「名古屋議定書」に関する話し合いで、私がいちばん心配だっ
たのは、
「病原体の問題」についてですが、この問題のいきさつは、だいたい
次の通りです。
つまり、これまで先進国の製薬会社は、
途上国で発生したウィルスなどの病原体を、「無償」で提供を受け、
最先端の技術をつかって、高価なワクチンを生産していました。
が、しかし、そんな状況にたいして途上国は、
病原体を提供して協力したのに、高価なワクチンを買わなければならず、
とても不満を募らせていたのです。
(おそらく途上国は、ひろく国民に行き渡らすだけの、大量のワクチンを
買うための資金が、不足しているのでしょう。)
事実・・・
以前に、強毒性鳥インフルエンザ(H5N1型)が発生したとき、いちばん
死者が多かったインドネシアは、
2007年から現在においても、世界保健機関(WHO)へのウィルス提供
を拒否しており、
国際的な問題となっています。
このような問題が多発すると、
新しい伝染病が発生しても、ワクチンを作ることが出来なくなり、
世界中に病気が広がって、とてもたくさんの人々が、死んでしまう
可能性があります。
これは、世界の人々にとって、ものすごく深刻な問題です!
ところが幸いにも、このたびの「名古屋議定書」で、
E人の健康上の緊急に備えた病原体の入手に際しては、早急な
アクセスと利益配分の実施に配慮する。
という項目を入れることが認められ、それが採択されました。
この場合、具体的には、
伝染病の発生国が、病原体を提供する代わりに、
医薬品の提供や、医薬品代の割引などの形で、利益配分を受ける
ことを想定しています。
この名古屋議定書の採択を受けて、すでにインドネシア政府は、
強毒性鳥インフルエンザ(H5N1型)を、世界保健機関(WHO)に
提供する方向で動き始めています。
たとえばインドネシアの大使が、マスコミの取材に対して、
「(今までは)ウィルスを提供しても見返りがなかったが、(名古屋)議定
書が採択されて利益配分についての契約が調えば、ウィルスの提供を
再開する」
という見解を述べています。
以上のように、
名古屋議定書の採択によって、「病原体の問題」が解決に向かっている
ことは、
たとえば、未知の新型ウィルスが発生した国が、ウィルスの提供を拒んで
ワクチンが作れず、人類全体を道連れにしてしまうような、
そんな、「人類の良識」を徹底的に疑わなければならない事態が、回避
されて、
すこし安心することが出来ました。
* * * * *
ところで・・・
巨大な経済活動によって、地球の生態系に、多大な影響を及ぼして
いる
アメリカは、「生物多様性条約」を締結していません!
だからアメリカには、「愛知ターゲット」も「名古屋議定書」も、適用され
ません。
これも、地球規模の生態系保全にとって、ものすごく大きな問題です。
そのため、このたびのCOP10では、
2011年〜2020年を「国連生物多様性の10年」と位置づけ、
「国連総会での採択を目指すこと」で合意されました。
この、「国連生物多様性の10年」とは、
アメリカなど生物多様性条約の未締結国もふくめ、国連加盟国全体で、
生物多様性保全への緊急取りくみを求める指針です。
COP10に参加した国々は、上のような活動とともに、
アメリカなどの未締結国に対して、生物多様性条約を「締結」するよう
に働きかけることも、
絶対に必要でしょう。
そしてまた私は、このようにも思うのです。
たとえばアメリカのような、「名古屋議定書」が適用されず、利益配分
が保障されない先進国に対して、
はたして途上国が、遺伝資源を提供するでしょうか?
もしも、このままアメリカが、いつまでも名古屋議定書に参加しなけ
れば、
途上国からの遺伝資源の提供が、受けられなくなって行くのではない
でしょうか?
そんな気も、私はするのです。
* * * * *
最後に、全体として私の感想ですが、
このたびのCOP10で、「愛知ターゲット」や「名古屋議定書」が採択され
たことにより、
とにかく、人類が一歩前進したのは、絶対に間違いありません!
このことは、素直に喜んで祝福したいと思います。
これからは、
「愛知ターゲット」や「名古屋議定書」を、ほんとうに実効力があるもの
にして行くこと。
そして、地球規模の生態系保全を、さらに強力に押し進めて行くことが、
今後の課題になるのも、間違いないと思います。
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