COP10 その4     2010年10月31日 寺岡克哉


 10月30日の未明。

 COP10の全体会合で、「名古屋議定書」が採択されました!



 しかしながら、

 ここに至るまでの話し合いは、難航に難航をきわめ、

 当初の議定書案については、合意文書をまとめることが出来ず、

 COP10最終日の直前に、交渉が決裂してしまいました。



 そこで、会議の最終日に急きょ、

 松本龍 環境相による、名古屋議定書に関する「議長案」という
のが提出され、

 すでに最終日を超えてしまった、30日の午前1時過ぎになって
ようやく、

 その議長案が、「名古屋議定書」として採択されたのです。



 今回のエッセイでは、

 そのような、混迷をきわめたCOP10の流れを、

 閣僚級会合が開かれる前のあたりから、追って行きたいと思います。


              * * * * *


 まず、

 話がすこし遡(さかのぼ)りますが、10月23日までの時点で、

 「生物多様性と生態系サービスに関する政府間パネル(IPBES)」

 という組織の設立が発表され、年内にも正式に発足することになり
ました。



 この「IPBES」は、

 生物多様性の問題について、科学的な裏づけと、具体的な政策との
橋渡しをするための組織ですが、

 ちょうど、地球温暖化問題に対する、IPCC(気候変動に関する政府
間パネル)と、同じような役目をすることを目指します。



 このような組織の発足を契機にして、

 地球生態系の研究や、絶滅危惧種の保護などが、どんどん進んで
行けば良いなと思います。


              * * * * *


 10月24日。

 名古屋議定書案をまとめるための「作業部会」が再開され、話し合い
が行われました。



 しかし、遺伝資源の「不正取得の監視」についての協議では、

 厳しい監視体制を求める「途上国」と、

 企業活動に影響が出ないように、柔軟な制度を求める「先進国」との
間で、

 溝が埋りませんでした。



 また、

 議定書の効力を過去のどの時点まで遡るかという、「遡及適用(そ
きゅうてきよう)」
の問題について、この日はじめて協議されました。

 しかしアフリカ諸国などが、「植民地時代」まで遡って、先進国が持ち
去った動植物などの、遺伝資源の利益還元を要求したのに対し、

 先進国は、国際法の原則として、「議定書の発効以降」を主張し、

 きびしく対立しています。



 作業部会はこの日、

 議定書案を国際法に則(のっと)って精査し、正式に条文化する「起草
グループ」を設置しました。

 そして、名古屋議定書の協議と並行して、条文化の作業も進めること
を決めました。


              * * * * *


 10月25日。

 COP10の「全体会合」が開かれ、「作業部会」での交渉結果が、

 報告されました。



 まず、

 薬草などに関する、先住民の「伝統的知識」を活用した場合の

 利益配分については、おおむね合意することが出来ました。



 しかしながら、

 動植物など遺伝資源の、有用成分を改良したり、化学合成で作った
りした「派生品」を、利益配分の対象にするかどうかや、

 議定書の効力を、いつまで遡って適用するかという「遡及適用」
問題については、

 途上国と先進国の対立が解消されず、

 10月27日の閣僚級会合まで、作業部会の協議を延長することに
なりました。


              * * * * *


 10月26日。

 生態系保全の新しい国際目標である「ポスト2010年目標」には、
2050年までの「長期目標」というのもあるのですが、

 それについて、「自然と共生する世界を実現する」とすることで、ほぼ
合意されました。

 また、この長期目標では、

 「2050年までに、生物多様性が評価され、賢明に利用されることで
健全な地球が維持され、すべての人々に恩恵が与えられる」

 という文言も掲げています。



 一方、2020年までの「短期目標」については、

 絶滅が危惧される植物の少なくとも75%を、生息域内で保存すること
で合意されました。

 また、乾燥地の動植物などを持続的に利用するために、モデルとなる
保全・利用の国際協力プロジェクトの実施を決めました。

 しかしながら、

 世界の海に占める「海洋保護区の割合」などの、具体的な数値目標
は決着していません。



 この26日までの「事務レベル会合」では、およそ50の交渉項目の
うち、27項目で合意
されました。

 しかしながら、

 その大部分は、産業活動の制約に直結しない、生態系保全の強化に
向けた対策でした。



 遺伝資源の「不正取得の監視」については、

 インドなどの途上国が、特許当局や、学術論文の審査機関、あるいは
製品の許認可機関などによる、きびしい監視を求めていますが、

 それに対して先進国は、「自国の裁量にゆだねるべきだ」として、対立
しています。

 また、

 植民地時代への「遡及適用」や、遺伝資源を改良した派生品」
問題についても、依然として未決着のままです。



 この日は、

 午後5時半すぎから「全体会合」が開かれ、これまでの協議について
報告されました。

 しかし依然として、途上国と先進国のあいだで対立している項目が
残っているため、

 事務レベルの協議を28日まで続けるとともに、

 閣僚級会合でも27〜28日の2日間、非公式で実質的な協議を行う
ことを決めました。


              * * * * *


 10月27日。

 120以上の国・地域による、「閣僚級会合」が始まりました。



 開会式では、議長国の代表として、菅直人 首相がスピーチし、

 「(ポスト2010年の)目標が合意された場合、我が国は世界の先頭
に立ってその実現に尽くす用意がある」と表明しました。

 「いのちの共生イニシアティブ」と名づけた途上国支援を立ち上げ、
3年間で20億ドル(およそ1620億円)の資金提供をする考えを、
明らかにしました。

 この資金は、途上国で動植物を採取して有用な成分を分析する機材
の提供や、生態系の調査、人材育成などに、あてることを想定してい
ます。

 ただ、本年度の予算はすでに執行中のため、外務省の政府開発援助
(ODA)や、国際協力機構(JICA)の、途上国職員の行政研修費などを、
既存予算の枠内で名前を「衣替え」するのが実態と見られます。

 各国からは、おおむね歓迎する声が聞かれましたが、すでに拠出の
枠組みが決まっているものが多く、その効果には冷ややかな受け止め
方もありました。

 たとえば、「(2020年までの)生態系の保全目標を達成するために
歓迎したい(コンゴ民主共和国)」という声がある一方で、
 「日本政府のデモンストレーションにすぎない(ブルキナファソ)」という
意見も出されています。



 この日の閣僚級会合では、

 イギリス
のキャロライン・スペルマン環境相も、今後4年間にわたり、
新たに1億ポンド(およそ130億円)
を特別に拠出し、世界の森林の
生物多様性保護のために活用することを表明しました。

 EUも、200万ユーロ(およそ2億2600万円)を、途上国の海洋保護
費として拠出する表明をしました。

 国連環境計画(UNEP)などは2014年までの4年間に、43億4000
万ドル(およそ3500億円)
を増資する考えを示しました。


 またドイツは、すでにCOP10の開会式で、
 2008年〜2012年の間に5億ユーロ(およそ570億円)、2013年
以降は毎年5億ユーロ
の支援を表明しています。


 これらの資金援助により、途上国の歩み寄りが見られるかどうかが、
注目されます。



 一方、この27日。

 閣僚級会合とは別に行われている「作業部会」では、

 絶滅危惧種のメダカやタガメなどが生息する、「水田を保全する決議案」

 というのが合意されました。


              * * * * *


 10月28日。

 植民地時代などに遡って、議定書の効力を求める「遡及適用」
ついて、

 じつは27日までの時点で、アフリカ諸国を代表してナミビアから、

 遡及適用の要求を取り下げる条件として、途上国の生態系の保全
活動を支援するための、新たな基金を創設する提案が出されていま
したが、

 28日はこの提案について、閣僚級の協議や、事務レベルの協議が、
断続的に行われました。



 この、アフリカの提案に対して、

 一時的には、途上国と先進国の双方から、前向きな姿勢が示されて
いました。



 そして、この日の夜、

 日本政府は「名古屋議定書の合意」を条件に、さらに10億円の新た
な途上国支援を打ち出しました。

 日本はこれまでに、途上国の生態系保全にたいして、5年間で50億円
を新たに拠出することを決めたほか、

 27日には1620億円を、生態系保全の支援策に振り向けることを表明
しています。



 この、日本のさらなる追加支援をもとに、

 COP10の「全体会合」の議長である、松本龍 環境相は、

 合意内容の方向性を盛り込んだ指針(政治的ガイダンス)を公表し、

 28日の深夜を、事務レベルの交渉期限に指定し、各国にたいして
最終交渉に着手するよう指示しました。



 しかし、それでも、

 けっきょく、「名古屋議定書」の合意文書をまとめることが出来ず、

 この時に及んで、「交渉が決裂」してしまいました!



 そこで、全体会合議長の松本龍 環境相が、

 翌日の朝までに、名古屋議定書に関する「議長案」というのを、急きょ
新しく作成して、提出することになりました。

 議長案の作成には、松本環境相のほか、事務レベル会議の共同議長
を務めた、ホッジス氏(カナダ)や、カサス氏(コロンビア)なども参加しま
した。


              * * * * *


 10月29日。

 この日の午前8時30分ころ、松本龍 環境相が、各国代表の閣僚らを
議長室に呼んで、「議長案」を手渡しました。

 その「議長案」の内容は、だいたい以下のとおりです。



 まず「遡及適用」については、先進国の主張どおり、国際法のルール
に則って、議定書が効力をもつのは「議定書の発効以降」としました。
 その代わりに、複数の国のあいだで利益配分を行う「多国間資金メカ
ニズム」
を掲げました。


 「病原体」については、伝染病の拡大を防ぐため、先進国の製薬会社
や研究者らが、緊急的に採取できるような「特例措置」を設けますが、
 それと同時に、利益配分を行う必要性も考慮します。


 「派生品」については、遺伝子を含むものを中心に、原材料の生物その
ものだけでなく、原材料を一定の範囲で加工されたものも、利益配分の
対象とします。
 が、しかし例えば、「化学合成のバニラエッセンス」など、そもそも原材料
そのものを含まない製品は、利益配分の対象としません。


 遺伝資源の「不正取得の監視」については、利用国側で1つ以上の
チェック機関を設けることとしますが、
 特許出願時に審査機関がチェックするなどの、具体例が明記されて
おらず、先進国が歩み寄れそうな案にしています。


 「伝統的知識」については、先住民族が代々伝えてきた、薬効のある
動植物の知識も、利益配分の対象とします。



 以上が「議長案」の内容ですが、29日の午後、

 この案について非公式の協議を開き、「全体会合」による採択に向け
た、最終調整が行われました。

 松本龍 環境相は、午後2時過ぎから複数の地域グループの代表を
集め、「議長案」に対する意見を聞きました。

 参加した代表らによると、条文の一部を修正しましたが、大きな異論
は出なかったということです。



 しかしながら、一部のアフリカ諸国が反発し、

 午後3時から始まる予定だった「全体会合」は、1時間以上遅れて、

 午後4時40分からスタートしました。



 次回の「COP11」開催国の、インドが主催するパーティーが始まる時間
になっても、まだ合意に至ることができず、

 パーティを挟んで、午後11時10分から「全体会合」が再開されました。

 しかし、採決の方法などをめぐっても議論が紛糾し、会合は29日が過ぎ
ても終わらず、30日の未明にまで及びました。

 ベネズエラやキューバ、ボリビアなどから、「議定書の内容には賛成でき
ない」という考えが表明されましたが、

 しかし一方、「議定書の採択自体は妨げない」という考えも示されました。



 その結果、

 10月30日の午前1時29分、議長案が「名古屋議定書」として、

 193の国・地域による全会一致で、採択されることになったの
です!




 また、

 生態系保全に対する「ポスト2010年目標」は、「愛知ターゲット」
命名され、

 「2020年までに生物多様性の損失を止めるために効果的で早急な
行動をとる」とし、

 保護地域については、「陸域は少なくても17%、海域は公海をふくむ
少なくても10%を保全する」という目標で、

 採択されました!



 これら、「名古屋議定書」と「愛知ターゲット」の採択により、

 COP10は、大きな拍手とともに、30日の午前3時に閉幕しました。


             * * * * *


 次回のエッセイでは、

 全体のまとめや、それについて私の感想などを、お話したいと思い
ます。



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