COP10 その3 2010年10月24日 寺岡克哉
10月18日。
いよいよ、生物多様性条約 第10回締約国会議(COP10)が、
始まりました。
193ヶ国・地域の、政府代表や市民団体、企業関係者など、およそ
1万人が参加します。
この会議は、10月29日まで開かれ、
終盤の27〜29日には、およそ130ヶ国による「閣僚級会合」が、
行われる予定です。
さて、このたびの「COP10」で目指していることは、
「ポスト2010年目標」の採択と、「名古屋議定書」の採択の、
大きく2つがあります。
「ポスト2010年目標」とは、
地球の生態系や、生物多様性を保全していくための、新たな国際
目標ですが、
しかし今のところ、
きびしい目標を挙げるEUと、開発を妨げない程度の現実的な目標
を挙げる発展途上国とが、対立しています。
一方、「名古屋議定書」は、
微生物や動植物などの「遺伝資源」をもとに開発される、医薬品など
の利益を、原産国に配分するための国際ルールですが、
しかしこれも、
資源の原産国に、できるだけ利益を還元させたい発展途上国と、
薬品開発などを行う、企業への制約を嫌う先進国とが、対立して
います。
* * * * *
ところで「名古屋議定書」については、
COP10が始まる前の10月13日〜16日まで、
「生物多様性条約の特別作業部会」と呼ばれる、「準備会合」を
やっていました。
そこでの話し合いで、私がいちばん気になったのは、
「ウィルスなどの病原体」に関する利益配分の問題についてです。
この問題は、
以前に、強毒性鳥インフルエンザ(H5N1型)が発生したとき、
いちばん死者が多かったインドネシアが、同国のウィルスを使って
作られた高価なワクチンを、先進国から買わなければならないことに
不満をもち、
ウィルスの提供を拒否したことから、表面化してきました。
これまで先進国は、
途上国で発生したウィルスなどの病原体を、「無償」で提供を受け、
最先端の技術をつかって、ワクチンを生産するのが一般的だった
のです。
しかし、このたびの「準備会合」で、
マレーシアなどの途上国が、ワクチンの売上高の一部を還元するべき
だと、主張してきました。
それに対して先進国は、伝染病拡大の緊急時には、議定書の手続き
を簡略化し(利益配分の交渉なしに)、すばやく検体の提供が受けられ
るとする、「特別ルール」を求めました。
しかしながら途上国は、「遺伝資源の利用と利益配分には公平性が
必要」とか、「例外扱いする必要はない」などと反発し、緊急時でも利益
配分の契約を結ぶように求めています。
そして、16日に準備会合が終了しても、この溝を埋めることが出来な
かったのです。
上のような話しがこじれると、
ワクチンの開発が遅れて、伝染病が爆発的に大流行してしまう
恐れや、
ワクチンの価格が上昇して、高価になるという懸念があり、
世界中の人々にとって、ものすごく深刻な問題となります!
その他、準備会合で対立した点として
途上国は、動植物の不正採取を、製品化以前の特許出願時から
厳密に監視する制度を要求しましたが、
しかし先進国は、業務コストが、かかりすぎるとして反対しています。
また途上国は、利益配分の対象を遺伝資源だけでなく、香料のような
植物エキスや、動物のたんぱく質など、「遺伝資源に企業などが改良を
加えた製品(派生品)」にまで広げるように求めていますが、
しかし先進国は、派生品にまで利益配分の対象を広げると、企業活動
への影響がきわめて大きいことから、強く反対しています。
さらに途上国は、植民地時代などの過去に持ち出された動植物も、
利益配分の対象にすることを求めていますが、
しかし先進国は、このことにも反対しています。
ところで、傷や痛みを癒す「薬草」など、先住民の間に伝わる「伝統的
知識」を、先進国が利用する場合は、
あらかじめ先住民の許可を取ることや、利益配分の契約を結ぶこと
で、いちおうの合意がされました。
しかし、「国内法に従って許可を取ること」としており、先住民の代表が
「国内法ではなく、民族の取り決めで扱われるべきだ」と主張しています。
結局、COP10が始まる前の「準備会合」によって、
30条からなる「議定書原案」のうち、16個の条文については合意され
ましたが、
しかし14個の条文については、合意に至ることが出来ませんでした。
そのため、
18日から始まる「COP10」に、それらの議論が委(ゆだ)ねられること
になったのです。
* * * * *
10月18日、「COP10」が始まりました。
会議の冒頭で、生物多様性条約 事務局長のジョグラフさんが、
「これから数百万年の多様性がどうなるかは、今後数十年に
人類という一つの種が取る行動によって決まる」
と強調し、将来に向けての思い切った保全策を求めたのが、とて
も印象的でした。
今回の「COP10」で、
10月22日の午前までは、いろいろなテーマごとに分かれての話し
合い、つまり「分科会合」が行われました。
そして22日の午後から、「全体会合」が開かれ、議定書の採択に
向けた最終方針を決めることになっています。
さて、
「全体会合」が始まる直前までの状況、つまり「分科会合」で話し
合われた内容は、
だいたい以下のようです。
まず、18日の早々に合意が得られたのは、
今年の「国際生物多様性年」が終了したあと、2011年〜2020年を
「国連生物多様性の10年」と位置づけ、
生態系保全に取り組むように、「国連総会での採択を目指すこと」
です。
これは、とくにアメリカなど、生物多様性条約の未締結国に対しても、
生態系保全への緊急取り組みを求めるためで、日本が提唱していた
ものです。
また、「SATOYAMAイニシアティブ」についての決議案も、全体会合の
前までに合意されました。
これは、日本の里山をモデルにして、生物多様性を守って行こうという
もので、これも日本が提唱していました。
決議案の採択後は、日本が中心になって、里山保全のための技術や
知恵を、各国と共有して行くことになっています。
「ポスト2010年目標」における、「全体目標」については、
EUが、「生物多様性の損失を2020年までに止める」と主張したのに
対し、
日本やニュージーランドが、「実現可能な目標」が望ましいと主張して、
意見が分かれています。
また、アフリカ諸国を代表してカメルーンが、「(途上国への)資金援助
を通じて目標を実現する」と、書き込んでほしいと注文を出しました。
「ポスト2010年目標」における、20の具体的な「個別目標」のうち、
地球温暖化などのサンゴ礁への影響を、最小限に食い止めること
では、意見が一致しました。
しかし、絶滅する恐れのある種を、どれだけ減らすかについては、
ニュージーランドが40%を提案するなど、先進国が高い目標を支持した
のに対し、
マレーシアなどの途上国が、資金面などの理由から5%〜10%ていど
を主張し、議論がまとまっていません。
海洋保護区の面積については、
EUとオーストラリアが、世界の海洋面積の15%を保護区にするべき
との立場で、カナダやノルウェーは10%ですが、
中国が6%を主張し、アフリカ諸国は5%〜6%を主張しています。
(ちなみに現在の海洋保護区は、たった1.2%しかなく、その拡大が
急務となっています。)
陸地の保護区は、15%にするか、20%にするかで対立しています。
「資金援助」については、
カメルーンや他の途上国から、「目標達成には資金や技術支援を追加
する仕組みが必要」、「貧困の根絶や開発にも力を貸してほしい」、「各国
の事情を考慮した柔軟な内容にするべきだ」などの意見が相次ぎました。
それに対してEUは、「10年後のために野心的、戦略的な計画に合意
することが重要」と主張しましたが、資金問題には言及していません。
インドは、植林や外来種の駆除など多様性を保全する資金として、2012
年までに少なくても年間100億ドル、2013〜2020年までは年間300億
ドルを途上国に提供するように求めました。中国やブラジル、マレーシア、
ケニアなども、途上国支援の必要性を強く訴えました。
それに対して先進国は、支援の必要性を認めつつも、具体的な金額への
言及を避けました。
「ウィルスなどの病原体」については、
爆発的な感染を防ぐために、病原体を緊急に採取できる「許可条項」
を盛り込みたい先進国と、
病原体も、ワクチン製造の「遺伝資源」として扱い、利益配分の対象
にするべきだと主張する途上国が、
対立しています!
条約事務局関係者は、「同時並行で争点を協議しているが、現在の
ペースでは採択にこぎつけるのは難しい」との見解を示しています。
「動植物など遺伝資源の不正採取の監視」については、
先進国が途上国から遺伝資源を持ち出すときの「監視機関」を、先進
国に設ける(既存の行政機関で対応する)ことで合意しました。
監視機関は、事前の同意や契約があるか、原産国の法律や規則を
遵守しているかなどを、チェックします。
しかしながら、遺伝資源の入手の経緯や、どのように利用するのか
といった情報の提供については、先進国が企業秘密にかかわるなどと
して難色を示しています。
「伝統的知識」については、
カナダの先住民族代表が、「生物多様性条約は、先住民の知識を尊重
するように明記している」と注文を出し、交渉に影響を与えています。
「遡及(そきゅう)適用」(植民地時代まで議定書の効力をさかのぼって
利益配分を行うこと)については、
「パンドラの箱を開けるに等しい」との見方から、まったく手がつけられ
ておらず、27日の閣僚級会合まで協議が棚上げされる見通しです。
この問題は、途上国と先進国の対立がとくに激しく、過去の遺恨も絡ん
だ根深さを、如実に現しています。
以上が、「全体会合」が始まる直前までの、おおよその状況です。
* * * * *
10月22日の午後、COP10の「全体会合」が始まりました。
しかし「名古屋議定書」については、
「分科会合」での意見が対立して合意に至らず、23日以降へも協議を
延長することが認められました。
(30条からなる議定書原案のうち、20個の条文で合意されましたが、
主要な問題を取り扱った10個の条文で、合意が先送りされている状態
です。)
「全体会合」の議長の、松本龍 環境相は、25日に交渉結果を報告
するように求めました。
「ポスト2010年目標」についても、
22日の「全体会合」では具体的な成果が報告されず、26日の夕方
までに原案を作成する方針になっています。
(23日の時点で、個別目標の「絶滅危惧種の少なくとも10%の種に
ついて保全状況を改善する」という項目から、「10%」の数値目標を削除
することになりました。)
こんな状況なので、
さまざまな問題について、10月27日以降の「閣僚級会合」に棚上げ
される可能性があります。
COP10も、残りあと5日間となりました。
これから話し合いがどうなって行くのか、最後までしっかりと、見て行き
たいと思います。
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