COP10 その2 2010年10月17日 寺岡克哉
10月15日。
カルタヘナ議定書 第5回締約国会議(COP/MOP5)において、
「名古屋・クアラルンプール補足議定書」というのが、
正式に採択されました。
ここでは、
「カルタヘナ議定書」や、このたび採択された「補足議定書」の、
経緯や内容について、見ていきたいと思います。
* * * * *
まず、「カルタヘナ議定書」ですが、
これは正式名称を、「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティ
に関するカルタヘナ議定書」といい、
生物の多様性に関する条約(いわゆる生物多様性条約)の、第19条3
に基づく交渉によって、作成されたものです。
つまり、
カルタヘナ議定書と、生物多様性条約とは、すごく密接な関係があり、
それで、このたび名古屋で開かれる会合では、両者の締約国会議が
同じくして行われるのです。
カルタヘナ議定書は、
前文と、40ヶ条の本文、そして末文、さらには3つの付属書からなる、
けっこう膨大なものですが、
以下に、その要点だけを、かいつまんで紹介しましよう。
(1)カルタヘナ議定書とは。
この議定書は、現代のバイオテクノロジーによって改変された生物
(LMO:Living Modified Organism)、つまり「遺伝子組み換え生物」を、
輸出や輸入などで国境を越えて移動させる場合の、手続き等を
定めた国際的な枠組みです。
(2)カルタヘナ議定書の目的。
生物多様性の保全および持続可能な利用に、悪影響を及ぼす可能性
があるLMO(遺伝子組み換え生物)の、
安全な移送、取り扱い、および利用の分野において、十分な水準の
保護を確保することが、
この議定書の目的です。
(3)カルタヘナ議定書の適用範囲。
生物多様性の保全および持続可能な利用に悪影響を及ぼす可能性
のある、すべてのLMO(遺伝子組み換え生物)の、
国境を越える移動、通過、取り扱い、および利用に対して、この議定書
が適用されます。
しかし例外として、
人のための医薬品であるLMO(遺伝子組み換え生物)が、国境を
超えて移動する場合には、この議定書は適用されません。
(4)カルタヘナ議定書で定められた手続き。
(@)栽培用の種子など、環境中に意図的に放出されるLMOの場合。
(a)輸出国のとる手続き
輸出国または輸出者は、LMOの最初の国境を越える移動に先立ち、
輸入国に対して当該移動について通告し、当該LMOに関する情報を
提供しなければなりません。
(b)輸入国のとる手続き
輸入国は、輸出国または輸出者から提供されるLMOに関する情報を
受領した後、当該LMOに関する危険性の評価を行った上で、当該LMO
の輸入の可否を決定します。
(A)食料もしくは飼料として直接利用するLMO、または加工することを
目的とするLMOの場合。
(a)輸出国のとる手続き
締約国は、国境を越える移動の対象となりえる、(A)にあたるLMOの
国内利用について最終的な決定をしたときは、当該決定を、当該LMO
に関する情報とともに、
この議定書によって設置されるBCH(バイオセーフティに関する情報
交換センター)を通じて、他の締約国に通報します。
(b)輸入国のとる手続き
締約国は、BCH(バイオセーフティに関する情報交換センター)に他の
締約国が提供する情報に基づき、
自国の国内規制の枠組みに従って、(A)にあたるLMOの輸入につい
て決定することができます。
(B)拡散防止措置の下での利用を目的とするLMOの場合。
これは、外部の環境との接触、および外部の環境に対する影響を、
効果的に制限する特定の措置によって、制御されているLMOのこと
ですが、
この場合は、輸出国も輸入国も、特にとるべき手続きはありません。
以上が、カルタヘナ議定書の要点です。
* * * * *
つぎに、
「カルタヘナ議定書」の経緯ですが、それは、だいたい以下のよう
になっています。
まず1995年の、生物多様性条約 第2回締約国会議(COP2)に
おいて、この議定書を作成するための作業部会を、設置することが
決定されました。
その後、1996年から1999年までの間に、合計6回の作業部会が
開かれて、交渉が行われました。
そして1999年に、コロンビアのカルタヘナで行われた、生物多様性
条約 特別締約国会議において、この議定書の採択を目指しましたが、
参加国の意見の隔たりが大きくて、交渉がまとまりませんでした。
しかしながら、その後、数回の非公式会合による協議を経て、
2000年1月にカナダのモントリオールで開かれた、生物多様性条約
特別締約国会議 再開会合において、カルタヘナ議定書を「採択」
することが出来たのです。
その後、2001年6月4日までに、103ヶ国が署名し、
2003年6月13日には、締約国が50ヶ国に達したため、この年の
9月11日に、カルタヘナ議定書が「発効」しました。
日本は、2003年11月21日に議定書を締結し、2004年2月19日
から我が国でも発効しました。
2010年10月現在、カルタヘナ議定書には、158ヶ国およびEUが
参加しています。
しかしながら、そもそも生物多様性条約に入っていないアメリカや、
大きなバイオ産業があるカナダやアルゼンチンなどは不参加です。
カルタヘナ議定書が発効した翌年の、2004年には、
マレーシアのクアラルンプールで、第1回締約国会議が開かれ
ました。
この会議において、
BCH(バイオセーフティに関する情報交換センター)のことや、
LMO(遺伝子組み換え生物)の取り扱い、輸送、包装、表示の
詳細な条件など、
カルタヘナ議定書の、効果的な実施に必要とされる事項について、
話し合われました。
そしてまた、
この第1回締約国会議のときから、議題に上がっていたのが、
LMOの国境を越える移動から生ずる「損害」についての、
「責任と救済」に関する事項だったのです。
その後2008年まで、合計で3回の締約国会議が開かれましたが、
しかしながら、
LMO(遺伝子組み換え生物)を輸入することによって、
在来の野生植物を駆逐したり、大量にLMOが生えてしまうなど、
本来の生態系を破壊して「損害」がでた場合に、
責任者を特定して、原状回復(もとの状態にもどすこと)や、賠償を
行わせるための、
「責任と救済」に関する事項は、合意に至っていませんでした。
そのため、
このたび名古屋行われる、カルタヘナ議定書 第5回締約国会議
では、
「責任と救済」についての議論が、メインのテーマとなっていたわけ
です。
* * * * *
ところで、前回のエッセイ451で話しましたように、
第5回締約国会議が始まる直前まで、「事前会合」をやって
いました。
この会合は、オランダとコロンビアの政府代表が共同議長をつとめ、
カルタヘナ議定書の締約国(およそ160ヶ国)のうち、日本、EU、
アフリカ諸国、中南米諸国などの、およそ20ヶ国が参加しました。
この事前会合での、おもな争点は、
輸入国のアフリカ諸国などが被害を受ける事態に備え、輸出事業者
にたいして「保険制度の加入」や「基金の設立」などを求めていまし
たが、
しかし、輸出国の中南米諸国などが「過剰な規制は貿易障壁になる」
と反対していました。
また、
アフリカ諸国は、LMO(遺伝子組み換え生物)だけでなく、食用油や
飼料などの「加工品」にまで対象を広げるように主張しましたが、
しかし、主要輸出国の中南米諸国のほか、日本、EUなどがそれに
反対していたのです。
しかしながら、上ような対立があったものの、
意見調整への精力的な努力によって、なんとか妥協点が見つかり、
第5回締約国会議の直前に、およそ以下のような「合意」を得ることが
できました。
1.LMO(遺伝子組み換え生物)が、生態系や人の健康に被害をもたら
した場合、輸入国は「原因事業者」を特定し、原状回復や賠償など
の補償を求めることができる。
2.被害発生の十分な可能性のある場合、締約国は事業者に防止措置
を求めることができる。
3.上のような「(原因)事業者」には、LMOの保有者、開発者、生産者、
輸入者、輸出者、輸送者などを含む。
4.原因事業者が補償しない場合は、政府が原状回復などを代執行し、
かかった費用を回収する。
(事業者には中小企業も多いため、対応できない場合は、輸入国の
当局が代わりに原状回復を行い、その費用を後から請求できるように
しました。)
5.輸入国は被害に備え、事業者に損害賠償のための保険加入や
基金設立などの措置を求めることを、国内法で定められる。
6.各締約国は、賠償を求めるための国内法を定める権利をもつが、しか
しその法律は、貿易などに関する「既存の国際法と矛盾しない範囲内」
に限られる。
7.食用油、調味料、飼料などの「加工品」は、対象から除外される。
以上、これらの合意内容は、
カルタヘナ議定書における、「名古屋・クアラルンプール補足議定書」
としてまとめられ、
10月15日の午後、カルタヘナ議定書 第5回締約国会議において、
正式に採択されました。
2004年に、クアラルンプールで行われた第1回締約国会議から、
じつに6年間もの議論をつみ重ねて、採択されたことになります。
そしてこれは、
輸入国が原状回復や賠償を求めることができる、「初の枠組み」
であり、
このたび名古屋の会合で得られた、とても大きな成果だと言える
でしょう。
しかしながら・・・
そもそもLMO(遺伝子組み換え生物)の、最大の生産国である
アメリカが参加しておらず、
今後は、その実際的な効果について、問われて行くことになりそう
です。
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