地球規模 生物多様性概況
                          2010年5月23日 寺岡克哉


 5月10日〜21日にかけて、

 「科学技術 助言補助機関 会合」というのが、

 ケニアのナイロビにある、国連環境計画(UNEP)の本部で、

 行われました



 これは、今年の10月に名古屋で開かれる、

 生物多様性条約 第10回締約国会議(COP10)に向けての、

 専門家による会合です。


 (「生物多様性」の意味や、生物多様性条約、COP10などについて
は、エッセイ386で説明していますので、そちらもご覧ください。)


             * * * * *


 さて、このたび、

 ケニアの会合では、まず5月10日に開幕して早々に、

 「地球規模 生物多様性概況 第3版」というのが、

 公表されました。



 これは、

 生物多様性条約の事務局が公表する、地球の「生物多様性白書」
のことで、

 2001年の第1版、2006年の第2版に続いて、今回は第3版となって
います。



 (5月10日付の毎日新聞の記事では) この第3版によると・・・ 

 生息地の改変、乱開発、汚染、外来種の侵入、気候変動などで、
生物多様性が損なわれており、

 1970年〜2006年の間に、脊椎動物(哺乳類、爬虫類、両生類、
鳥類、魚類)の「個体数」が、平均で31%減少しました!



 とくに熱帯の脊椎動物は、個体数が59%も減少しており、
 これは生息地が、耕作地や牧草地に転換され、破壊されたことが
大きいとしています。


 両生類は、「42%の種」で個体数が激減し、最も絶滅の危機に
直面
しています。


 また、植物のおよそ4分の1の種が、すでに絶滅危惧種になって
いると考えられます。


 これからも人類が、生物多様性からの恩恵を受けられるかどうかは、
今後10年〜20年の取り組みにかかっているとしており、

 このまま、なにも有効な対策を取らなければ、生物多様性を回復
させることは、2度と出来ないと「警告」をしています!



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 ところで、

 「地球規模 生物多様性概況」における、今回の「第3版」は、

 いわゆる「2010年目標」について、達成状況を評価し、まとめたもの
です。



 この目標は、

 「2010年までに、生物多様性の損失速度を、顕著に減少させる」
というもので、

 2002年にオランダで行われた、生物多様性条約 第6回締約国会議
(COP6)において、採択されました。



 この「2010年目標」は、さらに21項目の「個別目標」から成っている
のですが、

 「地球規模 生物多様性概況 第3版」では、その21項目すべてに
おいて、

 「地球規模で達成されたものは無い」と、きびしく評価しています!



 以下に、

 21項目の「個別目標」にたいする、評価の概要を紹介しますが、達成
状況のA、B、Cというランク付けは、

達成状況 A  地球規模で達成されなかったが、大きな前進があった。
達成状況 B  地球規模で達成されなかったが、一定の前進があった。
達成状況 C  地球規模で達成されなかった(前進が無かった)。

 と、しました。


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目標1 生態系、生息地、育成地、生物群系の、生物多様性の保全
     を促進する。


項目1−1
 少なくとも、世界の各エコリージョン(生態域)の10%を、効果的に保全
する。

達成状況 A(大きな前進)
 陸域のエコリージョンの半分以上が目標を達成したが、一部の保護地域
は管理が不十分である。海洋および陸水域の保護地域は、増加傾向に
あるものの不十分である。


項目1−2
 生物多様性にとって、とくに重要性の高い地域を保護する。

達成状況 A(大きな前進)
 鳥類保全に重要である土地や、絶滅危惧種の最後の残存個体群を
擁する土地の、保護が増加した。



目標2 種の多様性の保全を促進する。

項目2−1
 特定の分類群における種の個体数を、回復させたり、維持したり、
または減少を軽減させる。

達成状況 B(一定の前進)
 多くの種で、個体数や分布域の減少が続いているが、対象種の回復
には、ある程度の成果がみられる。


項目2−2
 絶滅危惧種の現状を改善させる。

達成状況 B(一定の前進)
 おおむね絶滅の危険性が増しているが、いくつかの種では、絶滅の
おそれが低下した。



目標3 遺伝的多様性の保全を促進する。

項目3−1
 農作物、家畜、野生生物、その他の有用種における遺伝的多様性の
保全と、先住民や地元の知識を維持する。

達成状況 A(大きな前進)
 作物の遺伝的多様性の、域外保全(植物園や、種子の冷蔵などによる、
人工的な環境下での保全)は進展した。他方で、農業システムの単純化
が進行している。
 域内(自然の生息環境下での)遺伝資源、および伝統的知識は、一部
保護されているが、全体としては減少が継続している。



目標4 持続可能な利用および消費を促進する。

項目4−1
 継続的に管理された供給源から、製品を産出する。生物多様性を保全
する手法によって、生産地域を管理する。

達成状況 B(一定の前進)
 森林や水産業で若干の進展があった。しかし地球規模でみると、持続
可能な利用に取組んでいる規模が小さい。


項目4−2
 生物資源の非持続的な消費、あるいは生物多様性に影響を与える
消費を減少させる。

達成状況 C(前進なし)
 非持続的な消費は増加しており、引きつづき生物多様性の損失に
おける、主要な要因の一つとなっている。


項目4−3
 国際取引によって絶滅の危機にさらされる、野生の動物や植物の種を
ゼロにする。

達成状況 B(一定の前進)
 野生の動植物は、国際取引によって引きつづき減少したが、ワシントン
条約の実施により、一部で達成された。



目標5 生育地や育成地の喪失、土地利用の変化および劣化、
     非持続的な水利用による圧力を軽減させる。


項目5−1
 自然生息地や生育地の、喪失と劣化の速度を減少させる。

達成状況 B(一定の前進)
 一部の地域で達成されたものの、脆弱な生物多様性を有するような
生息地や生育地は、(喪失や劣化によって)引きつづき減少している。



目標6 侵略的外来種からの脅威を制御する。

項目6−1
 侵略的外来種となる、可能性の高い生物種の、移入経路を制御する。

達成状況 B(一定の前進)
 輸送、交通、貿易、観光の拡大により、侵略的外来種の移入は増加して
いるが、植物保護やバラスト水に関する取り組みにより、新たな進入リスク
の低下が期待される。


項目6−2
 生態系、生息地、生育地、あるいは種にとって脅威となる、主要な侵略的
外来種に対する管理計画を整備する。

達成状況 B(一定の前進)
 管理計画は一部に存在するが、効果的な管理事業を実施している国は
少ない。



目標7 気候変動および汚染を原因とする、生物多様性の課題に
     取り組む。


項目7−1
 気候変動に適応するため、生物多様性における構成要素の回復力を、
維持し強化する。

達成状況 B(一定の前進)
 生物多様性の回復力を向上させるような措置は、ほとんど取られな
かった。しかし、生態的な回廊(コリドー)の設定が、種の移動と新たな
気候への適応を、促す可能性がある。


項目7−2
 汚染を軽減し、汚染が生物多様性に与える影響を軽減させる。

達成状況 A(大きな前進)
 汚染の影響を低減する措置がとられ、劣化の深刻ないくつかの生態系
が改善した。
 しかし他方では、手つかずの地域の劣化が進んでおり、汚染による
窒素の集積が、大きな脅威となっている。



目標8 財とサービスを提供し、暮らしを支えている、生態系の能力
     を維持する。


項目8−1
 財やサービスを供給する、(生態系の)能力を維持する。

達成状況 B(一定の前進)
 生態系への圧力が継続し、増大しているが、生態系サービスの継続
的な供給を、確保するための取り組みが行われている。


項目8−2
 とくに貧困層の持続可能な生活を支えている生物資源や、地元の
食糧安全保障などを支えている生物資源を、維持する。

達成状況 C(前進なし)
 魚類、哺乳類、鳥類、両生類、薬用植物などの生物資源は減少して
おり、貧困層がとくに影響を受けている。



目標9 先住民や地域社会の、社会的文化的な多様性を維持する。

項目9−1
 伝統的な知識、工夫、慣行を保護する。

達成状況 C(前進なし)
 一部で行われている、保護のための取り組みにもかかわらず、伝統的
知識や権利の、長期的な減少傾向が続いている。


項目9−2
 利益配分を受ける権利をふくむ、伝統的な知識、工夫、慣行に対しての、
先住民や地域社会の権利を保護する。

達成状況 B(一定の前進)
 共同管理システムの設立や、地域社会に根差した保護地域の設立が、
増加している。



目標10 遺伝資源の利用により生じる、利益の公正かつ衡平な
      分配を保証する。


項目10−1
 すべての遺伝資源へのアクセスを、生物多様性条約や、植物遺伝資源
条約などに合致させる。

達成状況 B(一定の前進)
 条約に基づいた、資源移転の契約数が増加している。


項目10−2
 遺伝資源の商業的利用から生じる利益を、資源提供国へ公正に
分配する。

達成状況 B(一定の前進)
 資源提供国に利益が分配された例は少ない。



目標11 締約国は、本条約履行のための財政的、人的、科学的、
      技術的、技術工学的な能力を向上させる。


項目11−1
 開発途上国へ、新たな追加的資金を移転する。

達成状況 B(一定の前進)
 資金は依然不足しているが、生物多様性に関するODAは、若干増加
した。


項目11−2
 開発途上締約国へ、技術を移転させる。

達成状況 B(一定の前進)
 いくつかの途上国では、技術移転の仕組みや、プログラムが整備され
ている。


※出典
 地球規模生物多様性概況第3版 環境省自然環境局 編集・発行
 (ただし、内容が分かり安くなるように、文章をすこし書き変えたり、
 若干の補足を加えています。)
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 これら上に挙げた、

 「2010年目標」における、21項目への評価をザッと眺めてみると、

 たしかに、「地球規模で達成された項目」は、1つもありません!



 しかしながら、

 「大きな前進」が見られたのが4項目あり、「一定の前進」が見られた
のが14項目あります。

 もしも「2010年目標」というのが存在しなければ、このような「前進」も、
見ることが出来なかったでしょうし、

 そもそも、目標に向けて「努力しようとする意識」さえ、芽生えなかった
でしょう。

 その意味では、

 「2010年目標」を設定したこと自体には、「意味があった!」と
言えます。




 ではありますが、しかし「項目4−2」の、

 「生物資源の非持続的な消費、あるいは生物多様性に影響を与える
消費を減少させる。」

 という目標には、まったく前進が見られず、

 「非持続的な消費は増加しており、引きつづき生物多様性の損失に
おける、主要な要因の一つとなっている。」

 と、結論されています。



 ところで・・・ 

 そもそも、生物資源にたいする「非持続的な消費の増加」という
のは、


 「人類のライフスタイル」というか、「人類の在りかた」というか、

 「人類の生存戦略」における、ものすごく本質的で根本的な問題
です。


 そこの部分が、まったく改善されていないと言うのは、やはり、
とても大きな問題だと言えるでしょう!




 今後、

 このような問題も含めて、どのように対策を強化していくのか、

 10月に名古屋で行われる、「COP10」での議論が注目されます。



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