クライメートゲートの悪意
2010年4月11日 寺岡克哉
3月31日。
イギリス議会下院の、科学技術委員会は、
いわゆる「クライメートゲート事件」について、
「データを隠したり、改ざんしたりした証拠はない!」
と結論づけた、調査報告書を発表しました。
* * * * *
時をすこし遡(さかのぼ)って、昨年の11月。
イギリスのイーストアングリア大学に所属する、「気候研究ユニット」と
呼ばれる研究施設・・・
その施設のコンピューターに、何者かがハッキングによって侵入し、
1000通以上もの電子メールを盗み出して、インターネットに流出
させました。
この事件は、
むかしに起こった「ウォーターゲート事件」になぞらえて、
「クライメートゲート事件」と、一般的に呼ばれるようになりました。
ちなみに、
イーストアングリア大学の「気候研究ユニット」という施設は、国際的な
温暖化研究の拠点のひとつであり、
過去における気候データの復元や解析などの研究で、「IPCCにおい
て中心的な役割」をしてきました。
そのように有名な場所で働く研究者たちの、
1996年から最近までの個人的なメールが、大量に流出したわけです。
しかも、その流出したメールの中には、
IPCC報告書に使われたデータにたいして、捏造を示唆するような内容
のものが含まれていました。
それで懐疑論者たちが、いっせいに騒ぎ出したわけです。
しかし結局、
上で話したとおり、データの捏造などは、ありませんでした!
* * * * *
ところで・・・
捏造が疑われたのは、一体どんなデータでしょう?
それは、2001年のIPCC第3次報告書に載っていたもので、
アメリカの気候学者であるマイケル・マンたちが、木の年輪、サンゴ、
氷床などに記録されている情報から復元した、
過去1000年における、北半球の平均気温データです。
マンたちのデータによると、
過去1000年もの長い間、気温が「ほぼ横ばい」だったのに対し、
温室効果ガスが増えた20世紀後半ころから、「急激に上昇」して
います。
そのグラフの形が、ホッケーのスティックに似ていることから、
一般に「ホッケースティック曲線」と呼ばれています。
ホッケースティック曲線は、
20世紀後半から「地球温暖化」が起こっていることを、明確に示した
ので、
それが発表された当時は、みんなが驚き、ものすごく有名になりま
した。
しかしながら、
「ホッケースティック曲線」が有名になったのは、2001年の頃であり、
もう10年ちかく前の話です。
とうぜん、その当時においても、「ホッケースティック曲線」は大きな
物議をかもし出しました。
たとえば、
過去1000年間の気温が、「ほぼ横ばい」であることに対して、
「10世紀ころの”中世の温暖期”や、14世紀ころの”小氷期”が
表れていない!」
という、つよい批判を浴びていました。
当初から、そんな状況だったので、
その後、マンたちとは別の、複数の研究グループによって、過去の
気温を調べる研究が、精力的に行われました。
その結果、6年後の2007年に発表された、IPCC第4次報告書
では、
マンたちの他に、11もの研究データが、グラフに重ねて表示されて
います。
(IPCC第4次評価報告書 第1作業部会報告書 技術要約 p56
気象庁 訳)
これは、「精力的な研究による賜物(たまもの)」ですね!
その、第4次報告書に載っているグラフによると、
過去1000年間の気温が、マンたちの「ほぼ横ばい」よりは、さらに
変動が大きかった可能性のあることが分かります。
また「中世の温暖期」や、「小氷期」も、比較的明瞭に表れています。
しかし、このように、
マンたちの時(IPCC第3次報告書)から比べて、ずいぶん研究が進んだ
第4次報告書においても、
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
20世紀後半の北半球の平均気温は、過去500年間の内のどの50年間
よりも高かった可能性が非常に高く(90%を超える可能性)、
少なくても過去1300年間の内で最も高温であった可能性が高い(66%
を超える可能性)。
(IPCC第4次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約
p11 気象庁 訳)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
と、結論づけているのです。
ちなみに、今にして見れば、
マンたちのデータは、過去の気温変動を少なめに表していたものの、
他の11の研究データにくらべて、とくに異常だったわけでなく、
むしろ全体の平均的な様子を、的確に表しています。
なので、
この分野の「先駆的な研究」としては、とても質の高いデータだったと
言えるでしょう。
* * * * *
以上のように、
マンたちの「ホッケースティック曲線」は、すでに2007年の時点に
おいて、
複数の研究グループによる、「比較検証」が行われていたの
です!
だから、
マンたちのデータに、もしも「捏造」などがあったならば、
クライメートゲート事件など待つまでもなく、その前に発覚していた
はずです。
なので、
今年の3月31日に、イギリス下院の委員会によって発表された、
「クライメートゲート事件について、データを隠したり、改ざんしたり
した証拠はない!」
という結論は、まず正しいと判断して間違いありません!
そしてまた、当然中の当然ながら、
マンたちが行った過去の気温復元とは別に、広くさまざまな研究を
総合して得られた、
IPCC第4次報告書における以下の結論。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、
人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性が非常に
高い(90%を超える確率)。
雪氷の消失とともに起こった、広範囲にわたる大気と海洋の昇温につい
ての観測結果は、過去50年間の世界的な気候変化が、強制力なし(温室
効果ガスの影響なし)で説明できる可能性は極めて低く(5%未満の確率)、
それが既知の自然起源の要因のためだけではない可能性が非常に高い
(90%を超える確率)という結論を支持している。
(IPCC第4次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約
p12 気象庁 訳)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この結論も、クライメートゲート事件の如何にかかわらず、いっさい変わる
ことはありません。
* * * * *
私は、クライメートゲート事件に関して思うのですが・・・
この事件には、「懐疑論者たちの悪意」というものが、濃厚に現れて
いるように感じてなりません。
それは、なぜかと言えば・・・
まず第一に、
「ハッキングという犯罪行為」によって、プライベートな電子メールを
流出させたからです。
もはや、
(ある一部の)懐疑論者は、「犯罪」という卑劣な手段を使ってまでも、
温暖化対策の足を引っ張ろうとしているのです。
(メールを流出させたのが、昨年12月に行われたCOP15の1ヶ月前
だったことから、温暖化防止に向けたCOP15での合意を、阻(はば)む
のが目的だったと見られています。)
そして第二に、
過去1000年間における気温の研究は、すでに複数の研究グループ
によって行われ、ずいぶん進歩しているのに、
懐疑論者たちは、ことさらにマンたちのデータだけを取り上げ、
これを批判しています。
つまり現在では、
もっと確実な「最新の科学的知見」が得られていて、マンたちの
データも「すでに検証済み」であるのに、
それを(おそらく意識的に)無視しています。
さらに第三として、
マンたちのデータに「捏造疑惑」を被(かぶ)せ、それをテコにして、
IPCC第4次報告書の全体に、疑いがあるかのような「印象操作」
を行い、
懐疑論者たちは、それを「繰りかえして吹聴」しています。
つまり具体的には、
マンたちの「ホッケースティック曲線」に疑惑があるので、
「地球温暖化の原因は、人為起源の温室効果ガスである可能性
が90%を超える」
という、IPCC第4次報告書の結論も、信用できないという訳です。
しかしそれは、
「非常識なほどムリなこじ付け」であること以外の、何ものでもあり
ません。
なぜなら、上で話したとおり、
「人為起源の温室効果ガスによる地球温暖化」は、マンたちとは別に、
広くさまざまな研究を総合して得られた、結論だからです。
なので、クライメートゲート事件の如何にかかわらず、この結論
は、少しも変わることがありません。
しかもさらに、そもそも、
マンたちのデータには、「捏造の証拠が存在しない」のです!
* * * * *
以上から、
「クライメートゲート事件に関する、懐疑論者たちの言動には、
相当な悪意が含まれている!」
と見られても、仕方がないでしょう。
こんなことでは、
ますます懐疑論者たちの言うことが、信用できなくなってしまうのも、
無理はありません。
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