日本の中期目標 5
                              2009年5月3日 寺岡克哉


 新型のインフルエンザが、世界的に大流行しそうです。

 そうならないことを、心から願っていますが、しかし、

 もしも自然界が、いったん猛威をふるってしまったら、もはや
人間の力では、どうすることも出来ません!


 これは、「地球温暖化」についても、まったく同じです。


              * * * * *


 さて、

 政府の「中期目標検討委員会」による、一連の議論をみていると、
経済的な問題ばかりに始終し、

 「科学的な知見」に対する考慮が、まったく見られません!

 これは、ものすごく不可解であり、とても異常なことです!



 というのは、そもそも、

 なぜ、温室効果ガスの排出を、削減しなければならないのか?

 といえば、それは、

 「科学的な要請」を受けているからです!



 つまり、地球温暖化による「ものすごく大きな被害」を避けるため
には、

 温室効果ガスを削減しなければならないと、科学的に結論づけら
れている
からです。



 だから中期目標を考えるためには、

 まず第一に「科学的な要請」を、いちばん根本に置かなければ
なりません。


 温暖化対策を決めるための「基準」は、

 経済的な要請が主であり、科学的な要請が従なのではありません。

 そうではなく、

 科学的な要請が「主」であり、経済的な要請が「従」なのです!



 なぜなら、気候が大変動して、

 海面上昇、豪雨、洪水、干ばつ、砂漠化、熱波などが起こり、

 地球環境や生態系が「壊滅的なダメージ」を受けてしまったら、

 経済もなにも、あったものではないからです。



 正常で安定した、地球環境や生態系が存在してこそ、

 「経済」という営みも存在できるのです。

 つまり、「人類」という生物も存在できるわけです。



 だから、そもそも、

 「環境重視」か「経済重視」かなどと、ちまたで議論されているような、

 そんな同じ土俵の上に、乗るような話ではないのです。



 温暖化対策についての議論で、

 経済的な話ばかりに始終している人間たちは、

 そこの所を、まったく履き違えています。



 というか、

 科学的な分析によって明らかにされた、地球温暖化の深刻さが、
ぜんぜん理解できていないのではないか?

 あるいは、

 「自分が生きている間は、地球温暖化など関係ない!」とでも、
腹の底で決めてかかっているのか?

 と、私には思えてなりません。



 今回は、中期目標を考える上で、もっとも根本的で重要な情報
である、

 「最新の科学的な知見」について、まとめて置きたいと思います。


              * * * * *


 さて、それでは・・・


 2年前に、IPCCの「第4次評価報告書」が発表されてから後も、

 新しく科学的な知見が、つぎつぎと発表されています。

 しかし残念なことに、新しい研究結果が出ればでるほど、

 地球温暖化の深刻さは、ますます増加しているのが現状です。



 とくに最近では、3月10〜12日にデンマークのコペンハーゲンで、

 「気候変動に関する国際科学会議」というのが開かれました。

 これには、世界中からおよそ2000人もの科学者が参加しており、

 IPCCの総会にも匹敵する、とても大きな集会です。



 この科学会議が、

 今年の12月に行われる、「気候変動枠組条約 第15回締約国会議
(COP15)」と、おなじコペンハーゲンで開かれたのは、

 もちろん、COP15で予定されている「世界各国の中期目標の決定」
を、意識してのことです。

 COP15が開かれるまでに、「最新の科学的な知見」を、全世界の
為政者や国民に提供することが目的なのです。



 だから日本における、中期目標の議論にさいしても、

 今回の「気候変動に関する国際科学会議」での報告に対して、

 まったく言及しないのは、

 ほんとうに不可解であり、すごく異常だと言わざるを得ません!



               * * * * *


 ここから肝心の話ですが、

 上の科学会議でなされた、いちばん重要な報告は、

 「海面上昇」に関する、新しい研究結果です。



 つまり、

 グリーンランドと南極の、氷床の縮小(融解)に関する「最新の観測
結果」
を基にすると、

 2100年までの海面上昇が、従来の予測よりも、数倍大きくなること
が指摘されたのです。



 この会議に出席した、ドイツ気候変動ポツダム研究所の専門家は、

 「2100年までの海面上昇が、75センチ〜1.9メートル」

 さらには、何らかの方法で、温室効果ガスが劇的に削減できたとして
も(つまり、もっとも海面が上昇しない場合でも)、

 「およそ1メートルの海面上昇は避けられない」と、語っています。



 また、

 これに先立って2月に公表された、UNEP(国連環境計画)の2009年 
年次報告書でも、

 グリーンランドと南極大陸の氷床における、最新のアセスメントの結果
から、

 「2100年までに、海面が80センチ〜1.5メートル上昇する」

 と、しています。



 さらには、

 フロリダ州立大学の研究者らが、グリーンランドや南極西部の氷床融解
の影響を考慮すると、

 「2100年までの海面上昇が、少なくても1メートルに達する」という
予測を、

 3月15日に、イギリス科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス」に発表して
います。



 これらの情報を、総合して判断すれば、

 「2100年までに、最低でも1メートルの海面上昇は避けられない!」

 「さらに下手をすれば、2メートルくらいの海面上昇になるかも知れない。」

 というのが、もっとも重要な「最新の科学的な知見」だと言えるでしょう。


                * * * * *


 ところで国立環境研究所は、中期目標を考えるための資料として、

 きわめて限定的ですが、温暖化による被害額の「見積もり」を出して
います。



 それは、「豪雨による洪水」の被害額に限ったものですが、 いずれ
も現在と比較して、

 温室効果ガスの削減をやっても、やらなくても、
 2040年までに、年間の被害額が、およそ5兆円の増加。

 もしも温室効果ガスの削減をやらなければ、
 2070年以降では、年間の被害額が、最大で8.7兆円の増加。

 もっとも厳しい、温室効果ガスの削減をやっても、
 2070年以降では、年間の被害額が、最大で6.4兆円の増加。

 と、なっています。



 しかしこれは、2100年までの海面上昇が、たった25センチと想定
されており、それによる被害は考慮されていません。

 つまり上の数値は、あくまでも「豪雨による」洪水のみの、被害額
なのです。

 しかしそれでも、これくらいの被害が予想されるわけです。



 その上さらに・・・

 2100年までに、最低1メートルの海面上昇が避けられない
とすれば、
被害額がもっともっと膨らむのは確実です!


 さらには、もしも温室効果ガスの大幅な削減に失敗し、

 海面上昇が2メートル近くになるようなら、なおさら膨大な被害額に
なるでしょう。


                * * * * *


 ところでIPCCは、

 地球温暖化による「深刻な被害」を避けるため、世界の平均気温の
上昇を、産業革命前にくらべて「2℃以下」に抑える必要がある。

 さらに、そのためには、

 2020年における先進国の温室効果ガス排出量を、1990年に
くらべて、25〜40%削減する必要がある。

 と、しています。



 このことに関する、最新の分析によれば、

 そのような温室効果ガスの大幅な削減が、もしも10年遅れると、

 2℃以上の温暖化になる可能性が、27%から15ポイント増えて、
42%になるとしています。



 つまり2050年までに、温室効果ガスの排出量が、おなじく半減でき
たとしても、


 2020年までに25〜40%の削減をした場合は、2℃以上の温暖化
になる可能性が27%。

 それが10年遅れて2030年になると、42%に跳ね上がるという
わけです。



 このように温室効果ガスの削減を、始める時期が遅れれば、

 あとで大幅に削減できたとしても、温暖化の被害は大きくなる
のです。




 なぜなら、いちど出してしまった二酸化炭素は、なかなか減らない
からです。

 たとえ今すぐに、人類が排出する二酸化炭素がゼロにできたと
しても、


 現在の二酸化炭素濃度(380ppm)が、産業革命前の値(280ppm)
にもどるためには、

 数万年の時間が必要だと言われています。



 温室効果ガスの削減を急がなければならない、本当の理由は、ここに
あります。

 二酸化炭素がいちど増えてしまうと、数千年の時間スケールでは、
もう絶対に元にはもどりません!


 つまり、ちまたで何気なく言われているような、

 「将来に技術がもっと進んでから、二酸化炭素を削減すれば良いだろう」

 という考え方は、通用しないのです。


                * * * * *


 だいたい以上が、私の知っている範囲での、「最新の科学的な知見」
です。



 最後に、くり返しますが、

 大自然のふるまいは、経済の都合など、まったく考えてくれま
せん!


 経済の論理で、自然法則が変わることなど、絶対にありえない
のです!




 それは、当たり前中の、当たり前のことですが、

 経済の都合のみによって、中期目標の削減値を考える人々は、

 そのことを、まったく理解していないというか、理解する能力が
欠けているというか、



 あるいは、

 「自分が生きている間は、地球温暖化など関係ない!」

 「自分が死んだ後は、地球環境や生態系や人類なんか、
どうなってもかまわないのだ!」

 と、腹の底で決めてかかっているように思えてなりません。




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