日本の中期目標 4
                              2009年4月26日 寺岡克哉



 2020年までの、日本における温室効果ガスの削減目標。

 いわゆる「中期目標」に対する、6つの案が決定しました。



 そして、いま政府は、

 中期目標に対する意見を、国民から広く募集しています(パブ
リックコメント)。




 誰でも、Eメールで意見を送ることが出来ますので、

 「政府に一言申したい!」と思っている方は、この機会に、ぜひ意見を
投稿されてみては、いかがでしょう。

 私も、期日の5月16日までには、自分の意見を投稿したいと考えて
います。


               * * * * *


 さて、

 パブリックコメントの募集要項によると、決定された6つの案は、

 それぞれ以下のようになっています。


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@1990年比 +4%
 既存技術の延長線上で効率改善。米・EUが揚げる中期目標と同等(限界
削減費用が同等)。

A1990年比 +1〜−5%
 先進国全体の排出量を 1990年比−25%とし、各国の限界削減費用
を均等にした場合の日本の排出量。

B1990年比 −7%
 最高効率の機器を現実的な範囲で最大限導入に向け、政策をさらに
最大限強化。

C1990年比 −8〜−17%
 先進国全体の排出量を 1990年比−25%とし、各国のGDP当たり
対策費用を均等にした場合の日本の排出量。

D1990年比 −15%
 新規に導入する機器はすべて最高効率の機器に。更新時期前の既存の
機器も一定割合を買換え、改修。(追加財政出動か義務づけが必要。)

E1990年比 −25%
 新規・既存の機器のほぼすべてを最高効率の機器にすることを義務づけ。
 炭素への価格付け(炭素税、排出量取引)により経済の活動量(生産量)
低下。


(※ 筆者注)
 上の各削減値には、森林による二酸化炭素の吸収や、国際取引による
削減分は含まれていません。
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                * * * * *


 まず、以前から疑問に思っていたのですが・・・

 中期目標の案として、それぞれ挙げられている削減値には、

 「森林吸収」や、クリーン開発メカニズム(CDM)などの「国際取引」に
よる削減分が、含まれていません。



 それが、どうしてなのか分からなかったので、

 「地球温暖化に関する懇談会事務局」に、問い合わせてみました。

 そうしたら、

 「森林吸収」の分は、京都議定書の期限である2012年までしか算定
されておらず、

 また、「国際取引」の分は、これから2020年までの外交交渉により
変わってくるので、

 「現時点では正確に分からないので、目標案には記載しません
でした。」


 という回答を頂きました。



 しかしながら、後日に分かったのですが・・・

 日本経団連が2月17日に、排出量取引やクリーン開発メカニズム
(CDM)を除いた、国内の削減可能量をもとに、中期目標を設定する
よう求める提言をだしていました。

 その理由は、

 目標設定の段階において、海外からのクレジット購入のような途上国
支援分を加算すれば、本来途上国支援として捉えられるべきものが
わが国の義務の履行とみなされ、国際的な評価が得られなくなるおそれ
がある。

 さらに、目標達成のために海外からのクレジット購入に資金を投入
することとなれば、技術開発の原資が奪われ、長期的な温暖化防止
に向けたわが国の技術開発が阻害されることとなる。

 と、しています。



 中期目標案の削減値に、「国際取引による削減分」が入っていない
ことに関して言えば、

 おそらく、この日本経団連による提言が、影響しているのかも知れま
せん。


               * * * * *


 ところで私には、さらにもう1つ、疑問に思っていたことがありました。


 それはつまり、2020年までの「実際の目標値」が、

 上で示された案の目標値に、森林吸収や国際取引による削減分を
「足し合わせた値」になるのか?

 それとも、

 あくまでも上の案で示された削減値が、2020年までの事実上の目標値
となってしまうのか?

 という疑問です。



 これに関しての、「地球温暖化に関する懇談会事務局」による回答は、

 「実際の目標値」は、上の案に示された削減目標値に、

 森林吸収と国際取引による削減分を、「上乗せしたもの」になるとの
ことでした。



 だから事実上の削減目標値は、

 それぞれの案で示された目標値よりも、たぶん数%ていど大きくなる
はずです。


                * * * * *


 それにしても、@の4%増加案・・・

 EUの中期目標は、1990年比で20%削減するとしていますが、

 それが日本の4%増と、同等とは・・・

 こんな主張が、世界に通用するわけがありません!



 これ、一体なにが同等かと言うと、

 「二酸化炭素排出を1トン減らすための費用」が、同等だと言っている
のです。



 もう少し具体的に言えば、

 EUの状況を(日本が)分析すると、二酸化炭素1トンあたりの削減費用
が、48ドル(4800円くらい)になります。


 それと同じ削減費用で、日本がやると、どうなるか?


 つまり、二酸化炭素の削減方法は、いろいろと在って、

 削減1トンあたり、48ドル以上の「高い方法」もあれば、

 削減1トンあたり、48ドル以下の「安い方法」もあります。



 そこで、削減1トンあたり48ドル以下の「安い方法」だけを、日本で
行うこととします。

 そうすると、2020年における二酸化炭素の排出量が、1990年比
で4%増となるわけです。

 つまり日本が、それ以上の削減をやろうとすれば、「高い方法」も
行わなければならず、削減1トンあたりの費用が48ドル以上になって
しまうのです。


 これをもって、EUの20%減と、日本の4%増が、同等だと言っている
わけです。


              * * * * *


 しかしながら、EUの主要先進国と、日本における、一人当たりの
二酸化炭素排出量
(2002年)を見てください。


    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        国名    2002年の一人当たり
               の二酸化炭素排出量
             
       フランス      6.8 トン
       イタリア      8.1 トン
       イギリス      9.5 トン
       ドイツ       10.2 トン

       日本        9.4 トン
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 EU主要先進国と、日本とでは、だいたい同じていどの排出量です。

 とくに、フランスやイタリアなどは、日本よりも少なくなっています。

 EUでは、このような状況の中で、20%の削減を目指しているの
です。



 つまり結論として、@の4%増案の主張は、

 一人当たりにすると、同じていどの二酸化炭素を出していながら、

 「俺たちが削減すると金がかかるから、お前たちが減らせ!」

 「俺たちは金がかかるから、二酸化炭素を減らさなくて良いのだ!」

 と、言っているだけです。


 まるで、いま流行している「モンスター」のような、自分勝手な主張
です。


              * * * * *


 こんな主張が、世界に通用するわけがないと思うのですが、

 しかし国内での認識は、それとかけ離れている所もあるようです。



 たとえば、4月17日に開かれた、

 麻生首相直轄の、「温暖化問題に関する懇談会 (座長は、トヨタ
自動車 取締役相談役の、奥田碩さん)」では、

 三村明夫さん(新日鉄 代表取締役会長)と、勝俣恒久さん(東京電力
取締役社長)が、

 「”4%増”以外の目標は、削減コストの面で他国との公平性を失う」と
主張し、厳しい削減目標にたいしての警戒感を表しました。



 また、

 4月20日に東京で開かれた、「地球温暖化の中期目標に関する
意見交換会」と、

 4月22日に、大阪で開かれたそれでは、

 「4%増案が好ましい」とする、一般市民からの意見が、けっこう
多かったと聞きます。

 (しかし一般市民と言っても、組織票というか、背広組というか、
いかにも「どこかの企業から派遣された」らしい人々に、そのような
意見が多かったようです。)



 そして、

 政府が、国民にひろく意見を募集している「パブリックコメント」でも、

 そのような企業による「組織票」、つまり「4%増案が好ましい」とする
意見が、大量に投稿されるのではないかと危惧する人もいます。



 ところで・・・ 中期目標の決定権をもつ、麻生首相ご本人は、

 「どの選択肢が望ましいか、国民の意見も聞いたうえで、自分なりに
中期目標をきちんと決断したい」

 と、語っています。

 麻生首相には、日本が国際社会から認められるような英断を願って
いますが、しかし、「予断は許されない状況」だと言えるでしょう。


               * * * * *


 さて、

 私は、中期目標にたいして、どう考えているかですが、

 「森林吸収や、国際取引による削減分を含めたもので良いから、
最低でも25%の削減は確保したい!」

 と、思っています。

 なぜなら科学的な知見によって、そのように要請されているから
です。



 中期目標にたいする、一連の議論を見ていると、経済的な問題
ばかりに始終し、

 「最新の科学的な知見」にたいする議論が、あまりにも無さ
すぎるように思えてなりません!




 もしも、気候が大変動し、

 海面上昇や、はげしい豪雨、巨大な台風による洪水が頻発し、

 生態系が大打撃をうけ、

 干ばつで食糧不足になれば、

 「まったく経済どころの話ではなくなる」のですが・・・



 次回では、そのような「最新の科学的な知見」について、すこし詳しく
お話したいと思います。



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