日本の中期目標 3
2009年4月19日 寺岡克哉
政府の検討委員会によって公表された、中期目標の「案」を見ると、
温暖化対策を行うことによる経済損失について、ずいぶん強調され
ています。
ここでは、中期目標の中でいちばん厳しい案である、
「温室効果ガス25%削減」を例にとり、
そのことについて、すこし詳しく考えてみましょう。
* * * * *
首相官邸のHPに掲載されている、中期目標案についての資料を
みると、
2020年までに温室効果ガスを、1990年にくらべて25%削減する
場合、
経済への影響は、基準ケース(温室効果ガス4%増案)と比較して、
次のようになるとしています。
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(1)2020年までの累積で、実質GDPを3.2〜6.0%押し下げる。
(2)民間設備投資は2020年で、−13〜+11兆円(−11.9〜
+12.5%)。
(3)失業者が77〜120万人(失業率が1.3〜1.9%)増加する。
(4)2020年の世帯あたりの可処分所得を、22〜77万円(4.5〜
15.9%)押し下げる。
(5)家庭の光熱費支出が、世帯あたり年11〜14万円(66〜81%)
増加する。
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これだけを見てしまうと、
「温室効果ガスを25%も削減するのは、とても大変だ!」
というイメージを、持ってしまうかも知れませんね。
しかし、その大きなイメージとは違って、
実際の内容は、そんなに思ったほどのことでは、ありません!
どうして、そう言えるのか?
上に挙げた各項目について、もうすこし詳しく見ていくことにしましょう。
* * * * *
(1)GDPの押し下げ
温室効果ガスを25%削減する場合、
2020年までの累積で、実質GDPを3.2〜6.0%押し下げるとして
います。
ここで注意してもらいたいのは、
この数値は、1年間のGDPではありません!
2020年までのおよそ10年間を、「累積」したものです。
マスコミなどでは、よく「年間のGDP」が出てくるので、それと絶対に
混同しないで下さい。
25%削減案における、GDPの押し下げ効果の中央値は、
(3.2+6.0)/2 = 4.6%です。
10年間で、大体それくらいを覚悟しなければならないと、言うので
しょう。
しかしそれは、1年間にすれば0.46%に過ぎません。
しかも実質GDPが、マイナス成長になる訳でもありません。
通常の経済成長率が、年平均でおよそ1.3%程度だとすれば、
温暖化対策による引き下げ効果で、それが
1.3−0.46 = 0.84%
ていどの経済成長に、抑えられるということです。
だから25%削減案でも、経済が成長する可能性はあります。
その証拠に、たとえば国立環境研究所による分析では、
25%削減案でも、年率1.1%のGDP成長が確保されるとして
います。
* * * * *
(2)民間設備投資
温室効果ガスを25%削減する場合、
民間設備投資は2020年で、−13〜+11兆円(−11.9〜+12.5%)
になるとしています。
これは、
基準ケース(温室効果ガス4%増案)との差として、各経済モデルで算出
された額です。
中央値は−1兆円になっており、まあ平均的には、4%増案とくらべても、
増えもしなければ減りもしないという所でしょう。
しかし、とにかく
25%削減案でも、実質GDPの成長が見込まれていますので、
民間設備投資の絶対量は、現在よりも増えるでしょう。
* * * * *
(3)失業率の増加
温室効果ガスを25%削減すれば、基準ケース(4%増案)に
くらべて、
失業者が77〜120万人(失業率が1.3〜1.9%)増加すると
しています。
しかしこれは、自動車や家電、あるいは鉄鋼などの、「製造業」に
限った話ではないかと、私には思えるのです。
なぜなら現在においても、医療、介護、農業などの分野では、
「人手不足」になっているからです。
これからの日本は、「少子高齢化」がさらに進んで行きます。
なので、ますます深刻な人手不足になって行くでしょう。
そしてまた、上で話したように、実質GDPがマイナス成長になる
訳でもありません。
だから私には、この失業率の数値が、にわかには信じられ
ません!
* * * * *
(4)可処分所得の押し下げ
温室効果ガスを25%削減すれば、
2020年の世帯あたりの可処分所得を、22〜77万円(4.5〜
15.9%)押し下げるとしています。
もしも、年収250万円くらいの人の可処分所得が、最大で77万円
も減ってしまったら、まさに死活問題ですね。
しかしこれは、2020年時点での基準ケース(4%増案)からの
減少率(%)の分析結果に、
2007年家計調査での、勤労者世帯の平均可処分所得483万円
を乗じて算出したものなのです。
つまり上の話は、4%増案からの差のことであり、
可処分所得の絶対値が、減るわけではありません!
たとえば国立環境研究所の分析によると、
25%削減案でも、年率0.5%の伸びは確保できるとしています。
* * * * *
(5)家庭の光熱費支出
温室効果ガスを25%削減すれば、
家庭の光熱費支出が、世帯あたり年11〜14万円(66〜81%)増加
するとしています。
これは、2020年時点での基準ケース(4%増案)からの増加率(%)
の分析結果に、
2007年家計調査での世帯あたり光熱費(電気代、ガス代、その他
の光熱)約17万円を乗じて算出したものです。
ところで25%削減案では、ほぼ全てにわたって、
最先端の省エネ機器の導入が、進んでいることを想定しています。
それなのに、家庭の光熱費が増えるのは、すこし変な気がします。
おそらく、
炭素排出枠買取の費用が、エネルギー価格に上乗せされたり、
あるいは炭素税の導入などで、
電気やガスの料金が値上がりするのでしょう。
しかし、
地球温暖化による、「深刻な被害」を避けることを考えれば、
将来の人類のため(これから生まれる子や孫のため)に、
それくらいの支出は、やむを得ない所ではないでしょうか。
それでも、可処分所得は伸びて行くことですし、
国立環境研究所による分析では、年間実質可処分所得の、
およそ2%ていどの負担で済むとしています。
ここはむしろ、思い切って「太陽光発電」を家庭に導入した方が、
10年以上の時間スケールで見れば、光熱費が反って安くなるかも
知れませんね。
* * * * *
以上、ここでお話したように、
中期目標案の「上っ面」だけを見れば、温暖化対策を行うことによる
経済損失について、ずいぶん強調されています。
だから必要以上に、「とても強い印象」を受けてしまいます。
ところが実際の内容は、そんな印象に強く受けるほど、大きなもの
ではありません!
しかし、大量の資料をよく見て考えなければ、それが分からないように
なっているのです。
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