シミュレーションは本当か? 1
                             2008年8月31日 寺岡克哉


 今回から、コンピューターによるシミュレーションが信頼できるかどうかに
ついて、考えて行きたいと思います。



 地球温暖化の研究者たちは、
 「気候モデル」というものをコンピューターで計算し、
 それによって現在の気候を再現したり、
 未来の気候を予測しています。

 これを「シミュレーション」といいます。そして、このシミュレーションを基に
して、

 「地球温暖化の原因が、人類の排出した温室効果ガスである可能性は
90%以上」とか、
 「温暖化の原因を、既知の自然現象のみで説明できる可能性は5%未満」
 「21世紀末における気温上昇は、1.1〜6.4℃」
 「21世紀末までに起こる海面上昇は、18〜59センチ」

というような、分析や予測をしている訳です。



 ところが、地球温暖化への懐疑論者たちは、

 「シミュレーションなど本当に信用できるのか?」
 「1週間後の天気予報も当たらないのに、100年後の気候なんか分かる
はずがない!」

 と、いうような批判をしているようです。

 もしも、「シミュレーションが当てにならない」となれば、IPCCの主張が吹き
飛んでしまいます。だから、懐疑論者たちの攻撃が「シミュレーション」に向かう
のも、当然といえば当然のことでしょう。



 このことに関して、まずはじめに私の考えを率直に言えば、

 シミュレーションは、「現在までに得られている知見の集大成」だと思っ
ています。

 つまり、今までに得られている知見を総動員し、できる限りのことをやって
いるのが、シミュレーションなのです。

 実際の結果(たとえば100年後の気候)を、いま現在において知ることは、
絶対にできません。そうである以上、シミュレーションをする以外に、ある程度
の信頼性をもって未来が予測できる方法は、他にないでしょう。

 懐疑論者たちがシミュレーションを批判するならば、「それ以上に信頼でき
る方法」を、かならず提示しなければなりません。

 それが提示できなければ、やはりシミュレーションを行うこと以外に、私たち
が取るべき行動を判断するための方法が、存在しないことになります。



 さて、ここでは、「シミュレーションが本当に信頼できるかどうか」を考える
最初の回として、

 「シミュレーションの概要」について、とても大ざっぱにですが、見て行きたい
と思います。


                 * * * * *


 上でも話したように、シミュレーションは、「気候モデル」というのをコンピュー
ターで計算することにより行われます。

 この「気候モデル」というのは、実際に存在している「地球の気候」を、数値や
数式によって記述したものです。
 そうすることによって初めて、コンピューターで計算したり、表現したりできる
ようになる訳です。

 だから、シミュレーションが信頼できるかどうかは、気候モデルが正しいか
どうか(つまり、「実際の気候」が正しく記述されているかどうか)が、いちばん
重要になってきます。

 その「気候モデル」は、だいたい次のように作られています。



 まず、「地球の姿」を再現します。

 そのためには、地球全体を、ある大きさの「格子」で区切ります。

 以前は、一辺が500kmぐらいの格子でしたが、しかし「地球シミュレータ」
の完成により、コンピューターの能力が向上して、現在では一辺が100km
ぐらいの格子になっています。

 そして、それら格子の一つ一つに、
 海なのか、陸なのか。
 平地なのか、山地なのか。
 地面が現れているのか、雪氷に覆われているのか(海の場合は、「海氷」に
覆われているかどうか)。
 植物が生えている土地なのか、植物の生えていない荒地や砂漠なのか。
 川がどのように流れているのか。
というような、「地形の情報」を与えます。



 また、水平方向だけでなく、高さの方向(鉛直方向)も、格子で区切ります。

 「地球シミュレータ」の場合、鉛直方向は56層に分けています。

 そうすると、水平と鉛直で区切られた、「立体の格子」ができ上がります。



 そして今度は、その「立体格子」の一つ一つに、気圧や気温、湿度などの
情報を与えます。

 さらには、日射によって受けるエネルギーや、地球の自転の影響なども、
情報として与えます。

 また、火山や工場や自動車などから排出される、大気中を漂う微粒子。つま
り「エアロゾル」の効果も、情報として与えます。
 (このエアロゾルは、太陽光を反射したり、雲をつくる核になります。また、
黒いエアロゾル、つまり「すす」は、太陽光を吸収して温暖化を促進させます。)



 このように、地球全体を区分けした格子の一つ一つに、以上のような情報を
与えておくと、たとえば、

 気圧の高い格子から、気圧の低い格子へと、どれだけの風が吹くのかが、
計算によって求めることができます。

 海や湿地帯などの格子が、どれだけの日射を受ければ、どれだけの水が
蒸発して、どれだけの湿度が上がるのかも、計算によって求めることができ
ます。

 地形や風の影響、気温の上昇などから、どの格子に、どれだけの上昇気流
が発生するのかも計算によって求められます。

 湿度が高くて、上昇気流の発生した格子では、雲が出来るでしょう。その
雲の出来ぐあいも、計算によって求められます。これには、エアロゾルの効果
(雲をつくる核になる作用)も影響するでしょう。

 さらにそれらは、3次元的に隣どうしの格子に影響を及ぼし合い、さまざまに
波及して行きます。その波及の仕方(時間変化)も、計算によって追いかけて
行きます。

 海上で風が吹けば、海流が起こるでしょう。そのようなことも、計算によって
求めます。



 それら全てについて、莫大な量の計算を行うと、
 どのように偏西風や貿易風が吹き、
 海流がどのように流れ、
 どこに低気圧や高気圧、あるいは梅雨前線や台風が発生し、
 どこに、どれぐらいの雨が降るかなどが、求められるのです。



 そしてさらには、
 「大気中の二酸化炭素が増えていく割合」を情報として与え、
 それが気候に与える影響の「時間変化」を、計算によって追いかけて行き
ます。

 そうすると、100年後の気温上昇などの、「未来の気候」が予測できるわけ
です。


             * * * * *


 ここまで話したように、区分けする「格子のサイズ」が小さければ小さい
ほど、より精密なシミュレーションができます。

 しかし地球全体を、あまりにも小さな格子に分けると、「格子の数」が莫大
になってしまいます。

 そうすると、いくら高速のスーパーコンピューターを使ったとしても、計算
するのに時間がかかりすぎてしまいます。もしも計算が終了するのに、何十
年も何百年もかかってしまうようでは、まったくナンセンスでしょう。

 だから「格子のサイズ」は、コンピューターの能力によって、その限界が
決まってしまいます。

 このような理由によって、より精密なシミュレーションを行うには、巨大な
スーパーコンピューターが必要になるのです。



 そのために作られたのが、「地球シミュレータ」でした。

 地球シミュレータは、5120台のスーパーコンピューターをつなぎ合わせた
もので、その全体の大きさは、一つの体育館ほどもあります。

 計算スピードは、40テラフロップス。つまり、1秒間に40兆回の計算を行う
ことができます。
 これは、普通のパソコンで14時間かかる計算を、たった1秒でやってしまう
計算能力です。
 つまり、地球シミュレータで1年かかる計算を、普通のパソコンでやろうと
すれば、5万年ぐらいの時間が必要になるのです。



 そのような計算能力をもつ「地球シミュレータ」によって、実現できた格子の
サイズは、つぎの表のようになっています。

      −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         大気   水平110km   鉛直56層
         海洋   水平 20km   鉛直48層
      −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 上では100kmぐらいの格子と言いましたが、じつは海洋の方は、格子の
サイズがさらに小さくなっています。これは、地球温暖化による海流への影響
(とくに黒潮への影響)を、詳しく調べるためです。

 ちなみに、IPCC第3次報告書の時代(2001年)における格子のサイズは、
水平方向で、大気が560〜280km、海洋は440〜140kmでした。

 なので、その頃にくらべれば、シミュレーションの精度が向上しているのは
否定できない事実
です。


                 * * * * *


 しかしながら・・・

 たとえばシミュレーションによって、「雲」の出来ぐあいを直接計算しようと
すれば、1kmぐらいの小さな格子が必要になります。
 (一つ一つの雲は、およそ10kmほどの大きさなので、それをある程度
正確に表現するためには、1kmぐらいの格子サイズが必要です。)


 しかしそうすると、いくら巨大なスーパーコンピューターでも、計算しきれなく
なってしまいます。

 だから、110kmの格子サイズのなかで、
 ある条件(ある湿度、ある気温、ある気流)のとき、
 平均的に、大体どれぐらいの雲ができるのかを、
 ある種の経験式、つまり「観測に基づいた人間の経験則」によって、
決めてやらなければなりません。

 ここに、まったく人間を排した自然法則(物理方程式)だけでなく、人間の
経験という「人為的なもの」が、どうしてもシミュレーションの中に入り込んで
しまいます。

 また、地球の気候に関する自然法則を、人類がすべて知っている訳では
ありません。大自然に対して、まだまだ人類の知らないことが、たくさんある
のは当然です。



 シミュレーションの、このような部分が、批判を受けやすい所になっている
のでしょう。

 そのような「気候モデルが妥当なのかどうか」は、まず第一に、「現在の
気候がちゃんと再現できるかどうか」によって検証されます。


 次回では、そのことについて、お話したいと思います。



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