CO2増加は化石燃料が原因か? 3
2008年5月25日 寺岡克哉
地球温暖化への懐疑論者たちは、
産業革命以後から、大気中の二酸化炭素が「急激」で「大幅」に増えて
いるのは、
「海水温の上昇により、海に溶けていた二酸化炭素が放出されている
からだ」と、主張しています。
しかしそれは、さまざまな「観測事実」によって否定されています。
たとえば前々回と、前回では、
(1) 氷床コアのデータ
(2) スエズ効果
について見てきましたが、それらによって、懐疑論者たちの説は否定され
ます。
今回は、さらに他の「観測事実」についても、見てみたいと思います。
* * * * *
(3) 酸素の減少
石炭や石油を燃やすと、当然ながら「酸素」が消費されるので、大気中
の酸素が減少します。
だから化石燃料の使用がおもな原因ならば、大気中の二酸化炭素
が増えるに従って、酸素が減少するはずです。
しかし一方、もともと海水に溶けていた二酸化炭素の放出によって、
大気中の二酸化炭素が増えているならば、「酸素の量」は変化しない
はずです。
(この場合、化石燃料の使用による二酸化炭素のほとんどは、植物に
吸収され、光合成によって酸素に戻されていなければなりません。なぜ
なら、「化石燃料の使用が、二酸化炭素増加のおもな原因ではない」と
いう主張だからです。それが本当なら、「酸素の減少」は観測されない
はずです。)
なので、大気中の「酸素の変化」を観測すれば、上のどちらなのかが
分かります。
さて、実際の観測では、一体どうなっているのでしょう?
「実際の観測」によれば、大気中における「酸素の減少」が、明らか
に確認されています!
だから、この「観測事実」によっても、懐疑論者たちの説が否定され
ます。
たとえば国立環境研究所の観測によると、1999年〜2005年の6年間
に、大気中の酸素が24ppm減少していました。
ところで・・・
「酸素の測定」なんて、とても簡単なことのように思えます。しかし近年
(1990年代)まで、このような観測データは出ていませんでした。じつは
「測定がとても難しい」のです。
なぜなら大気中には、酸素が21%(つまり210000ppm)も含まれて
いるからです。そんなに大量の酸素があるなかで、年間4ppm(つまり
全体に対して0.002%)という「微小な変化」を見極めるのは、技術的に
たいへん難しかったのです。
そのような精密測定を行うため、国立環境研究所では独自に、すごく
高精度の「ガスクロマトグラフ」という測定器を開発したほどです。
しかし、その努力の甲斐(かい)があって、大気中の二酸化炭素が増え
るのに従い、「酸素が減少」していることが明らかに証明されたので
した。
そしてこれは、米国スクリップス海洋研究所と、米国プリンストン大学に
よる観測でも、まったく同じような結果が得られています。
このように、複数の研究機関で「酸素の減少」が確認されているの
で、それが「事実」であることは間違いありません。
この事実から、まず懐疑論者たちの説が否定されるのは当然です。
しかしながら、たとえば森林などが消失して二酸化炭素が増えている
場合でも、酸素が減少します。
なぜなら森林が消失すると、「植物の体(有機物)」として固定されていた
炭素が、けっきょく燃やされたり、細菌に分解されるなどして「酸化」する
ため、酸素が消費されるからです。
ところが国立環境研究所の見積もりによると、「化石燃料の使用」に
よって減少しなければならない酸素濃度は、1999年〜2005年の期間
で27.5ppmとなっています。
しかし、その同じ期間での「実際の測定値」は24ppmの減少です。
つまり、酸素の減り方が3.5ppm足りません!
これは、その期間に3.5ppmの酸素が、「植物の光合成によって作ら
れた」からです。
だから陸上生態系は、森林破壊などによって二酸化炭素を放出して
いるけれど、「正味」では二酸化炭素の吸収源になっているのです。
さらにまた、前回のエッセイ326での話と同じように、
もしも二酸化炭素の増加が、おもに「森林の消失」によるものならば、大気
中の二酸化炭素における14C(炭素14)の比率の減少、つまり「スエズ効果」
は観測されないはずです。
なぜなら、(今まで生きていた)植物の体を作っている炭素には、大気中の
二酸化炭素と同じ比率で、14Cが含まれているからです。
しかし「事実」としては、スエズ効果が現実に観測されています。
ゆえに、大気中の二酸化炭素が増えているのは、おもに化石燃料の
使用が原因なのは確実です!
* * * * *
(4) 海水の酸性化
二酸化炭素が水に溶けると、「炭酸」というものになって、弱酸性の
性質をもちます。
だから大気中の二酸化炭素が、海洋にたくさん溶け込むと、海水が
「酸性化」します。
しかし、もしも懐疑論者たちの言うように、二酸化炭素が海から放出され
ているのであれば、海水中の炭酸が減らなければなりません。つまり、海水
が「アルカリ化」しなければならないのです。
ところが「実際の観測」では、海水が「酸性化」しています!
だから、この「観測事実」によっても、懐疑論者たちの説が否定され
ます。
ところで「酸性」の強さとか、「アルカリ性」の強さを表すのに、pH(ペー
ハー)という数値を使います。
pH=7がちょうど中性で、pHが7より小さければ酸性、pHが7より大き
ければアルカリ性です。
そしてpHが小さいほど酸性が強くなり、pHが大きいほどアルカリ性が
強くなるのです。
ふつう「海水」は、pHが8をちょっと超えるぐらいの、「弱アルカリ性」になっ
ています。たとえば産業革命前、つまり大気中の二酸化炭素が280ppm
だったころは、海水の平均的なpHは8.17ぐらいでした。
ところが、大気中の二酸化炭素が380ppmを超えた現在では、海水
の平均的なpHが、すでに8.06ぐらいにまで下がっているのです!
これは大量の二酸化炭素が、海水に溶け込んだからに他なりません。
しかしながら、「酸性雨」に含まれている硫酸や硝酸のように、二酸化炭素
とはちがう酸性物質も、海に流れ込んでいます。だから、それらによっても
海水が酸性化すると、考える人がいるかも知れませんね。
しかし海水には、すこしぐらい酸性物質が流れ込んでも、pHを一定に保とう
とする働きがあります。
それを「緩衝作用(かんしょうさよう)」と言いますが、この働きがあるお陰で、
海水のpHが(おそらく数百万年ぐらいの)長い間にわたり、安定していたので
す。そして全ての海洋生物が、おだやかなpH環境のなかで、大切に育まれ
てきたのでした。
だから、酸性雨の流入ていどでは、海水のpHは変化しません。
ところが、大気中の二酸化炭素が溶け込むことによる炭酸増加は、その
量がはるかに大きいために、海水のpHを簡単に変えてしまうのです
* * * * *
(5) 海洋における二酸化炭素の増加
これは最後のダメ押しです。
もしも懐疑論者たちの言うように、二酸化炭素が海から放出されているの
であれば、「海洋に溶けている二酸化炭素の量(つまり海洋の全炭酸量)」
が減少していなければなりません。
しかし「実際の観測」では、海洋に溶けている二酸化炭素の量が
「増加」しています!
だから、この「観測事実」によっても、懐疑論者たちの説が否定され
ます。
ところで、もともと海洋には約150兆トンという、ものすごく大量の二酸化
炭素が溶けています。
そんな莫大な量にくらべると、大気から海洋へ溶け込んでいく二酸化炭素
は、ずっと少ない量です。(近年においては年間80億トンほどで、全体の
150兆トンに対して0.005%という微小量です。)
だから、このような「微小な変化」を観測するためには、とても高精度の
測定をしなければなりません。
そのような「高精度の測定方法」は、1980年代の終わりになって、やっと
開発されました。そして1990年代から、国際共同のプロジェクトによって、
世界中の広い海域で観測が行われたのです。
その結果、「産業革命後から1990年代の中ごろまでに、4330億
トンの二酸化炭素が、海洋に溶け込んでいた」と、いうことが分かりま
した。
下の表は、さまざまな観測や分析を、総合して得られた結果です。
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1年間あたりの二酸化炭素の収支
1980〜1989年 1990〜1999年 2000〜2005年
化石燃料の使用 198±11 231±15 264±11
による排出
大気中の増加 121±4 117±4 150±4
海洋への吸収 −66±29 −81±15 −80±18
陸上生態系 −11±33 −37±22 −33±22
による吸収
単位: 億トン/年 (二酸化炭素換算)
出典 IPCC第4次評価報告書。ただし、炭素換算を二酸化炭素換算に
計算し直した。
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上の表から、
海洋は、懐疑論者たちの言うような、二酸化炭素の放出源では決してあり
ません。
海洋は、「二酸化炭素の吸収源になっている」というのが、まぎれも
ない「事実」なのです!
これは余談ですが・・・
森林などの「陸上生態系による二酸化炭素の吸収」は、たとえば上の
(3)で話した「酸素の精密測定」から分かります。
表によれば現在のところ、陸上生態系はギリギリの危ない感じで、かろう
じて二酸化炭素の「吸収源」になっています。
しかし将来、森林破壊や砂漠化がさらに進んでしまったら、陸上生態系
も二酸化炭素の「放出源」になるかも知れません。
IPCCの第4次評価報告書(第2作業部会)によると、
「今世紀の間に、陸上生態系による正味の炭素吸収は、世紀半ばより
も前にピークに達した後弱まり、あるいは、さらに排出に逆転し、これに
よって、気候変化を増幅する可能性が高い」と、なっています。
植林事業などに、なお一層の力を入れて行き、そのような事態を何とか
して食い止めなければなりません。