中国の冷凍ギョウザ事件
2008年2月10日 寺岡克哉
いま、中国製の冷凍ギョウザに農薬が混入していた事件で、日本中が
大騒ぎになっていますね。
一刻も早く、事件の真相を明らかにしてほしいです。
そしてまた、健康被害に遭われた方々には、心からお見舞いを申し
上げます。
ウミガメの話の途中でしたが、今回は、ちょっとそのことについて話し
たいと思いました。
とは言っても、事件の真相を推理しようというのではありません。日本
の食糧事情について、このたび私が感じたことを、お話したいと思うの
です。
* * * * *
ところで・・・ 以前に私は、中華料理をだす飲食店で、働いていたこと
があります。
そのとき私は、おもに「ギョウザ焼き」を担当していました。店に勤めて
いる足かけ2年の間に、8000人前ほどのギョウザを焼いたでしょうか。
だから私は、ふつうの人より、ギョウザに馴染み深い人間かも知れま
せんね。もちろん、私はギョウザを食べるのも好きです。
私が店に勤めていたとき、「食の仕事は、心のイメージ(印象や信用)
が大切だ!」ということを、徹底して教育されました。
店の清潔さ、従業員の服装、お客様への対応・・・ これらは、「味以前
の問題」なのです。
いくら味の良い料理を作っても、店のイメージが悪ければ、お客さんは
決して「美味しい!」とは思ってくれません。
さらには、たとえば「食中毒」を出すなどは論外です。そんな事件を起こ
してしまったら、店のイメージがダウンして、まさに死活問題となります。
近ごろ日本では、「ひき肉の偽装」や「賞味期限の改ざん」など、食品に
関係した事件がずいぶん起こっています。
しかし結局のところ、これらの事件によって、健康被害者は一人も出て
いません。それなのに会社が倒産したり、店の経営が大変なことになって
います。
それらに比べると、今回のギョウザの事件は、ケタ違いに深刻な問題
と言えます。
製造の過程で、農薬が混入したのか?
流通の過程で混入したのか?
間違って混入してしまったのか?
何者かが、故意に混入したのか?
いまの時点では、まだ真相が明らかになっていません。しかしとにかく、
中国食品のイメージダウンを払拭するのには、かなりの努力と時間が
必要となるでしょう。
* * * * *
今回の事件について、私はちょっと違う観点から、気になることがあり
ました。
それは、日本で使用が認められていない農薬、つまり「メタミドホス」が、
中国で使われていたことです。
メタミドホスの毒性はとても強く、ふつうの農薬と比べてみると、次のよう
になっています。
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体重60kgの人間100人のうち、半数の50人が死に至る量
メタミドホス(殺虫剤) 0.96〜1.26 グラム
ビタミンC 23.4 グラム
オルトラン(殺虫剤) 28.8〜31.2 グラム
ピレトリン(殺虫剤) 31.1〜52.4 グラム
スミチオン(殺虫剤) 61.8〜62.4 グラム
イソプロチオラン(殺菌剤) 81 グラム
アトラジン(除草剤) 105 グラム
ブプロフェジン(昆虫成長抑制剤) 131.9 グラム
参考資料
持続可能な農業と日本の将来 化学工業日報社 p72
GHS分類結果 http://www.safe.nite.go.jp/ghs/1406.html
ただし経口LD50値から、体重60kg当たりに換算した。
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下から6種類が、日本で使われている農薬の例です。
資料を調べて驚いたのですが、健康に良いとされる「ビタミンC」といえど
も、大量に摂取すれば毒になります。
体重60kgの人が、いちどに23.4グラム(23400mg)のビタミンCを
飲んだら、50%の確率で死んでしまうのです。
しかし、これも驚いたのですが、日本で使われる農薬は、ビタミンC
よりも毒性が小さいのです。
それに比べて、メタミドホスを見てください!
その毒性は、日本で使われる農薬の、数10倍〜100倍以上
です!
私たち日本の消費者は、国内の農産物にたいして、「無農薬」とか
「有機農法」とか、とても厳しい目を向けています。
しかし輸入農産物については、メタミドホスのような日本で禁止されて
いる、とても強い農薬の使われたものを、知らず知らずのうちに食べさせ
られていた訳です。これは、とても矛盾ていて、おかしな話だと思います。
ところで中国でも、2007年にメタミドホスの「使用」が禁止され、今年の
1月9日には、生産・流通・使用のすべてが禁止になったそうです。
しかしそれ以前は、メタミドホスの使われた農産物を、日本人は確実に
食べていたわけです。そして今後もしばらくは、メタミドホスの使われた
農産物が日本に入るのを、完全にゼロにすることは難しいでしょう。
もちろん、たとえメタミドホスが使われていたとしても、残留農薬が基準値
より小さければ、それを食べても健康被害は起こりません。
しかし、そのように考えることが出来る人ならば、日本の農産物において
農薬が使われたとしても、まったく安心して食べることが出来るでしょう。
なぜなら日本の農薬は、ビタミンCよりも毒性が小さく、メタミドホスなど
よりずっと安全なのですから。
* * * * *
今回の事件で、もう一つ問題が明らかになったのは、「日本の食料自給
率の低さ」です。
つまり日本の食料は、海外からの輸入に多くを頼っているため、中国に
かぎらず外国の食品に問題があっても、輸入をストップさせることが出来
ないのです。
たとえば以下は、おもな先進国と、日本における食料自給率です。
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2003年の食料自給率(カロリーベース)
アメリカ 128%
フランス 122%
ドイツ 84%
イギリス 70%
日本 40%
参考資料
日本以外のその他の国については、FAO”Food Balance
Sheets”等を基に、農林水産省で試算。
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このように日本の食糧自給率は、おなじ島国のイギリスと比べても、
たいへん低くなっています。
こんな状況では、たとえ海外の食品に多少の問題が起こっても、輸入
を全面的にストップさせる訳には行きませんね。この意味で日本は、とて
も弱い立場にあると言えます。
しかしながら日本は、もともと昔から食料自給率が低かったのではあり
ません。たとえば以下は、日本における食料自給率(カロリーベース)の
変化です。
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1960年 82%
1970年 60%
1980年 53%
1990年 48%
2000年 40%
2006年 39%
参考資料 農林水産省HP
−−−−−−−−−−−−−−−−
以上のように、日本の食料自給率は、(たぶん国策によって)どんどん
低くなって来たのです。そして、とうとう2006年には、40%を下回って
しまいました。
ところで・・・
日本の食物は、「たくさん二酸化炭素を出している!」と言われてい
ます。なぜなら国内で作られたり、国内で獲られた食物が少なく、遠くの
外国から運ばれてきた食物が多いからです。
日本の場合、すべての食物を平均したら、どんな食物も10000キロ
ぐらいの距離を運ばれて来たことになります(フードマイレージ)。
これは何と、地球を4分の1周する距離であり、世界のほかの国々と
くらべても、日本はダントツに大きな値となっています。
日本の食物は、そんなに長い距離を運ばれて来ているのです。その分、
輸送のために化石燃料が使われ、二酸化炭素をたくさん出すことになり
ます。
しかし、日本の食料自給率がこんなに低くては、そうなってしまうのも当然
です。まず、食料自給率をあるていど高くしなければ、この問題は根本的に
解決できないでしょう。
ところで将来・・・
地球温暖化による気候変動のため、世界中で干ばつや洪水のリスクが
高くなります。つまり、農業による食糧生産が、不安定になる恐れがあり
ます。
たとえばIPCCの第4次報告書では、アフリカのいくつかの国において、
2020年までに農業生産が50%減少し、中央アジアや南アジアでは
21世紀半ばまでに、穀物生産が30%減少し得ると予測しています。
もちろん第4次報告書では、気温が上昇することにより、世界全体では
農業生産が増えるとも予測しています。
しかしながら、もしも世界の穀倉地帯が、突発的な干ばつや洪水に襲わ
れたら、やはり食料生産が不安定になってしまうでしょう。
しかも、ひどく地球温暖化が進めば(3℃以上)、やはり世界全体として
も農業生産が低下すると、第4次報告書では予測しています。
さらに将来・・・
世界の人口も、どんどん増加して行きます!
いまの世界人口は67億人ですが、それが2050年には、91億人に達す
ると予測されています。
この先、地球温暖化で農業生産が不安定になる上に、さらに人口が増加
するわけです。
だから世界の食糧生産が、もしもそのような人口増加に追いつけなくなっ
たら、その時点で必然的に、慢性的な食料不足が起こってしまうでしょう。
以上から将来的に、世界の食糧事情は不安定になると予想されます。
だから未来に渡ってずっと、日本に食料が安定して供給されるという
「絶対的な保証はない!」と考えるのが、慎重な見方でしょう。
それなのに、日本の食料自給率は、たったの39%・・・
これは普通に考えれば、そうとう深刻な状況ではないでしょうか?
ところで、上でお話したように、むかしは日本の食料自給率も高かった
のです。つまり日本には、それだけの土地が原理的に存在しています。
しかもこの先、日本の人口は減少していきます。それも考慮すると、
「食料自給率を上げるための土地がない!」と言うことは、絶対にない
でしょう。
そして不幸中の幸いなのですが、世界的に見れば日本は、「地球温暖
化によって農業生産が増加する」と予測される地域になっています。
だから、日本の食糧自給率を60%ぐらいまで戻すのは、その気に
なれば可能だと私は思います。
* * * * *
今回の中国ギョウザの事件により、日本の食糧事情について、改めて
考えさせられた次第です。
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