昆虫の移動を阻むもの  2007年9月30日 寺岡克哉


 地球温暖化によって気温が上がると、暖かい場所に住んでいる「南方系」
の昆虫は、北上して勢力を拡大します。

 しかし、寒い場所に住んでいる「北方系」の昆虫の多くは、その生息地の
南限において、
 羽化や産卵などの時期が狂ったり、
 餌となる生物や、寄生するための生物が利用できなくなったり、
 南方系の競争者や天敵に打ち勝てなくなったりして、
 北方か高地のいずれかに退避していかざるをえなくなります。

 だから、北方系、南方系のどちらにしても、昆虫は全体として移動すること
になります。
 とても大ざっぱには、たとえば日本で2.5℃の温暖化が起こるとすれば、
緯度方向で400kmの北上、あるいは標高で400mの上昇に相当します。

 この「移動」さえスムーズに行うことが出来れば、地球温暖化の被害を
ゼロにすることは出来ないとしても、まだ救われる道が開けていると言え
ます。
 そしてまた、温暖化によって「北方系の昆虫」は見れなくなったとしても、
その代わりに新しく「南方系の昆虫」がやって来て、より多彩な自然を楽し
めるようになるかも知れません。

 ところが、話はそう簡単に行かないのです!

 なぜなら、昆虫の移動を阻(はば)むものが、色々とあるからです。

 ここでは、それら「昆虫の移動を阻む要因」について、見て行きたいと思い
ます。


                * * * * *


 まず、昆虫の移動を阻むものとして、地面がコンクリートで固められた
都市部、すなわち「コンクリートジャングル」があります。

 また、田んぼや畑などの「農地」や、手入れのされていない「人工林」
などは「緑の砂漠」と言われており、これらも昆虫の移動を阻んでいます。

 ところで、「緑」があるのに「砂漠」と呼ばれるなんて、とても不思議な
気がするかも知れませんね。(じつは当初、私自身が不思議に思って
いました。)

 しかしながら、田畑などの「農地」でも生活のできる昆虫は限られており、
多くの種にとって、それは大きな障害になっているそうです。
 とくに現代では、農薬が発達しており、なおさら昆虫たちの住めない環境
になっているのでしょう。

 また、手入れ(間伐)のされていないスギやヒノキの「人工林」は、木の生え
かたが密集しすぎて、下の地面まで太陽の光がとどきません。
 そこには、「裸地」と呼ばれる土がむき出しの、茶色で暗い、まるで砂漠の
ような世界が広がっています。
 そのような森林は、植物や昆虫が育たないだけでなく、保水力が弱いので
雨がすぐ川に流れだし、「洪水」の危険をも高めています。

 その他に、ゴルフ場リゾート地なども、昆虫が移動する障害になって
います。

 これら、「コンクリートジャングル」や「緑の砂漠」によって、オサムシやゴミ
ムシなどの歩行で移動する甲虫や、トビムシなどの土壌に住む昆虫、そして
チョウやトンボなどでも飛翔力や繁殖力の弱い種は、ほぼ完全に進路を
ふさがれてしまう
のです。


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 さらには、「植物の移動速度」の問題があり、これも昆虫の移動を阻む
大きな要因となっています。

 つまり、昆虫も生態系の一部となっており、餌や寄生するための植物、ある
いは隠れ場となる植物群などが同じように移動してくれなければ、昆虫も移動
することが出来ないのです。

 たとえばトンボやアリなどの、肉食性や雑食性の昆虫ならば、そんなに
影響がないのかも知れません。
 しかしチョウや蛾などの、特定の植物しか利用できない昆虫は、それと一緒
でなければ移動することが出来ないのです。

 上でも触れましたが、たとえば今後100年間で、2.5℃の温暖化が起こっ
たとしましょう。
 そうすると、その間に植物たちは、北に400km移動しなければなりませ
ん。つまり、1年間で4kmの移動速度になります。

 しかし植物の移動速度は、1年間に0.05km〜2kmぐらいでしかないの
です。
 とくに極端な例では、ギフチョウの餌になる植物のカンアオイは、10000年
に数kmしか進まないそうです。

 このように、特定の植物に依存している昆虫は、移動したくても、迅速には
移動できないのです。
 だから、南方からやってくる雑食性の競争者や、肉食の天敵にやられてしま
うかも知れません。
 またあるいは、その依存している植物が温暖化でやられてしまったら、一緒
に滅るしかないでしょう。


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 ここまで話してきた、
 コンクリートジャングル・・・
 緑の砂漠・・・
 植物の移動速度・・・

 そのような悪条件を乗りこえて移住することができるのは、移動力が大き
く、繁殖力が旺盛で、何でも食べることのできる雑食性の昆虫です。

 しかし、このような条件によく当てはまるのは、バッタ、ウンカ、アブラムシ、
ヨウトウガなどと言った、「農業害虫」がほとんどなのです。


 一方、その反対に、
 移動力や、繁殖力の弱いもの。
 高山や、小さな島などに閉じ込められ、逃げることの出来ない場所に住ん
でいるもの。
 特定の植物を餌にしているもの。

 つまり、たとばウスバキチョウ、ギフチョウ、ムカシトンボなどの希少な昆虫
ほど、なかなか移動することが出来ないのです。

 そして日本の、さらには世界の各地に、そのような「特殊な生息条件」で
ほそぼそと暮らしている昆虫がたくさんいます!


 このような昆虫は、地球が温暖化しても北方へ逃げることができず、座して
絶滅を待つしかないのかも知れません。

 やはり、急激な地球温暖化が起これば、生物の多様性が破壊されるのは
間違いなさそうです。



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