北海道のナキウサギ   2007年8月19日 寺岡克哉


 北海道に住む「エゾナキウサギ」は、地球温暖化によって絶滅の危機に
さらされています。

 このエゾナキウサギとは、ウサギの仲間(ウサギ目)なのですが、ふつうの
ウサギのように長い耳ではなく、小さくて丸い耳をしています。

 体長は15〜18センチ、体重は120〜160グラムほどの小さな動物で、
ピョンピョン飛び跳ねるための長い後ろ足もなく、見た目はちょうど「ネズミ」
とそっくりです。

 だから、なにも説明を受けずにエゾナキウサギを見せられたら、たぶん
ほとんどの人が、ネズミだと思ってしまうことでしょう。


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 エゾナキウサギは、氷河期からの生きのこり(氷期遺棄生物)です。

 3万年〜4万年前のヴェルム氷期のときに、大陸のシベリアからサハリン
(樺太)をへて、北海道に渡ってきました。

 その当時は氷河期だったので、海面が今よりもずっと低く、大陸と北海道
が陸続きになっていました。それでナキウサギは、渡って来ることが出来た
わけです。

 しかし氷河期が終わり、気候が温暖になると、大陸にあった大量の氷河
が融けて、海面が上昇しました。

 それで北海道が「島」になり、取り残されたナキウサギたちは、気候が
温暖になるとともに、冷涼な高い場所へと追いやられたのでした。それが
現在のエゾナキウサギなのです。

 だから、エゾナキウサギは暑さに弱く、12℃ぐらいの涼しい場所を好み
ます。このため、地球温暖化がさらに進めば、絶滅の危機に直面するわけ
です。


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 そのエゾナキウサギたちは、北海道の大雪山や日高山脈などの、海抜
400メートルより高いところ
に住んでいます。

 つまり、それよりも低い場所では、気温が高すぎて住めないわけです。

 一方、前回でも話しましたが、気温は100メートル登るごとに、0.65℃
下がります。
 だからエゾナキウサギたちは、2℃の地球温暖化では300メートル、4℃
の温暖化では600メートルほど、さらに高い場所へと逃げなければなりま
せん。
 つまり地球温暖化が進むと、エゾナキウサギは、海抜700メートル以上
とか、海抜1000メートル以上でなければ住めなくなるのです。


 ところが・・・ 「山」というのは、上にとんがっています。
 つまり、上に行けば行くほど、土地が狭くなります。だから、エゾナキウサギ
が上に追いやられるほど、生息範囲がどんどん狭められてしまいます。

 とくに北海道の山は、そんなに高くなく、2000メートルを超える山は数える
ほどしかありません。ほとんどが2000メートル未満の、1000メートル級の
山々です。だからこの問題は、なおさら深刻になります。

 ある研究によると、570地点のエゾナキウサギの生息地のうち、海抜800
メートル未満の生息地点が18.6パーセントを占めていました。

 つまり地球温暖化によって、たとえば生息地が今よりも400メートル高くな
り、海抜800メートル以上にしか住めなくなった場合、およそ20パーセントの
生息地が消失するわけです。


 さらにまた・・・ 山々というのは、高いところ(頂)と、低いところ(峠)が交互
に連なっています。つまり山々の稜線は、登ったり下ったりしながら繋がって
います。

 だから、海抜400メートルの高さで見ると山と山がつながっていても、たと
えば海抜1000メートルの高さで見れば、山と山が分断されてしまう場所が
たくさんあります。

 そうすると、エゾナキウサギの生息地が分断され、孤立してしまうのです。

 つまり、生息地の下限が海抜400メートルのときは、こちらの山から向こう
の山へ移動できたのに、それが温暖化によって1000メートルまで生息地が
上がってしまったら、もう、向こうの山には行けなくなるのです。

 そうなると、食料の確保が難しくなったり、近親交配が進んだりして、絶滅
のリスクが高まるわけです。


 具体的には、以上のような「生息地の消失」と、「生息地の分断」によって、
エゾナキウサギたちは絶滅に追いやられるわけです。


                 * * * * *


 たしかに、エゾナキウサギたちの悲鳴は、人間にとって非常に小さな声
かもしれません。

 しかしながら、その「小さな声なき声」の先には、とても大きな災厄が待ち
受けているのです。

 だから、決して侮ってはならず、大自然からの重大な警告として、謙虚に
耳を傾けなければならないと思います。



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