二酸化炭素の「固定」について

                               2006年12月3日 寺岡克哉


 私はこれまで、海洋生物による二酸化炭素の固定や、森林による二酸化炭素
固定などのように、「固定」という言葉をよく使ってきました。

 ところが少し以前に、ある読者の方から、この「固定」という言葉の意味が分かり
にくいという、ご指摘を受けました。

 私は理系の人間なので、じつは何も考えず無意識的に、「固定」という言葉を使っ
ていたのです。

 しかしながら、いざ指摘をされてみると、この「固定」という言葉がさまざまな意味
で使われていたことに、改めて気づかされました。

 そこで今ちょうど、「二酸化炭素の固定」についての話が一段落したので、遅くなり
ましたが、ここで「固定」という言葉の意味を少しまとめてみたいと思いました。


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 まず基本に立ち返り、岩波の広辞苑で、「固定」という言葉を調べてみました。そう
すると、「ひと所に定まって移動しないこと」と、ありました。

 たとえば、「家具を動かないように固定する」というような用法です。また、「固定客」
とか、「固定収入」というような用い方もします。

 まず第一に、ごく普通の大多数の人が「固定」という言葉をきくと、頭に浮かぶのは
そのような意味なのでしょう。


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 理系で使われる「固定」という言葉も、おおむね、「動かないように固定する」という
意味だと私は思っています。

 たとえば、大気中で自由に動けた二酸化炭素が、化学反応によって炭酸カルシウ
ムなどの「固体になる」と、自由に動けなくなります。それで、そのような状態の変化
を「固定される」と言うのでしょう。

 この、「固体になる」というのは、けっこう重要な要素だと思います。
 なぜなら、水に溶かされた二酸化炭素(炭酸水)や、圧縮して液体状にされた二酸
化炭素は、「固定された」とは言わないからです。

 つまり、気体や液体の状態では「固定」とは言わず、まず第一に「固定された」と
言われるためには、「固体」にならなければならないのです。

 しかしながら、石油は「液体」であるにもかかわらず、「化石燃料として固定され
ている」という言い方をします。
 また、ドライアイスは「固体」であるにもかかわらず、それを「二酸化炭素の固定」
とは言いません。

 だから、「固定とは固体になることである」という定義は完全ではなく、例外も存在
します。


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 植物は「光合成」により、二酸化炭素を吸収して、それから「でんぷん」や「セル
ロース(植物繊維)」などを作ります。これは二酸化炭素の固定の、いちばん代表
的な例です。

 しかし一般の人がこれを聞くと、「それは固定ではなく、まったく別のものに変わっ
たのではないか?」という疑問が起こるかもしれません。
 たしかに二酸化炭素が、でんぷんやセルロースになるなんて、「化学物質」として
は、まったく別のものに変わっているからです。

 しかし「原子のレベル」で見れば、「固定」と言われるゆえんが理解できるのでは
ないでしょうか。
 なぜなら、でんぷんやセルロースは、炭素原子と、水素原子と、酸素原子から
出来ているからです。
 つまり「原子のレベル」で見れば、二酸化炭素として大気中を自由に動きまわって
いた炭素原子が、新たに水素原子や酸素原子と結合して、でんぷんやセルロース
などの固体になり、固定されたわけです。
 だから実は、厳密には二酸化炭素の固定ではなく、「炭素の固定」という方が
正しい表現になります。

 このように、理系で使われる「固定」という言葉には、ただ単に二酸化炭素が固体
になるのではなく、「化学変化によって別の化学物質になる」という意味も含まれて
いるようです。


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 以上の話を踏まえ、これまでのエッセイで、「固定」という言葉を使った例を挙げて
みましょう。

 無機化学的な固定
 これは化学工業的に、炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムとして、炭素を固定
することです。
 また化学工業的に、二酸化炭素からアルコールやプラスチックを合成することも、
このカテゴリーに入るでしょう。

 生物による固定
 植物の光合成により、でんぷんやセルロースを作ることが、この代表的な例です。
 また、動物が植物を食べることによって、「動物の体(たんぱく質)」としても炭素が
固定されますが、それもこのカテゴリーに入るでしょう。

 サンゴや貝殻による固定
 これは、生物による固定には違いありませんが、セルロースやたんぱく質などの
「有機物」ではなく、炭酸カルシウムという「無機物」として固定されています。だか
ら、無機化学的な要素の大きな固定です。

 化石燃料としての固定
 これは、石油や石炭として炭素が固定されることです。これも、もともとは生物に
よる炭素の固定です。しかし、何千万年も何億年もの時間をかけて、セルロースな
どの有機物が、だんだんと炭素や炭化水素などの無機物に変わったのです。


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 ところで、二酸化炭素に圧力を加えて液体状にし、地中に保存するのは「固定」
とは言いません。

 また、液体状や、ドライアイスにした二酸化炭素を、深海に沈めて置くのも「固定」
とは言いません。

 そして、二酸化炭素を海水に溶かし込むことも、「固定」とは言いません。

 それは二酸化炭素が、化学変化によって、べつの化学物質になっていないから
なのでしょう。
 やはり「二酸化炭素の固定」という言葉には、「化学反応によって二酸化炭素以外
のものに変化するとこ」という、暗黙の意味が含まれているように思います。


 私のエッセイでは、だいたい以上のような意味で、「固定」という言葉を使っていま
した。



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