幸福を求める意志 1   2005年11月27日 寺岡克哉


 トルストイの人生論の、第1章の冒頭はつぎのような文章で始まっています。

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 人はだれしも、自分が快適になれるために、自分の幸福のためにのみ生きてい
る。自分の幸福を望む気持ちを感じないなら、その人は自分を生きていると感じて
いない。自分の幸福を望む気持ちなしに、人は人生を想像できないものだ。一人
ひとりの人間にとって、生きるということは、幸福を望み、獲得することと同じだし、
幸福を望み、獲得することは、生きることと同じである。
                       (人生論 トルストイ 原卓也訳 新潮文庫)
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 そしてこの本の最後の結びでも、「人間の生命は幸福への志向である」と言って
います。

                  * * * * *

 以上のような「幸福を求める意志」というのは、人間の生命の原動力であり、
「人間の生命そのもの」とさえ言えるのではないでしょうか。

 しかし、ここで言っている「生命」とは、「肉体的な生命」のことではなく、「人格的
な生命」のことです。
 つまり、「ただ単に肉体が生きている」という意味の生命ではなく、「人間が人間
らしく、いきいきと生きている」という意味の生命です。

 自己否定に取りつかれ、生きることに絶望し、生きることが辛くて仕方がない人
は、この「幸福を求める意志」というのを喪失してしまったのでしょう。
 つまり、「人間らしくいきいきと生きる」という「人格的な生命」を喪失したのです。
そして、生きているか死んでいるか分からないような、「生ける屍」のような状態に
なってしまったのです。

                 * * * * *

 幸福の問題とは、それぞれの人間の「意志」、「思考」、「心」、そして外的な「環境」
が、複雑に絡み合っているのではないでしょうか。
 そして、その中でも特にいちばん重要なのが、「意志」ではないでしょうか。なぜな
ら、まずはじめに「意志」が幸福を求めようとしなければ、なにも身動きができない
からです。

 「幸福を求める意志」というのが発動してはじめて、「肯定的な思考」をするように
なります。
 そして「肯定的な思考」を毎日つづければ、だんだんと「心」が幸福を実感するよう
になって行きます。(しかし、数年から10年ぐらいの時間はかかるかも知れません
が・・・。しかしそれでも、毎日「肯定的な思考」を続ければ、かならず幸福が実感でき
るようになって行きます。)
 だから、まず第一に「幸福を求める意志」を発動させ、そしてそれを継続させること
が、決定的に重要なのです。

 しかしながら一方で、外的な「環境」というのも、たいへん重要です。
 なぜなら、たとえば毎日のように暴力や虐待やいじめを受けていれば、いくら肯定
的な思考をしようとしても不可能だからです。そのような場合は、自分の置かれて
いる「環境」を改善しなければどうにもなりません。
 しかし、その「環境」を改善するにしても、まず「幸福を求める意志」というのが発動
しなければ、なにも行動することが出来ません。
 「幸福を求める意志」が発動してはじめて、自分の置かれている環境を改善しよう
とする「思考」や「行動」が生じるからです。
 だからやはり、「幸福を求める意志」というのが本質的に重要なのです。

                 * * * * *

 しかし一体どうにしたら、「幸福を求める意志」というのが発動するのでしょう?
 これが、なかなか難しい問題なのです。

 たとえば心の健康な人ならば、「人間は幸福を求めるのが当たり前だ!」と、何の
疑問もなく思っているでしょう。そして何も意識や努力をしなくても、「幸福を求める
意志」が自然に発動しているでしょう。
 しかし、自己否定に陥って生きることに絶望し、生きるのが辛くて仕方がない人
は、この「幸福を求める意志」というのが全く喪失しているのです。

 ところで、「生きるためには”希望”を持つことが大切だ!」と良く言われます。
「幸福を求める意志」というのは、「希望」によって発動するのかも知れません。
 しかし、絶望のどん底に堕ちこんでいる人は、その「希望」を完全に失っている
のです。

 「希望」というのは、「幸福を求める意志」を発動させさせるための、「光」なの
でしょう。
 どちらへ向かって思考し、どちらへ向かって行動すれば良いのかを指し示す、
「光」なのでしょう。
 つまり、幸福に向かって進むための「灯台」のようなものなのでしょう。

 絶望から希望へ、
 闇から光へ、
 そして「幸福を求める意志」の発動へ、
 そのような「流れ」を作ることが出来ればよいのですが・・・。


 申し訳ありませんが、この続きは次回にお話したいと思います。



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