自分を貫くこと        2004年10月10日 寺岡克哉


 自己を肯定し、いきいきと生きるためには、「自分を貫くこと」がとても大切だと思
います。
 自分の正しいと思ったことや、自分が価値あると判断したことは、周りの人々が
反対してもやり抜く。そのような姿勢が大切だと思うのです。

 ところで「自分を貫く」とは、なんでもかんでも自分を押し通すことではありません。
そんなことをすれば、だれも相手にしてくれなくなります。だからもちろん、周りとの
相互理解につとめ、周りと合わせるところは合わせます。しかしその上で、自分の
信条や信念を大切に守り、それを貫き通すのです。
 「他の所は周りに合わせても、これだけは絶対に譲らないぞ!」というものを持つ
のです。

 「周りの言いなりにならない」というのは、とても緊張して疲れることです。何も考え
ずに、すべて周りの言いなりになっている方が気楽かもしれません。
 しかし、自分の信条や信念を曲げてまで、なんでもかんでも周りの言いなりになっ
ていると、どうしても生きる意欲や生きるエネルギーが無くなってしまいます。
 私は、周りとの摩擦や緊張による疲れを差し引いても、「自分を貫くこと」によって
得られるエネルギーの方が大きいと考えています。

                 * * * * *

 私がそのような考え方になったのは、かつて大学の研究室にいたとき、二つの研
究テーマに取り組んだという経験からでした。

 はじめに取り組んだのは、半導体素子にどれぐらいの放射線を当てたら、壊れて
使い物にならなくなるかという研究です。
 これは、すべて先生方や先輩たちの指示に従って研究を行いました。つまり自分
では何も考えず、すべて周りの言いなりになっていたのです。
 たしかに先生や先輩の言うことは正しく、その通りに行えば研究がどんどん進み
ました。しかし、研究がうまく行けば行くほど、どんどん自分に自信がなくなって行っ
たのです。
 そして最後には、つぎに何をやれば良いのか、つぎに何を考えれば良いのか、つ
ぎに何を調べれば良いのか、自分ではまったく判断ができなくなってしまいました。
私は極度の自信喪失に陥り、生きているのが辛く感じました。
 このとき私は、「すべて周りの言いなりになっていたら、自分が何のために
生きているのか分からなくなるぞ!」
と、心の底から思い知ったのです。

 幸いにも、その研究は2年で区切りがついたので、心機一転して新しい研究テー
マに取り組むことにしました。二つ目の研究テーマは、エッセイ135でお話した、
写真フィルムに高電圧をかける実験です。
 これは前の反省から、研究が何年かかろうとも「自分を貫く」決心をしました。
 先生や先輩の助言はあくまでも参考として聞き、研究の方針はすべて自分の考え
と自分の意志で決めました。
 しかしながらやはり、そう簡単にうまく行くはずがありません。最初の3年間は、
実験がすべて失敗しました。
 「3年やっても旨く行かないものは、5年やったって旨く行くはずがない!」と、ある
人から言われたこともありました。周りの冷ややかな目線を感じなかったと言えば
嘘になります。
 しかし私は、周りのプレッシャーをはねのけ、自分を貫いて研究を続けました。周り
の言うつまらないことは、気にとめないふりを通し続けたのです。
 そのこと自体は、たいへん疲れることでした。しかし不思議なことに、私はなぜか
研究をしていて幸せだったのです!
 研究を続けるエネルギーが心の底から湧き、
実験のアイディアもいろいろと浮かびました。

 以上のような体験から、「自分を貫くこと」によって得られるエネルギーがたいへん
大きいことを知ったのです。

                 * * * * *

 私は現在、「愛」や「生命」についての認識を深めることが、現代人にとってたいへ
ん重要であり、絶対に必要なことだと考えています。ときには宗教的な考え方を、もう
いちど見直して取り入れるべきだと思っています。
 しかし、自分を貫いてこのような主張をすれば、ある程度の嘲笑や非難はどうして
も避けられません。それに対抗するのは、たいへん疲れることです。

 しかし、いま私はとても幸福です。生きる意欲や生きるエネルギーが、どんどん湧
いてきます。心の中が、生きる喜びで満ちあふれています。自分が生きて存在する
ことに、ありがたさと感謝の気持ちでいっぱいになります。
 私は、何か「大いなるもの」の存在を心と体の全体で感じながら、愛や生命につい
て感じたことを言葉として現すとき、「自分は生きている!」と一番よく実感できるの
です。それは、研究生活をしていたとき以上の喜びです。

 やはり、「自分を貫くこと」によって得られるエネルギーは莫大です。これは、
自信喪失や自己否定に陥るのを避け、自己肯定ができるようになるための強力な
方法です。

                 * * * * *

 ところで・・・ 自分の正しいと思ったことが曲げられたり、間違っていることや悪い
ことを無理にやらされたりすれば、どうしても自己嫌悪に陥ってしまいます。
 (具体的には例えば、学校でいじめの加害者に加わるように強要されたり、企業
や官庁の不正に関与することを強要される場合などが考えられます。)
 だから自分の信条を貫き、自分の良心に恥じない生き方をすることも、自己肯定
にとって非常に大切です。

 もちろん、それがたいへん難しいのは重々承知しています。
 なぜなら、いじめに加わることを拒否すれば、今度は自分がターゲットにされる恐
れがあるからです。
 また、企業や官庁の不正を内部告発すれば、自分も職場から追われる恐れがあ
ります。だからこれは、本当に難しいことだと思います。とくに、子供や家族を抱えて
いればなおさらです。

 しかし私は、そのような社会構造が「戦前の日本」とダブって見えてしまうのです。
 国を守るため、子供や家族を守るために、戦争が悪いことと知りつつもそれに
加担しなければならない社会構造。
 そして、戦争に反対した勇気ある人々を「非国民」として差別し、社会から追放して
しまおうとする精神構造。

 現代のいじめの構造や、内部告発者に対する仕打ちと同じような構造が、むかし
の日本を戦争へ追いやった気がしてなりません。
 自分の良心や信念を貫くことは、これからの社会にとってますます重要になると
思います。



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