100点主義からの脱却   2004年9月19日 寺岡克哉


 今の社会に自己否定がはびこる原因のひとつに、「100点主義」というのがある
のではないかと、前回にお話しました。
 今回はその続きとして、私が100点主義から脱却できたいきさつについて、お話
したいと思います。

 私が100点主義から脱却できたのは、むかし大学の研究室にいたとき、7年もの
歳月をかけて1000回を数える実験をくり返し、やっと研究の成果が得られたとい
う経験からでした。
 私はその当時、感度のたいへん低い写真フィルムに、3万ボルトという高電圧パ
ルスを加え、それによって一瞬だけ写真感度を上げる研究を行っていました。
 つまり、本来は感度が低くて写らないフイルムを、高電圧の効果によって一瞬だけ
感度を上げて写るようにし、シャッターと同じ役割をさせようとする研究です。

 ところがその結果といえば・・・ 最初の3年間は、実験がすべて失敗するという悲
惨なものでした。
 4年目になり、600回目の実験を数えるころになると、やっと写真感度の上がりそ
うな兆候をとらえました。
 そして7年目になり、1000回目を数えるころになると、やっと思うように写真感度
が上がったのです。それは学術論文を書くことができ、国際学会で発表できるほど
の研究成果でした。

 ところでこれは、1000回のテスト(実験)を行ってやっと100点満点の成果が得
られたのだから、1回当りに計算すると100/1000=0.1点になります。
 つまり1回のテストでは、100点満点のうちの1点も取れていないのです。
 しかし、1回のテストでは0.1点というとても低い点数でも、1000回の挑戦
を続ければ100点満点になるのです!

 何事も新しいことは、たった1回の挑戦で100点など取れるはずがありません。
あとで知ったのですが、新しい技術の開発や研究、あるいは新しい発明や発見など
では、1万回の試行錯誤でやっとうまく行くのも珍しくないそうです。だから1000回
ていどの実験でうまく行った私の場合は、それでも幸運な方だったのです。

                * * * * *

 そのときの経験は、今でも生かされています。
 いま私は、愛や生命をテーマにしたエッセイを書き続けています。しかし100人が
100人とも全ての人が納得し、心から感動し、誰からも反論されることのない100
点満点の文章など、絶対に書けるはずがありません。
 だから、「つねに100点満点の文章ができなければ、私には書く資格がない・・・ 」
などとクヨクヨ思い悩んでいたら、いつまでたっても文章など書けないのです。
 とくに私は理系の出身なので、文学の勉強など全くしたことがありません。私は書く
のが苦手で自信がなく、文学的な表現などとても出来ないのです。子供のときに国語
が嫌いだったので理系に進んだぐらいです。

 しかし、こんな私の文章にも、1000人に1人ぐらいは心から共感してくれる人がい
ます。私の心と「魂の共鳴」を感じてくれる人が必ずいるのです。
 これも先ほどの話と同じく、1000人に1人の割合なので、私の文章は100点満点
のうちの0.1点です。
 しかし、私の文章が0.1点という低い点数でも、日本全国には1億人の人間
がいるので、私の心と「魂の共鳴」を感じてくれる人が10万人もいるはずです。


 そのように考えると、何となく元気になり、文章を書き続けるエネルギーが湧いてく
るのです。

                * * * * *

 日本人の多くは、100点満点を取ることに慣らされ過ぎていると思います。
何事につけても、たった1回の試みで100点を取るのが当たり前で、それが出来な
ければ自分の能力が劣っていると思いがちです。
 そしてまた、つねに仕事を100点満点でやり遂げなければ、ほんの少しのミスや
遅れでも咎められてしまう社会風潮を、私は肌でつよく感じます。

 たしかに、教科書やマニュアルに従って仕事をする場合では、それが当たり前な
のでしょう。なぜなら、模範解答がすでに与えられているからです。
 しかし教科書やマニュアルの存在しない世界では、1回のテスト(試みや挑戦)
で100点のうちの1点でも取れれば幸運なことで、0.1点でもうまく行った方なの
です。
 そして自分の人生を切り開き、進んで行くときに突きあたる問題のほとんどが、
このような教科書やマニュアルの存在しない問題です。
 だから人生においては、何事もたった1回の挑戦ではうまく行かないのが
当り前で、100回挑戦してうまく行ったら幸運な方だと思います。


 そしてまた、容姿、体格、くせ、知力、体力、経済力、仕事、経歴、家族、人間関
係など、人生のあらゆる方面において「100点満点の人間」というのも、この世に
存在する訳がありません。人間ならば、必ずいくつかの欠点があるのは当然です。
 たしかに、これらについても人生の理想や模範はあります。しかし教科書やマニュ
アルを習得するのとは違って、人生のこれら全てをクリアーすることは、絶対に不可
能です。
 だから、「つねに完璧な人間でいなければならない!」などと強く思い込んでしまっ
たら、必ず自己否定に陥ってしまいます。というのは、絶対に不可能なことを絶対
にやり遂げようとすれば、どうしても自分の無力さや無能さを感じてしまうからです。
(むかしの私がそうだったように・・・ )

 それらのことに気がついたとき、私は100点主義から脱却することが出来たの
です。



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