神の時間感覚
2026年3月15日 寺岡克哉
「人間50年、下天(げてん)の内にくらぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如(ごと)
くなり。」
これは、織田信長(1534年生~1582年没)が好んで舞ったとされる幸若舞(こうわか
まい)「敦盛(あつもり)」の一節で、「人の世の50年間は、天界の時間と比べれば、夢
や幻のように短く儚(はかな)いものだ」という意味です。
ちなみに「幸若舞」というのは、室町時代から戦国時代にかけて流行した、物語を節(ふ
し)に乗せて舞う曲舞(くせまい)と呼ばれる語り物芸能です。そして「敦盛」というの
は平家物語が題材となっており、16歳で討たれた平敦盛(たいらのあつもり)の最期を
描いたものです。
ところで最初に挙げた敦盛の一節の中で、「人間50年」というのは、人間の世界(人
の世)での50年間を指し、人間の寿命が50年という意味ではありません。
また「下天」というのは、仏教の宇宙観で「上天」が優れた上の天界であるのにたいし
て、「下天」は最も下の天界を指します。しかしながら下天の1日は、人間の世界の50
年に相当し、下天の住人にとって、人間の寿命(長くても100年)など、たった2日に
しか感じられないのです。
さらには下天の住人の寿命は、下天の時間で500歳とされるので、下天の1年を36
5日だとすれば、人間界の時間に換算すると500×365×50=921万5000年という、もの
すごく長い寿命になります。
じつは私は子供のころから、テレビの時代劇や映画で織田信長が敦盛を舞うシーン大好
きで、「人間50年、下天の内にくらぶれば、夢幻の如くなり」というフレーズを、自然
に暗記してしまうほどでした。しかしながら、その意味を今まで調べたことが無かったの
を、ふと思い出して、ちょっとインターネットで調べてみたら、上に述べたような意味だ
と分かった次第です。
* * * * *
ところで私は、これまで神についての思索を色々と行ってきましたが、上の敦盛の一節
を調べているうちに、はたして「神の時間感覚」では、人間の寿命である100年という
時間が、一体どれぐらいの短さに感じものなのか、ふと疑問に思ってしまいました。
それで、ちょっとそれについて考えてみることにしました。ただし、この考察において、
神には時間を認識することができる「自我意識」みたいなものが存在すると仮定します。
さて、まず東京大学や国立天文台などの研究チームが2018年に発表した報告による
と、世界最高レベルの精度で「宇宙の将来」を予測した結果、今後少なくても1400億
年は宇宙が安定して存在することが、95%の確からしさで分かったとしています。
たしかに、あと50億年もすると、私たちの太陽は燃え尽きてしまいます。が、しかし
別の場所で新しく星が誕生し、宇宙全体として今後1400億年は安定して存在するとい
うのです。
一方、この宇宙が誕生したのは約140億年前ですから、宇宙の余命が1400億年だ
とすれば、1400+140=1540億年が宇宙の寿命になります。
そしてもしも「神の時間感覚」が、宇宙の一生を、人間の一生と同じぐらいに感じてい
るのだと仮定すれば、つまり1540億年という長い時間を、100年ぐらいの長さに感
じているのだと仮定すれば、(140億年÷1540億年)×100年=9.09年なので、神は「現在
の宇宙」を9歳ぐらいの子供のように見ていることでしょう。
そして、もしも「この世界」がマルチバースであるならば、この宇宙がさらに年齢を重
ねて行くと、あるとき突然に「子供の宇宙」が誕生したり、さらに年齢を重ねると「孫の
宇宙」も誕生して、「この宇宙」は子宇宙や孫宇宙とともに、この世界に存在するように
なっているかも知れません。そのようなことが、「神の時間感覚」では100年ぐらいの
間に起こるのでしょう。
さて一方、1540億年という長い時間を、100年ぐらいの短さにしか感じない「神
の時間感覚」において、人間の寿命である100年は、一体どれぐらいの短さに感じるの
でしょう?
この問題を考えるとき、1540億年:100年=100年:X年 という比の関係が成り立つの
で、
X年=(100÷154000000000)×100=0.00000006493年となり、これを秒に換算すれ
ば、0.00000006439×365×24×60×60=2.048秒となります。
つまり人間の寿命である100年という時間は、最初に述べた「下天の時間感覚」では
2日に相当するのにたいし、ここで考えた「神の時間感覚」では、たった2秒にしか相当
しないのです。こんな時間感覚では、人間の一生が夢幻であるどころか、本当に「あっ」
という間に終ってしまいます。
* * * * *
ところがさらに、神は無限の過去から無限の未来まで存在しつづける「永遠の存在」な
ので、そのような存在の時間感覚からすれば、宇宙の寿命である1540億年も、人間の
寿命である100年も、同じように一瞬にしか感じないのかも知れません。
身も蓋(ふた)もない話になってしまいましたが、永遠の存在(つまり神)の時間感覚
とは、そういうものかも知れないのです。
が、しかし、そのような一瞬の存在にしか感じていないであろう「この宇宙」の中にも、
無数の銀河や星、地球や生命そして人類を存在させている「神の働き(神の御業)」は、や
はり途方もなく偉大であると言わざるを得ません。
* * * * *
追記 宇宙の寿命について
ここでは宇宙の寿命を、仮に1540億年と考えました。
しかしながら、アメリカのコーネル大学などの研究チームが2025年に発表した報告
によると、ビッグバンから約140億年経った現在において宇宙は膨張をつづけています
が、ビッグバンから250億年後には膨張が止まって収縮に転じ、ビッグバンから333
億年後には「ビッグクランチ(大収縮)」つまり、宇宙全体が一点に押しつぶされて終わ
りを迎えるという可能性を示唆しています。もしもこれが正しかった場合、宇宙の寿命は
333億年となります。
が、しかし、実際の「観測データ」がまだ不十分であり、宇宙がこのまま膨張を続ける
という可能性も否定できず、現在のところ確実なことは分かっていません。今後の研究が
待たれます。
そして一方、もしも宇宙が、現在のような膨張をずっと続けて行った場合、100兆年
後には全ての恒星が燃え尽きてしまうと考えられています。その後はブラックホールなど
が残りますが、それも徐々に蒸発して行き、10の100乗年後には全てのブラックホー
ルが蒸発してしまいます。そして、宇宙の温度が極限まで低下した「熱的な死」を迎える
と考えられています。
しかし、永遠の存在である神の時間感覚からすれば、10の100乗年という途方もな
く長い時間でさえ、一瞬にしか感じないかも知れません。
なお、上で述べた「ビッグクランチ(大収縮)」が起こった場合、その後に、そこから
新たなビッグバンが発生する可能性も考えられています。また、「熱的な死」が起こった
場合でも、その広大な宇宙空間を母体として、いつか何処(どこ)かで新たなビッグバン
が発生する可能性も考えられます。
従って、「宇宙の寿命」が尽(つ)きて死を迎えても、それで全てが終わるわけではない
と私は考えています。
目次へ トップページへ