神の御業 23
                                2026年1月11日 寺岡克哉


23章 宗教の社会的影響
 宗教は、「人類社会の在り方」にたいして、ものすごく大きな影響を与えてきました。
ここでは、その理由について考えてみたいと思います。

              * * * * *

 さて、まず宗教は、「人類社会の秩序(ちつじょ)を保つため」に必要でした。
 つまり、村から町、都市、国家へと社会規模が大きくなるにつれて、法律や社会規範を
たくさんの人々に守らせる必要があり、そのために宗教が利用されたのです。要するに、
法律や社会規範は「神」という「人間よりも上位の存在」から与えられたものであり、そ
れより下位の存在である人間は、神の言うことを守らなければならないとすることによっ
て、多くの人々に法律や社会規範を守らせようとしたのです。

 その例として、たとえば3800年前に作られた最古の法律といわれる「ハムラビ法典」
の序文には、太陽神シャマシュが法典をハンムラビ王に授(さず)けたと記されています。
これは、法律の正当性を示すために神の権威、つまり宗教を利用した最初の例だといえる
でしょう。

 また別の例として、キリスト教やユダヤ教において神が定めた宗教的・倫理的な規範や
命令、または社会・政治的な規則を意味する「律法(りっぽう)」も、まさしく宗教に根
ざしています。
 律法の起源は、3300年前にモーセという人物が神から授かったとされる「十戒
(じっかい)」にまで遡(さかのぼ)ります。十戒の主な内容は、唯一の神を信仰するこ
と、偶像崇拝の禁止、安息日を守ることの他、父母を敬(うやま)うこと、殺人、姦淫、
盗み、偽証、隣人の財産への欲望を禁止することなど社会規範にも言及されており、これ
らは神と人との関係、および人と人との関係を示す指針となっています。

 これら上に挙げた「ハムラビ法典」や「律法」の例は、要するに、「人間の言うことな
ら聞く耳を持たないけれど、人間よりも上位の存在である “神” の言うことなら守らなけ
ればならない」という、人類の普遍的な心理を利用していると言えるでしょう。

              * * * * *

 ところで宗教は、「権力者の権威づけ」にもよく利用されました。

 たとえば古代エジプトの国王は「太陽神ラーの化身」とされており、神の代理者として
神権政治を行い、絶大な権力を振るいました。

 また、わが国の日本には、天孫降臨(てんそんこうりん)という伝説があります。
 それは日本神話において、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫である邇々芸命
(ににぎのみこと)が、神々の住む高天原(たかまがはら)から地上世界(葦原中国:あ
しはらのなかつくに)に降り立ち、日本国の統治を始めたという説話です。
 そのときに邇々芸命は、天照大御神から三種の神器を授かり、この説話が日本の建国神
話、および歴代天皇家の起源を示すものとされています。つまり、日本の皇室の先祖は
「神」だとするのが天孫降臨なのです。

 そしてまた、16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパの絶対王政期において、王権
神授説(おうけんしんじゅせつ)という政治思想が広がりました。
 それはつまり、王権は神によって与えられたものであるため、国王は神に対してのみ責
任を負い、それ以外の権威(とくに議会や教皇)による拘束を受けないとして、国王の絶
対的な支配権を肯定するというものです。

 これら上に挙げたものは、権力者がその資格をもつ根拠を神にもとめており、権力者の
権威づけに宗教が利用された典型的な例だといえます。

              * * * * *

 ところでまた、「占(うらない)い」によって国家の方針を決めるというのも、宗教が
政治に利用された例の一つです。

 その有名なものに、3600年前に中国の「殷(いん)」という王朝で行われていた
「占卜(せんぼく)」があります。
 この占卜とは、亀の甲羅や牛の肩甲骨に熱した棒を当ててできたヒビの形で吉凶を判断
し、戦争の勝敗や天候、収穫などの国家の重要事項を占うものです。殷の時代の社会にお
いて、甲骨による占いは神の意思を尋(たず)ねる重要な手段だったわけです。

 また、1800年前の日本に存在したと言われる邪馬台国(やまたいこく)の女王であっ
た卑弥呼(ひみこ)は、「鬼道」と呼ばれる占いやまじないを用いて政治を執(と)り行
いました。具体的には、鹿の骨を焼いてできる割れ目を見て吉凶を占うなどの卜術(ぼく
じゅつ)を行い、その結果を弟を通して民衆に伝えていました。この神秘的な巫女(みこ)
としての力で、卑弥呼はおよそ30の小国を支配する女王として君臨したのです。

              * * * * *

 ところで宗教はまた、人間ひとり一人の「道徳心」を育て上げることでも、社会的な影
響を及ぼしています。

 つまり、悪いことをすれば地獄へ落ち、善いことをすれば天国へ行けると「信じること」
によって、「生きている間に善いことをしよう」とか「清く正しく生きよう」あるいは「悪
いことは止めよう」という動機が生まれるのです。要するに、地獄に落ちたくなく、天国
に行きたいために、法律や社会規範を守ろうとするわけです。

 また、天国へ行けるように善い行いを続けることによって、「死への恐怖」を克服する
こともできます。つまり、善い行いを続けていれば死んでも天国に行けるので、死が恐ろ
しくないどころか、むしろ望ましいとさえ感じるわけです。

 さらにまた、善い行いをして「神に愛されること」によって、生きている間にも「絶対
的な安心感」を得ることができます。

 このように宗教は、個々人の「道徳心を育てる動機を与えること」によって、良い社会
を作り上げることに貢献しているわけです。

              * * * * *

 ところが!

 宗教は、社会的に善い影響を与えるばかりではありません。残念ながら、ものすごく悪
い影響を与えた例も多々あります。

 たとえば異端の迫害、魔女狩り、宗教戦争、高額献金の要求、霊感商法など、これらは
宗教における「闇の側面」の典型的な例といえるでしょう。

 さらに一部の過激派組織では、「自爆テロを遂行(すいこう)すれば天国に行って幸せ
になれる」などと唆(そそのか)して、自爆テロの人員を募集していることも問題視され
ています。

 これらは本当に、宗教の「ものすごく悪い側面」であると言わざるを得ません!

              * * * * *

 以上ここまで見てきましたが、やはり宗教は、人類社会に対してものすごく大きな影響
を与えつづけてきました。

 そして結局のところ、宗教を「善い方向」に活用すれば世の中が良くなり、宗教を「悪
い方向」に利用すれば世の中が悪くなります。

 つまり、宗教を善い方向で使えば「安らぎと幸福」という神の恩恵があり、宗教を悪い
方向に使えば「苦しみと不幸」という神罰が与えられるわけです。

 そして、それこそが「神の御業」であると、私は思っている次第です。



      目次へ        トップページへ