神の御業 22
                                 2026年1月4日 寺岡克哉


22章 宗教の発生
 「宗教」という概念も、地球の生物で人類だけが持っているものです。
 そして宗教は、「人としての在り方」や社会生活などに大きな影響を与え、人類の発達
に多大な貢献をした一方、異教徒や異端者の迫害あるいは宗教戦争など負の側面も、もた
らしました。

 この章では、どのようにして人類が、「宗教」という概念を持つに至ったのかについて、
見て行きたいと思います。

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 まず、人類が「宗教的な概念」を持ったという、もっとも初期の証拠は「死者の埋葬
(まいそう)」です。

 ちなみに最も古い埋葬の例として、ネアンデルタール人のものがよく知られており、埋
葬の起源はおよそ10万年前にまで遡(さかのぼ)ると言われています。

 たとえば洞窟内など特定の場所から、何体もの埋葬されたネアンデルタール人の骨が発
見されており、「生前に使用していたと思われる石器が副葬品として納められていた」こ
とから、故人を弔(とむら)う目的で埋葬をしたと考えられます。

 そして、このように生前に使用していた生活道具を副葬品にして埋葬したと言うことは、
ネアンデルタール人たちが「死後の世界」の存在を信じ、死者は死んだ後も、死後の世界
で生活を続けて行くのだと信じていたことの証拠だと思われます。

 従って宗教の最初の始まりは、「死んだら死後の世界へ行くことになる」という認識が、
その起源であったと考えられるのです。

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 また、人類が「宗教的な概念」を持っていたという、埋葬のつぎに古い証拠は、「狩猟
の対象にしていた動物の絵」です。
 そのような壁画が、「ラスコー洞窟」や「アルタミラ洞窟」などに残されており、獲物
がたくさん取れるようにと願って描(か)かれたのではないかと考えられています。

 ラスコー洞窟の壁画は、フランス南西部のドルトーニュ県にあり、およそ2万年前にク
ロマニョン人によって描かれました。牛や馬、さらにはケブカサイやマンモスなど、今で
は絶滅した動物も確認されています。

 一方、アルタミラ洞窟の壁画はスペイン北部のカンタブリア州にありますが、その中で
も古いものは3万5000年前まで遡り、これもクロマニョン人によって描かれました。
 野牛(バイソン)、イノシシ、馬、トナカイなどが豊かな色彩で描かれており、色には
赤、黄色、茶がオーカー(ベンガラ)の濃淡で表され、炭や二酸化マンガンで黒、白陶土
で白が彩色されおり、かなり複雑な技法が用いられています。

 ところで、これらヨーロッパの洞窟壁画が何のために描かれたのか、実はいまだにはっ
きりと解っていません。しかしそれが、宗教的な性格や祭祀(さいし)的な性格をもつも
のであったのは議論の余地がありません。おそらく、そこに住む人々の生活基盤であった
動物の群れが、いつまでも無事でいて豊猟(ほうりょう)であるようにと願いを込めて、
描かれたのてはないかと考えられています。

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 さらに時代が下ると人類は、暴風、大雨、洪水、雷、干ばつ、地震、津波などの自然災
害、つまり「大自然の驚異」にたいして「神の怒り」というものを感じるようになったと
思われます。

 そして、それを鎮(しず)めるための宗教的な「儀式」や「祭り」などが行われるよう
になりました。たとえば、干ばつの時に行われる「雨乞い」などは、もっとも代表的な例
でしょう。

 そこには、宗教的な儀式によって神の怒りを鎮め、「自然災害から救われたい!」とい
う、人類の普遍的な願望が見えてきます。

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 そしてまた、たとえば太陽や月、山、川、海、樹木、動物など、さまざまなものと言う
か、「世界の全てのもの」に神が宿るとする「汎神論(はんしんろん)」という概念も、世
界の各所で発生しました。

 たとえば日本における「八百万(やおよろず)の神」、つまり数えきれないほど多くの
神々が存在するという考え方は、私たち日本人にとって馴染(なじ)みのある汎神論の概
念でしょう。

 ちなみに、そのような汎神論的な概念の起源は、2500年前のインドにおけるウパニ
シャッド哲学にまで遡ると言われています。

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 さらに神の概念が洗練されていくと、世界を創造した「唯一の神」を信仰する、「一神
教」というのが現れました。
 その代表はユダヤ教、キリスト教、イスラム教で、この三つの宗教はどれも「まったく
同じ神」を信仰しているのです。

 これは私がつねづね思っていることですが、一神教というのは、
 「この世界は、なぜ存在しているのか?」
 「この世界は、どのようにして創(つく)られたのか?」
 「この世界は、何者が司(つかさど)っているのか?」
 という疑問にたいして、解答を与えるために考案されたのではないでしょうか。

 つまり、「世界の摂理」や「世界の成り立ち」を知りたいという、人類が普遍的にもつ
疑問に答えるために、一神教が作られたように私は思うのです。

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 以上、ここまで見てきましたが、
 最初の宗教的な概念は、「死後の世界」の存在を意識したことから始まったように思い
ます。
 そしてまた、豊猟あるいは豊作を祈願すること。自然災害への恐れと、それから救われ
たいと願うこと。そして、世界の摂理や成り立ちを説明すること。
 これら人類の普遍的な願望を叶(かな)えるために、宗教というものが発生したのだと
考えられます。

 当然ですが、地球の生物で「神」という概念を認識しているのは人類だけです。
 このように人類が、「神の認識」に至るように脳が進化してきたこと。それこそが「神
の御業」であったのだと、私には思えてなりません。



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